第42話:冥府の試練は彼の者へ
「――――槍はキツい!」
ハーデスが武器を変え暫くしてから俺は叫んだ。
さっきまでの鎌だったら軌道が分かりやすく避けたり弾いたり出来ていたが、槍はキツい。槍とは本来なら突きや薙ぎで使われる物だ。
しかしあの二叉の形状を見るにあれは突きや絡めに特化した武器であろう。
「どうした獣? 先程までの威勢は何処へ行った? 防戦一方ではないか!」
「おまっ笑顔で刺してくるな――危ないから、いやマジで!」
「楽しいなぁ、弟と戦ったぶりだぞこれは!」
「聞いてねぇこいつ!」
あと俺は獣じゃねぇと叫びながらも、キツくなってきたので禍津を装備しステータス上昇を図る事にした。
「む、さらに化物じみてきたな――よくそれに対応出来る」
「気合いof気合い――気合いがあればなんとかなるって誰かが言ってたからな」
「凄いなその人間は、なんとかする貴様も面白い!」
もうこの戦闘でこいつの大体の神柄を把握したが、今の所天然の戦闘狂だぞ? 最初は威厳あった気がするのに……いまじゃただのおもしれー男だよ。
[なんで喋りながらその槍の乱打を受け流せるんだよ]
[ハーデス様まじかっけー]
[そもそもなんでこんな状況になってるか説明欲しい]
「冥界下り、ハーデス遭遇、すぐ戦闘――以上!」
視界に映ったコメントに最低限の言葉を返して、刀を収めて隙を窺う。
居合いの構え、まともに使えるスキルがこれしかないしわんちゃん避けられる可能性があるがこのままだとマジでジリ貧なので使うしかないのだ。
[だから異常だよ!]
[バクステで槍を避けるなお前]
[色々きっしょ――いや、まじで]
「貴様の画面が気になるな、どんな処理能力しているのだ?」
「限界挑戦RTAしてるからな――ちなみに俺しか走ってない」
「氷柱嬢も同じ事言ってたな……貴様も同類か」
何か聞いた事ある名前ぇとか思いながらも、俺はすぐ前ステップで接近し四秒のチャージ攻撃を叩き込む。
それは槍によって受け止められたが、あまりの威力故かそのままハデスを吹き飛ばした。
「連撃だ――【雷斬り】!」
魔法を斬ることが出来る雷を帯びた斬撃。
一気に距離を詰めてそれは相手に叩き込めば、ハーデスは笑顔で反撃してくる。
「――ハハハハ! あぁ、こんな攻撃を食らったのはティターン神族やクロノスとの戦以来だ! あぁ――人間、いや旅人。貴様は簡単に壊れてくれるなよ!」
「言われなくてもな戦闘狂!」
[おい誰か鏡持ってこい]
[戦闘狂が戦闘狂に戦闘狂って言ってるの草]
[擁護するコメントゼロかなぁ]
[冥界だし浄玻璃の鏡必要かな]
[余罪多そうですね]
[それ別の冥界かなぁ]
……何も言うまい。
とりあえず、無言を貫き通しながらも俺は下から生えてくる無数の槍を避け、なんなら追加で襲ってくる魔法を斬り、接近してからハーデスに攻撃当てる。
雷斬りはスキル判定故、消費するのはスタミナポイントだ。
MPがもう空になっているが、それのおかげでなんとかなってるし――なんなら魔法を斬るのはジャストパリィ判定になるらしくHPが1回復するおまけまである。
「……我は死を司る神だから分かるが、貴様死に瀕しておるな?」
「そうだが? なんならMPまでないからな俺!」
[誇る事じゃない]
[ドM二号がよぉ]
[神をドン引きさせてる配信者の鑑]
「だがその状態で良く戦える――魂を削りながら戦う戦士など初めてだ。だが、何事にも終わりは来る――貴様、疲れているようだな」
「ぬかせよ、俺はまだまだ元気だぞ!」
「いや、スタミナ云々の話ではない。我との戦闘、しかも亡者との戦闘の後だ精神に疲れが来てもおかしくないだろう。その証拠に先程から動きが悪いぞ? ステータス強化で誤魔化しているが、ずれが生じている」
――これだから戦闘が上手い奴は苦手だ。
確かにこいつの言う通り、俺の体が限界に近い。
スタミナと体力は問題無いのだが……この極限状態はリアルに支障をきたすほどになっている。一挙一動ミスれない、少しでもミスれば負けてしまう。
その緊張感と、圧倒的な責任感。
負けたらオルフェウスと奥さんを会わせられない、そんな思いがのしかかり――俺に負けるという選択肢を与えてくれない。
……迫る魔法に無数の槍、相手の姿をずっと注視して観察してるからなんとかなってるが……。
「――あぁ、貴様が神代に生きていたのならきっと英雄になったのだろうな」
感傷に浸るように、とても惜しそうにそう告げるハーデス。
傲慢で強者である神だからこその言葉、だからこそ俺は真っ向から否定する。
「なっただろうじゃない、最強を倒すと決めたんだ――英雄ぐらいなってやるよ!」
「――そうか、なら貴様に更なる試練を与えようか!」
瞬間、ハデスが何かを取り出して被った。
一瞬過ぎてなにか分からなかったが、多分アレは兜のようなモノだった気がする。
「さぁ、乗り越えて見せろ」
言葉を最後に消えるハーデス。
音もなく完全に世界から溶けるように――彼の姿が靄となり、マップにすら表示されず冥界からいなくなった。
「ステルス!?」
[ハーデスだしなぁ]
[隠れ兜か]
[……神話最高峰の完全ステルスだ]
原理は不明、きっと魔法に関連するモノだろうが……これは不味い。
何処までの性能を誇るか分からないが、最悪危機感知すら――――――。
「いや、音は聞こえる」
リンという聞き慣れた音ではない。
ただひた……ひた……とゆっくりと歩く音だけが聞こえるのだ。
刹那のこと、悪寒が走った。
危機感知に反応は無し、それどころか完全に察知すら出来ないそれに――身を屈めその場から離脱した。
しゃらんという鋼の音、優美さすら感じるその一撃は静かに空間を刈り取った。
静寂の世界に響く鎌を振った音、それは殺意――いやもっと純粋な死を感じさせ緊張感を煽ってくる。
「我が刈り取るのはその魂、体というのは仮初めで……見るのは命ただ一つ」
冥界全土に響くような静かで荘厳な声。
矛盾してるようだが、そうとしか表せないそれはどこに居るか分からないのに近くに居るように感じる。
「英雄よ、幕を引こう――その魂は我が刈り取るに値する」
気配が現れ、鎌が振られる。
それは俺の体を両断せんと迫ってきて――。
「――――ワン!」
[死んで――ない?]
[なんか吹き飛ばされた気が……]
[いま銀色の犬見えなかった?]
必中の筈のその一撃、危機感知が反応しても間に合わなかった絶死の一撃は部外者によって阻まれる。
「――――運が良いな、番犬に救われるとは」
だが、その代償は俺の命を救った対価は――。
「しかし等価交換だ。一人救ったのだ命は奪わせて貰おう」
俺等に味方してくれた地獄の番犬、銀の毛並みを持つ――銀珠と名付けられた仲間の命。
「分かりやすく言えば即死だ。我のこの一撃は魂に干渉する旅人であれば防げるが、この世界に生きる貴様は――受ければ死ぬだろうな」
「――ッ銀珠!』
「無駄だこの番犬の魂は既に我の手にある――いくら足掻こうと、命は戻らぬ」
冷静さが失われる。
今までこの世界で失うという経験をしてこなかった故か、判断が鈍る。
目の前でポリゴンとなっていく銀珠、その現象が銀珠はただのデータという事を知らせてくるがそんなのは関係ない。
『――宿業解放、八十の太刀。報いを受けよ冥府の神格!』
「特攻か? ――その刃受けるとしよう」
禍津が勝手に八十の太刀を解放するが、それを止める権利は俺にはない。
短い間だったが、銀珠は仲間であり――この冥界を一緒に旅した家族だった。
「痛むな、我のゲージを二本削るか――だが惜しい、もっと考えて使えばよかったものを」
「うるさい、殺すぞ」
「我の前で命を語るか?」
「――冥府の神が何か知らねえけどよ、仲間殺されて冷静でいられる訳ないだろ」
声が震える。
視界が染まる。
紅く、紅く――何かに突き動かされるように誰かが囁いてくる。
呪詛のように甘く――蠱惑的な誰かの声だ。
【殺しましょう? 奪いましょう――呪いには、恨みには、八十の報いを禍津日神の名の下に、災禍を持って全てを滅ぼしましょう?】
届くシステムアナウンス。
それは世界の声ではなく聞き慣れた誰かの声。
でも決定的に違うそれは、俺の意識を黒く塗りつぶした。
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