第41話:背水配信者VSハーデス


 ――迫りくる大鎌。

 それは俺の首を刈り取るような動きであり、とても滑らかに吸い込まれるような軌道だった。


「ッ――重すぎるだろ! どんなSTRしてるんだよ!?」


 パリィするも攻撃が重すぎるせいで腕が痺れて反撃できなかった。

 このゲームのお助け要素であるパリィの際の反撃を防がれるという現象に理解が出来ない……だけど、勝つにはそれに慣れないといけないだろう。


「というか、さっきから槍生やすなよ避けるの辛いんだが?」

「――貴様こそ、動きが人間ではないぞ? まるで獣のようだ」

「神に言われたくないわ――あぁもう、会話の途中に空から檻降らすな!」


 相変わらずの危機感知。

 今はこいつの慈悲かなんかで体力がMAXなのに、あのスキルが発動するって事は即死って事だろう。


「というか冥界の主が女二人と詩人を監禁するのはどうかと思うぞ、あとワンコ」


 戦闘が開始した直後、檻が落ちてきてレイナ達を閉じ込めたのだ。

 そのせいで皆で挑むことが出来なくて実質ソロみたいになっている。


「この試練は貴様とそこの御霊に向けたもの――それ以外の者は無粋であろう?」


 手を上げてそのままハーデスが振り下ろせば、その瞬間上空に幾つもの槍が生み出され全てが俺目掛けて飛んでくる。

 物量的にパリィは不可能。

 ならば避けるしかないが――避けた先には勿論。


「これだから対人戦は嫌になる――」


 鎌を持った神がいて、確実に体を両断しようと武器を振るう。

 通常のモンスターとは違って、相手は多分だがNPC。

 このゲームのNPCと戦闘するのは初めてだが、改めてこの世界の厄介さを思い知る。人と変わらない思考回路、いや設定的に神の思考。

 それに冥界の神ともなれば、戦闘能力に特化しているだろう。

 殺意が凄く、判断能力も桁違い。

 俺の手は読まれているのか、かなり簡単に避けられる。


「禍津との連携を全部受けきるとか化物かお前!?」

「我は神だが?」

「そういう事じゃねぇ、もしかしなくても天然だろお前!」

「……貴様等こそ、まともなコンビではなかろう? 我らと同じ魂を持つ御霊など初めて見るわ」

『知らぬわそんな事、妾は主様の御霊だ!』

「ぬかせ――貴様のような御霊が存在するわけ無かろう?」

 

 気になる事を言ってくるが、そんなのに気にしてる余裕がないほどにキツい。

 さっきの亡者戦が数の暴力なのに比べてこれは単純に敵が強いだけ。

 駆け引き、攻撃、身体能力全てに差があるせいで完全に俺が挑む側――試練の名の通りに苦難は必須だろう。


「次は魔法だ――耐えて見せろ獣【死霊の怨嗟】」

「だから俺は人間だって! ――って、この物量はヤバすぎ!」

 

 鎌を地面に突き立てたハーデス。

 その瞬間に大地が割れて夥しい数の亡者の腕が生えてきた。

 それは俺だけを狙い、避けきれず当たった瞬間に呪いが付与される。


「ッ――俺はどれだけスリップダメージ受ければ良いんだよ!?」


 もう何か別の意味で呪われてる気がしたが、今はそれにツッコミを入れている場合ではない。とにかく避けて斬ってを繰り返してこの試練を乗り越えるしかないのだ。

 意識を切り替える。

 呪いを受けたのであれば、正直条件はいつもと同じ。

 このスリップダメージで死ぬか否かが問題だが、禍津のダメージよりは減りが全然まし。なら体力が無くなるまでの間に勝つだけの事。


「目が変わったな、やはり獣の様だ」

「――本気出す、覚悟しろ神野郎」


 死ねないという覚悟を表すために、何より極限に身を置くために……俺は慣れた手つきで配信を開始する。

 見られているという意識さえあれば、より緊張感は増していき何より無様な姿は晒せないと思えるからだ。


「む……視線を感じるな。あぁ、理解した――この光景は他の者に見られるのか」

「なんで分かるかは知らないが、そういうことだ。負けたら恥だぞハーデス」


 どうしてNPCである彼がそれを理解出来るかはしらないが、配信を始めた事を知られたようだ……まぁそれで何が変わるかという話ではないけどさ。


[急に始めたと思ったらなんだよここ]

[なにあのイケメン?]

[場所冥界って――なんで最高難易度ダンジョンに!?]

[久しぶりに配信がこれとか狂ってて草]

[イベント中になにやってんだこいつ]

[まじでどういう状況?]


「さぁ、お前等今から見せるのは冥府の試練――ハーデス様との戦闘だ。求めてたんだろこういう戦いを……なら見せてやるよ、一日限り最高クラスの神との戦をさ!」

「――面白い、先程の言葉返されぬようにな」

「そりゃな? ……俺の生き様、お前等全員に見せてやるよ!」


 現在の俺のレベルは63。

 霹靂神を装備できるレベルに達している。

 口上と共にそれを装備し、俺はその切っ先を神へと向けた。


————————————

PN:セツラ

LV:63

JOB(職業):侍

HP(体力):182+7

MP(魔力):54+2

SP(スタミナポイント)97+9


STM (持久力):47

STR(筋力):72

DEX(器用):17

END(耐久力):12

AGI(敏捷):64

INT(魔知):16

TEC(技量):35

VIT(生命力):28

LUC(幸運):30

ステータスポイント:32

スキル:居合い

パッシブスキル:危機感知

        狂鬼の回術

装備時スキル:雷斬り

御霊:禍津童子まがつどうじ

種族:おに 武器形態:紋様・刀 

————————————




 セツラ君と彼の御霊が戦っていた。

 明らかに人の手には扱えないような呪いを孕んだ刀を構えて。

 その一太刀は雷を帯びており、何かを込めた一撃は神の魔法を切り裂くことすら出来る。

 魔法は一つの現象であり、それを破壊することは出来ない。

 それが世界の法則であり――神さえも逆らえないはずなのに、あの旅人は僕の初めての友人はいとも簡単にそれをやってのける。


「――凄い」

 

 戦いが嫌いな筈の僕ですら、綺麗と格好いいと思わせるような戦いぶり。

 それは古の英雄を見ている様で――自然と言葉を出してしまった。


「あいつはプレイスキルとかバグってるしな……こうやって観察する機会はあんまりなかったが、やっぱり化物だろあいつ」

「昔からセツラ君はあぁなのかい?」

「昔からっていったら昔からだな、なんか知らないがどんな世界でもめっちゃ戦うのが上手いんだよあいつ」

「英雄……みたいだね」


 本当に英雄みたいだ。

 冥界の試練にたった二人で戦って、何度もかの神の命を削っている。

 戦闘に特化したあの神に一太刀与えると言うだけでも偉業であるのに、それをなんども繰り返して――生き残って、生きようとして……何より勝とうとしている。


「でもキツいな、禍津ちゃんのおかげでなんとかなってるが……二人の連携が途切れた瞬間一気に劣勢になる」

「僕は詳しくないけど、そんなにギリギリな状況なのかい?」

「観察した限り、あの神にはラグ……というか後隙がない。絶え間なく攻撃を繰り出せるし、多分スタミナの概念がないんだろうな。大して二人にはちゃんとあるから避け続けたら勿論無くなる」

「……死に関連する神だからね、僕達とは概念からして違うから」

「へぇ、やばいなそれ――それになんだが、あの神まだ本気出してないだろ?」


 ……その通りだ。

 まだセツラ君がいきられてる理由、それはハーデスが本気を出しておらずまだ試練を与えた者として振る舞っているからなのだ。

 だって彼の持ち物である隠れ兜すら使っていないし本来の武器のバイデントすら持っていない。

 

「しかし、貴様は本当に獣の様だ――危機を知らせる御業のおかげかと思ったが、勘のみで殆どの攻撃を避けている。理性ではなく、死を悟った瞬間に避けるなどまさに獣だ」

「褒めるなよ。そういうお前こそ、陰湿な奴とか思ってたが武人みたいだ」

「誰にそう言われた?」

「完全に偏見。オルフェウスの竪琴を対価として求めるド鬼畜生だと思ってた」

「あれは契約の一種であろう? 己の大切な妻を取り戻すため魂と同価値の物を捧げるのは当然だ。それによってあの愚者は己の御霊である竪琴を捧げただけだ。何かを求めるのなら対価は貰わなければな」


 彼とハーデスの会話。

 神が言うのは当然の事。妻を取り戻すためには僕の魂と言ってもいい御霊を捧げる必要があったのは事実であり。実際にそれで妻は生き返ったのだから。


「そもそも、なんでその男を連れてきた?」

「どういう意味だよ」

「……その男に何かする必要は無いだろう? 竪琴は失い残ったのは歌声だけ。それらが合わさり魔法を起こせるが、歌声だけでは無価値な愚者だぞ? 手を貸す必要はあるまい?」


 ハーデスはそう言いきって、セツラ君の返答を待った。

 実際その通りかも知れない、だって妻は言っていたんだ……歌わない僕に価値はないって、そんな僕は見たくないって。


「それがどうしたんだよ? こいつは良い奴だぞ、助ける理由はそれで充分だろ」

「……非合理だな、人間とは旅人とは利益を求めるモノではないのか?」

「狭い価値観だな、神野郎――そんなんで生きるの楽しいのか? いや、死者の国で価値観腐ったんだな」

「貴様よく回る口だな――だが、面白い。その意志を貫いて見せろ!」


 ハーデスが武器を持ち替える。

 鎌をしまい、槍を手にして四方八方から冥界の魔法を行使する。

 このままでは彼は死ぬ――と、そう確信した。

 ……それで、いいのか? あそこまで僕のために言ってくれた友人が死ぬ姿をただ眺めるだけで。


「いや、いい訳ないだろう! 銀珠ちゃん、この檻破れるかい? 冥界の住人である君ならきっと破れるはずだ! 僕を宝物殿に連れてってくれ!」

「――ワン!」


 指示を出す。

 僕に出来る事など限られてるが、やらなければ始まらないからだ。

 さぁ、オルフェウス――男を見せろ。

 何も出来ないのは嫌なんだ。

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