第7話:銀嶺凶来


 吹雪の中に何かが見えた。

 紅い瞳に銀の影、雪に紛れるそれは辛うじてしか見えないが、明らかにやばいことだけは分かる。

 さっき俺は戦っていた『赤毛のウィルガ』をユニークモンスターだと思っていたが、全然違うではないか。見ているだけなのに背筋が凍るような殺意、ゲームだというのに息が苦しくなり、今にでも逃げ出してしまいたくなる。


「なぁ、お前等……こいつの正体分かるか?」


 俺の配信には少しエタファンについて知ってるリスナーが何人かいる。

 普段は聞かないようにしてるが、こんな状況だし聞くぐらいはいいだろう。


[このゲーム最強のレイドボス]

[トッププレイヤーですら倒せない最強種]

[出会ったら死ぬって思っていいぞ]

[凍死体製造狐]

[ただのバグキャラ]


 あぁ――つまり俺はここで死ぬのか?

 まだ狙われていないからこんなやり取りを出来てるが、多分俺は狙われたら一瞬で死ぬ。あまりにもリアルに脳にくる死の予感。

 リン!


 一際大きい警告音。

 その音に従って避けれたものの、少し前にいたウェアウルフが消えていた。

 何かに腹を貫かれ、そいつはポリゴンとなって空に散る。あまりにも一瞬過ぎる出来事に俺は脳は認識するのを拒否した。

 ウェアウルフ一体だけでも俺の攻撃力じゃ五回のパリィを成功させて反撃するしかなかったのに、それを一撃。

 しかも認識できない速度でやってのけるなんて頭がおかしい。

 

「――なんだ今の?」


 足音が聞こえる。

 雪を踏みしめる音が徐々に近付いてくる。

 吹雪はより濃くなって視界が塞がれるが、圧倒的な強者圧だけが近付いてくるのが分かる。このままだとオレは死ぬだろう。多分じゃなくて確実に。

 警告音だけが強くなる。 

 発動したばっかりの危機感知が、これでもかというほどに俺の死を告げてくる。


「――なぁお前等、これ俺死ぬよな」


 逃げる――のは勿論不可能。

 AGI敏捷がどう考えても足りないし、この吹雪の中はマップ機能が制限されるのか、何も見えなくなってるから。

 俺の武器の攻撃力は現在16、明らかに格上すぎるこいつには雀の涙もいいとこだし、クリティカルの1.5倍もまるで意味が無い。

 だから挑むのは悪手であり、狂人と変わらないだろう。

 だって倒せるわけがないのだから。


[そりゃそうだろ]

[レベル差考えな?]

[初ゲーム-オーバーはもうちょっと適正レベルで見たかったな]

[おい馬鹿、挑むのか?]


「だってさ、最強に挑むのって楽しくね?」


 絶対勝てないのは分かってる。

 このゲームは割とプレイスキル重視であり格上でも倒せると雪の奴が言っていた。

 なら試そうじゃないか、俺の限界を。それに俺は今この世界で生きているのだ――それなのに現れた理不尽に殺されるなんて許せない。

 それに強敵との戦いなんてゲーマーとして燃えないはずがない。

 

「俺のレベルは二十、お前のレベルは観測不能」


 確か五十以上の差で観測不可になるらしいが、それはもう気配だけで分かるから別にいい。さっきのを見るに喰らったら即死なのだ。

 リンと音が鳴る。

 何かが俺へと迫り――体を貫こうとしてくる。


「来るって分かってるなら受け流せる」


 しゃがみこみ、刀の腹で来た何かをパリィした。

 それで認識できたのだが、これは尻尾だ。有り得ない速度で迫る銀の尾。

 これはもう縛りプレイ所の話じゃない、完全な無理ゲーだ――でも、はい負けましたなんて結末認めてなるものか。

 目標は一矢報いる事。

 現れた理不尽に逆襲を――何を犠牲にしてでも俺は、こいつに吠え面をかかせてやる。走り出し、吹雪の中に進めばそこにいたのは九尾の銀狐。

 余裕そうに笑みを浮かべるその魔物は、向かってきた俺に対して手を振り上げた。


 音が鳴る――三つの警告音だ。

 来ることが分かった瞬間に前を見れば巨大な氷柱が三柱、止まったら死ぬ。

 そんな予感に従って走り続け俺はその攻撃を回避することが出来た。


「絶対ただでは死なねぇぞ狐」


————————————

PN:セツラ

LV:20


JOB(職業):侍

HP(体力):81+7

MP(魔力):20

SP(スタミナポイント):48+3


STM (持久力):22

STR(筋力):18

DEX(器用):17

END(耐久力):12

AGI(敏捷):30

INT(魔知):8

TEC(技量):19

VIT(生命力):28

LUC(幸運):28

ステータスポイント:11

スキル:居合い――鞘に刀を収めれば発動可能

パッシブスキル:危機感知

御霊:邂逅はもうすぐ

————————————



 思考が加速し、ありえんばかりの警告音に襲われながらも俺は体を動かし続ける。

 四方八方から襲ってくる氷柱の嵐、時折来る尻尾、そして爪による薙ぎ払い。

 寸の所で避け続けパリィを続け、なんとか生きているが、少しでも気を抜いたら俺は死ぬだろう。

 

 避けて、斬って。

 受け流して――また斬って。

 走って、避けて、受け流して――斬って斬って前に前に進む。 

 配信してるというのに喋る隙が一切ない、なんか視界の端でコメントが加速し続けているが、それを気にしてる暇が無いというか、むしろ邪魔。


[今何分経った?]

[10分ぐらい]

[なんで生きてるんだこいつ]


 あぁ、ほんとなんてゲームだこれ。

 こいつは理不尽だ。堅く強く速く、何より高度過ぎるAIを持ってるのか、駆け引きまでしてくる。でも倒せない訳じゃない、ちょっとずつ本当に僅かだがダメージを通せるし何より生きているのなら倒せるはずなのだ。

 このゲームはもう一つの現実と言っていた。

 ならこの世界に生きるこいつは倒せない奴じゃない。

 何時間かかってもいい、絶対に倒したい――今俺の中を埋めるのはそんな想いだけ、心臓が脈打ち頭が熱くなる。

 息をするのさえ忘れ、体がどんどん最適化されていく。

 最小限で避け、最適な動きで反撃する。

 

[どんな集中力だよ]

[画面酔いしてきた]

[今来たけど何してんだこいつ]

[最強ボスに挑み中、なお現在二十分間戦い続けてる]


「あぁ、本当にうっせぇな警告音」


 この狐の攻撃は全て即死なので攻撃の度に通知がくる。

 リンリンと鳴り続けるその音が唯一の生存への道だが、うるさくてたまらない。

 もう何度目か分からない回避、この戦闘で分かったがこのゲームにはジャスト回避とジャストパリィが存在する。

 効果としては、回避・パリィ時のスタミナ軽減。

 それを決めなければ俺はとっくにスタミナ不足で死んでいた。

 

【条件を達成したので特殊パッシブスキル『狂鬼の回術』を解放します。

                     発動しますか? ・はい いいえ】


 避けた先で通知が来る。

 効果を見る暇は一切ないが、今はなにがなんでも勝ちたいのですぐにはいを選び、新たなスキルを会得した。

 でも、その一瞬のラグが回避のタイミングをずらし、ジャスト回避に失敗して攻撃が掠った。それで削れた体力は七割、掠っただけでこれとか本当にふざけてる。


[同接やっば]

[トレンド入りしてるし有り得ない数なってる]

[そりゃあ銀嶺戦だし]

[今トッププレイヤー達が向かってるらしいぞ]

[それまで耐えるかそれとも死ぬか]


「チッ――」


 舌打ちしてすぐにまた動き始める。

 こいつの尻尾は縦横無尽、動き続けるし追尾するしで止まったら死ぬだろう。 

 ――だけど、それから数分回避してる間に気付いたことがある。

 普通の回避だと発動しないが、ジャスト回避を成功したときだけ体力が僅かだが回復するのだ。表示を見る限り回復数は一。まじで効果無いレベルしか回復しないが……それも回復するのは大きい。

 多分六十回はジャスト回避決めれば体力が全回するし、あと一撃は掠れる。

 と思った瞬間の事、辺りの温度が更に下がったのだ。

 鈍る動き――それどころか、腕が凍り始めた。


[形態変化じゃん]

[よくここまで削ったなまじで]

[お疲れ、お前は頑張った]

[ソロでここま削るのは頭おかしいな]

[パーティー相手でしか使わないはずだったろこの技]

[凍結状態か]


 何が起こったか分からずコメントを見れば、そんなのが見えた。

 つまり俺は、第一形態を乗り切ったらしい。

 見れば銀嶺の奴の周囲に氷の柱が生えていてそこからより強い冷気が出ている。

 足は辛うじて使える物の、腕はもう使えないだろう――HPバーの上に氷のマークも出てるしコメントで見たとおり凍結の状態異常をくらったんだろうな。

 狐が俺を見下ろしている。

 ニタリと笑い、もう戦う術のない俺を見下しているかのように見えた。

 いや――これは違う。

 こいつは待っているんだ。もう動けないのか? そう問うように、俺の動きを観察している。でも俺にはもう攻撃の手段なんてない。

 刀を落としたし、徐々に足も凍り始めてる――そんな状態で出来る事など何も。


「――でもだからって諦められるか!」


 さっきチラッと見たが、トッププレイヤーがここに向かってるらしい。

 きっとこのままだとこいつは俺から興味を無くす。

 何か打開する術が欲しい、この理不尽な強敵に一矢報いれるような何かが欲しい。 

 何を犠牲にして何を代償に払ったって、俺は何が何でもこいつの記憶に俺を刻んでやる。そしていつか,何が何でもこいつを倒したい――そう心の中で叫んだ時だった。俺の元に見知らぬ少女の声が届いたのだ。


『くはは、これが妾の主か。面白い、なら文字通り妾に全て捧げるが良い!』


 刹那の事、俺の体に熱が宿った。

 何かの紋様が刻まれ、凍結状態が解除され――気付ば、俺の手には黒い一本の刀が……そして視界の端に一人の少女が見えて――。


『邂逅記念に大盤振る舞いだ。主が減らした体力、その業を貴様に返そう』


 その瞬間、銀嶺が何を察知したか分からない。

 今まで数本の尾しか使ってなかった銀嶺が、全ての尻尾を使い俺を串刺しにしようとしてきた。

 遅くなる世界、全ての動きがゆっくりに見えて確実に近付いてくる死に肝が冷える――だけど……俺が刀を振る方が僅かに速い。


『宿業解放――八十やその太刀――覚えておけ狐、これが貴様に届く刃だ』


 刀身から溢れる黒い斬撃。

 その一撃が深く深く銀嶺の体に刻まれるのを最後に俺の体は串刺しになった。

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