第37話:地底の底はとても広くて


 やってくるのはレイナ曰くステュクスという大河。

 あまりに広いその河に辿り着いたときに最初に思った事はバカ広いという事。

 河の端は遙か遠くにあるのか一切見えず、船がない俺等からするとマジで渡る手段がないのだ。


「どう渡るんだよ……」

「んーっとね、いつもならカローン君がいるんだけど……あ、来るみたいだよ! おーいカローン君! 僕だよオルフェウスだ!」


 彼が何かを見つけたように大声で叫ぶ。

 そしてそれに合わせるようにこっち側にくるのはオールを持った髭面の無愛想な老人。完全に不機嫌なその様子とテンションが高すぎるオルフェウスでは相性が悪いように見える。


「…………五月蠅いのがいるとおもったがオルフェウスか、遅いぞ」

「遅いって事は……やっぱり妻は冥界にいるんだね。もしかして待っててくれたのかい?」

「そうだな儂はお主のファン、待っていればまた歌が聞けると思ってのう」

「うーん歌はいいよ、でも今はハーデス様に会いたいんだよね。終わったら聞かせてあげるけど……それじゃあダメかな?」

「むぅ――渡ってる間も歌ってくれるのならよいぞ。久しぶりに聞かせくれるなら。そこの旅人共も渡らせてやろう」


 まさかの好条件。

 この無愛想な老人がオルフェウスのファンって事にも驚いたが、殆どただで渡らせてくれるとは驚きだ。

 冥界の河って日本で言うところの三途の川だろうし金ぐらい取られると思ったんだが……オルフェウスのおかげでなんとかなるっぽい。


「本来なら冥界に侵入してくる旅人なんぞ自分で渡れというとこじゃが、オルフェウスの歌が聴けるのなら別じゃ。この男に感謝するとよいぞ」

「そうだよ僕は凄いんだ! だからセツラ君、また饅頭食べさせてね!」

「そんぐらいいぞ、というかハマったんだな饅頭に」

「なんなら今も持ち歩いてるよ! ――あ、カローン君も食べるかい? お茶もあるんだー」


 そう言って昨日買っていただろう饅頭とお茶の粉を取り出して呑気に湧かそうとするオルフェウス。それを興味津々に見るカローンという老人の目は輝いており饅頭を初めて見るような様子だ。


「なぁレイナ、この人も神話関係か?」


 ちょっと気になったので小声でレイナに聞いて見た。

 すると暫く考え込んだような様子で黙り込み、そして耳打ちするようにこう教えてくれた。


「カローンってのはステュクスの渡し守だな、二柱の神の子供で結構冥界関連の話には出てくるやつだ」

「へぇ、オルフェウスと何の関係が?」

「こいつらが言った通りファンと詩人って感じだぞ。オルフェウスの歌に魅了されたカローンがこの河を渡るのを手伝ったって話だったはずだ」


 やっぱりレイナの記憶力は凄い。

 俺は歴史関連が苦手だし神話という物を殆ど覚えてないからまじでこいつの知識は尊敬出来る。


「――なんじゃ娘、よく知ってるの」

「有名だからな。で、ほんとうに渡らせてくれるのか?」

「儂に二言はない、饅頭は美味だしその礼も兼ねてしっかり送ると約束しよう」

「だってさ、でもその舟だと四人はきついだろ?」

「舐めるな娘、儂の役目は死者を渡らせること……何百人でも関係ないわ」


 鋭い眼光でそう言えば、現れるのはもう一つの舟。

 乗れと言われたので乗ってみれば、その舟は勝手に動き出し河を進み始めた。


「あ、そうだセツラ君冥界には沢山亡者がいるから気を付けてね、ここから先は多分戦いっぱなしだよ」

「ん、了解――まぁ、ある程度なら大丈夫だと思うぞ」

「それは頼もしい――さぁ、もうすぐ冥界だ気を引き締めていこうじゃないか!」



――――――

――――

――

 


「なんで冥界に巨人がいるんだよ! 亡者だけじゃなかったのか!?」

「アハハハハ! そうだった、ここって巨人いっぱいいるんだよね! 竪琴あれば問題無いけど僕って何も出来ないから守ってよ! 応援はするよ! さぁ、力を合わせて頑張ろう!」

「いつか絶対殴る! ――二人ともでかいの用意するからそれまで前衛頼んだ!」

「あわわわ、巨人が五体レベル110――このクエストもしかしてやばいの?」


 河を渡ってから半日ほど、俺達は冥界の一角で巨人に追われていた。

 ムラマサが言った通り敵の数は五体、俺とレイナはレベルが見えないから焦っていたが、彼女の情報でヤバいと悟った。

 

「それだとオレでも火力足りないぞ。せめて二体ならなんとなりそうだが、これはまじでキツい!」


 攻撃は大振り、岩を投げたり叩き潰してきたりとで避けやすいが……あまりにも体力ゲージが長い。流石に鵺よりは総体力は少ないだろうが、長いゲージが二本あるのだ――しかも、それが三体。苦戦どころか普通に死ぬ可能性がある。

 長期戦は不利だろうし、レベル的に火力が足りない。

 今の俺のレベル的にもバフは最大で七倍、ナユタがいればその分バフはかけれたが――無い物ねだりしても仕方無しなのでこのまま勝つしかない。


「セツラ――お前の装備ってデカい一撃出せるんだろ? どんぐらいかかる?」

「減らした体力で決まるから、削らないとキツい。しかもまだ殴れないから俺の体力分しか減ってねぇ」

「下手に攻めると死ぬもんな! ムラマサは?」

「大きすぎるしあたしじゃ届かないぞ! 遠距離攻撃出来る刀なんてないし、受け流すぐらいしか……」

「なら逃げるのが最善か――よし、お前等最深部まで全力ダッシュだ!」


 作戦はそんなもの。

 連携する様子は無いが、各々で俺達を潰そうとする巨人達に対抗手段がないので逃げるしかないから多分きっとこれが最善だろう。

 とりあえず敏捷的に一番早い俺がムラマサを抱えて走る事になり、その後ろをレイナとオルフェウスが着いていく感じになった。


「というか、亡者もいるから避けなきゃやばいのなんだこれ!」


 冥界ということで勿論亡者はいる。

 というか進んだ先が亡者だらけで全部が俺達を狙ってるせいで避ける事も考えなきゃいけないのがやばい。

 

「わぁ、ジャスト回避ばっかりだ……どう避けてるんだセツラ?」

「危機感知で気合い」

「やっぱり凄いなセツラ……」


 さっきからリンリンリンリンと鳴り続ける危機感知。

 逃げ続けている最中にも体力が減り続けるが、ステータスが上がってるのでまじでそこは無視。邪魔な奴を倒しながら進んでいるが、人間には限界があるしなんなら俺は今蹴りのみで戦ってるのだ。

 ムラマサ抱えて邪魔な敵を蹴り殺すという事を繰り返していると、一際大きい警告音が鳴り出した。


「デカいの来るぞ! ――って大岩!?」

「やばいやばい、これ避けれないぞ!」

「えっとえっと、斬馬刀なら出せるけどアレ斬れる訳ないし……どうするんだ?」

「巨人君達殺意高いねぇ……あ、これ死ぬって奴かな? まさか愛しのエウリュディケーに会う前に死ぬなんてね――これ,僕の居住地冥界になっちゃかもね!」


 考えろ……まじで考えろ?

 えっと避けるのは無理、速度的にも間に合わなくて――破壊手段はないに等しい。


「いや――でも禍津、今はどのぐらい溜まってる!?」

『アレを斬るのだな――任せろ主様!』


 こんな場面で八十の太刀を使うなんて思ってなかったが仕方ない。

 ――ムラマサを下ろしてから迫る大岩を前にして俺は深呼吸して名を叫ぶ。


「宿業解放八十の太刀――切り裂け禍津ゥ!」


 天に昇る黒い斬撃。

 それは食らいつくように岩へと迫っていった。

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