第10話:禍津童子


 目の前に現れた灰髪の少女。

 その存在感にすぐに俺は刀を構えようとしたが、抜こうとしたところで俺は今刀を装備してないことに気付いた。


『なんだ主様? 妾に敵意を向けて。傷付くではないか』

「お前、本当に俺の御霊か?」


 人型の御霊はかなり珍しいと雪に聞いていたし、何よりこんな邪悪な気配を持ってる奴が味方とか、ちょっと信じられない。それになんだがさっきからずっとリンと『危機感知』が反応しているのだ。


『そうだぞ? 妾は汝……主様の御霊だぞ?』

「ならさ敵意向けるのやめてくれ」

『くはは、そのぐらい許せ。ちょっと試しただけだ』


 ……やべぇ、こいつ苦手だ。

 食えないというか、底が見えない。

 何を考えてるかまるで分からないし、よく悪役として色んなゲームや物語で描かれてる鬼という時点で嫌にでも警戒してしまう。


「……一応聞くぞ、お前が禍津童子であってるんだな?」

『そうだな妾が禍津童子……主様の願いから生まれたおにの御霊だ』

「味方と思っていいのか?」

『そうだとも、むしろ敵対する意味が無い』


 ……そう言うが、さっきから『危機感知』が発動してるし、まじで信じられない。

 危機感知は多分だが、一定以上のダメージを受ける可能性の攻撃に反応するパッシブスキルだと思う。発動してるって事は、つまり目の前の鬼の少女は攻撃しようとしてるという事になる。


「あ、解けた」

『試しも終わったからな』

「旅人様、遅いようですが……あれ、この方は?」

 

 心配した様子で洞窟の中に戻ってきた久遠。

 彼女は俺の目の前に浮く鬼の少女を見て不思議そうな顔をした。


『妾は主様の御霊だ――以後よろしく頼むぞ娘』

「あぁ、御霊様でしたか。でも凄いですね、人型の御霊様なんて」

『まぁ、妾は特別だからな……それより、主様の看病をしてくれて感謝する』

「どういたしまして……そういえばなんですけど、旅人様の名前ってなんなのでしょう?」


 あ……完全に忘れてたけど、俺名乗らせたのに名前伝えてなかったわ。

 ……自己紹介は大事だし、改めて彼女に名乗ることにした。ついでに、横の禍津童子の事も紹介しておこう。童子の部分は鬼として部分だろうし、多分名前としては禍津でいいんだよな。


「俺はセツラ、こっちの御霊が禍津っていうらしい。名乗るの遅れて悪いな」

『気軽にまがちゃんでもよいぞ主様。むしろそっちの方が好みだ』

「話が進まないから禍津って呼ぶぞ」

『むぅ、いけずだな妾の主は。悲しいぞ?』


 よよよ……わざとらしく泣く相棒になるらしい彼女。

 ファーストコンタクトが最悪だし、そんな気軽に名前を呼ぶ気は俺には無い。

 何より俺としてはこういう性格の奴は苦手な部類なので、正直この先がかなり不安なのだ。

 

「二人はとても仲がいいのですね」


 ……今のやり取りの何処でそう思ったのだろうか?

 ちょっと問い詰めたくなったが、天然っぽい久遠にツッコんでも意味ないだろうから言葉を飲み込んだ。


「それよりセツラ様、ちょっと急ぐ必要があるのでもう出発していいですか?」

「構わないけど、何があったんだ?」

「夜になるので、としか言えませんね。夜は妖怪の時間なので危険なんです。だからそれまでに何処かの宿屋に行きたいなと……」

「そういうことか、ならそうしよう。禍津もそれでいいか?」

『妾は主様に着いていくぞ? 断る理由も無いのでな』


 こっちの言うことを素直に聞いてくれるか分からないが、聞いてみれば案外素直に彼女はそう言った。

 で、これは自分でも不思議なんだが、どうしてか彼女を信頼できないのだ。

 普通自分の相棒って聞かされて覚醒した奴なら割と信じられるはずなのに、禍津に会った時から変な違和感が拭えない。

 ……気にしすぎかもしれないが、嫌いって訳じゃないのに変な感じ。

 

「まずは城下町を目指しますので、私に付いてきてくださいね」


 久遠に言われ後を付いていけば、洞窟から出ることが出来た。

 そしてそこに広がっていたのは一面の森、出た瞬間にマップが使えるようになったがかなりの範囲が緑だった。


「そうだセツラ様、せっかくですし桜雷の事を解説しながら旅しましょうか」


 彼女は進みながらこの森の事を話始めた。

 ここの名前は『蛍火の森』、どんなときも陽が射さず年中蛍が現れるちょっと特殊な場所らしい。


「ここは桜雷の中でかなり人気の観光地なんですよー」

 

 それに加えて特殊な結界が張られているらしく、モンスター……この大陸だと妖怪と呼ばれる者達が出現しないらしい。

 ……この情報から考えるに、ここはセーフティースポットと考えていいだろう。 

 とても綺麗な場所だし、光ってる蛍も幻想的……見るだけでも分かるかなりの映えスポットだし、いつか雪も連れてきたいな。あいつ綺麗な場所好きだし。


『凄いぞ主様、あの蛍の火は紅色だ!』


 ……そんなわけないだろ。

 何処の世界に紅い光の蛍がいるんだよ。


「ってまじじゃん。え、何これすげぇ」


 禍津が見ている方に視線を向ければそこにいたのは色とりどりの蛍たちだった。

 紅色、黄色そして青色。他にも様々な色に光る蛍たちが集まっていて、そこには現実じゃ有り得ない光景があったのだ。


「綺麗ですよね、ここの蛍。私もよく見に来るんですよ」

「本当に綺麗だな、なんて名前の蛍なんだ?」

「五色蛍といいます。手に取ってみますか?」


 言葉に甘えて一匹の蛍に近付き捕まえてみれば、初入手の通知が来て五色蛍の説明文が出てきた。


・五色蛍。

 最大五色の色を持つ、桜雷特有の蛍。

 魂を運ぶとされるこの虫は、死者の道しるべであり生者への贈り物である。

 

 風情があるそのテキストにやっぱりこのゲーム凝ってるなぁと思いながらも、俺はすぐにインベントリから五色蛍を逃がした。

 野生のMOBだし、いつまでもインベントリの中にいるのは窮屈だろうから。


「そろそろ、森を抜けますが。大丈夫でしょうか?」

「ん? 問題無いぞ、それより城下町ってどのぐらいの所にあるんだ?」

「半日ほどのとこにありますね、だからそれまでの護衛をどうかお願いします」

「あれ、妖怪って夜にだけ出るんじゃないのか?」

「朝と昼にも出ますよ? 力は少し弱いですが、その分群れで行動します」


 つまり、朝と昼は狩りやすいが数が多くて? 夜は単体でいるけど敵が強いって事でいいのか? 


「では抜けますよ」


 彼女の言葉通りに森を抜け、一気に開かれる景色。

 そこに広がっていたのは馴染みあるような野原だった。

 急に陽の光が目に入り、ちょっと眩んでしまったが……数秒で目も慣れ周りの景色を認識できた。


「ここは釜狸の野原、可愛い妖怪が多いらしい場所です。ここを抜ければ城下町なので楽しんでいきましょう!」


 やけにテンションの高い久遠。

 初めて見る物を前にしたようか楽しみ方にきっと可愛いもの好きなんだなぁと考える。


『主様、刀は装備しないのか? 武器は装備しないと使えないぞ?』

「忘れてた。ありがとうな禍津」

『よいよい、もっと感謝するといいぞ!』

「いや、まじで助かった」


 俺は完全に初期装備だったどころか、刀を装備してなかったので素手で戦う事になっていた。いくら俺でも素手で戦い続けるのは無理だったし言ってくれて助かったな。


『それと主様、遅れて悪いが近くに妖怪の気配を感じる――安全のために狩るのがおすすめだぞ』

「思いの他禍津って有能?」

『何を言う、妾だから当然だろう?』


 評価を改めないと。

 とりあえず言われたとおり狩った方が後が楽だし、俺は久遠に倒してくると伝え刀を構えて突貫した。


『それとだ主様、よければ妾を使ってみないか?』

「……まぁそうだな、試してみるか」

『よし、なら憑依させて貰おう』


 彼女がそう言い姿を消す。

 そして前の銀嶺戦と同じように体に熱が宿り、紋様が刻まれた。


「よし、御霊での初戦闘。頑張ろうか!」


 これは少し先の話なのだが、心に決めた事がある。

 どんな装備も使う前に性能を見ようという事だ。何故かって? 俺の御霊である禍津童子の性能がこんなんだからだ。


禍津童子まがつどうじ

 種族:おに 

 武器形態:紋様・刀

 装備時攻撃力:0

 装備耐久力:0

 ――代償には対価を、敵には報復を。

 ある願いによって生まれたこれは異常な呪いを孕んでおり、所有者の命を限界まで蝕んでいく。

『保有スキル』

《宿業――修羅》レベルEX

 これを装備時、持続ダメージを受け続ける。

 減った体力によりステータス上昇。

 持続ダメージで体力は一以下にはならないが……魔力が代わりに削られる。

 装備パッシブスキル。

《宿業解放――八十やその太刀》レベルEX

 任意のタイミングで紋様を解放する。

 解放までに減らした体力により、威力上昇。

 一度放つと効果はリセットされる。

 アクティブスキル。

 

 いや、本当にさ――なんでこんな変態性能になったんだよ。

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