第6話:牙獣の堂
「よし、今日から夏休みだ」
雪と遊んで数日後、奇跡が起こって補習がなかった俺は数多くの課題を渡されたものの無事夏休みを迎えることが出来た。
これが意味することと……それは誰にも邪魔されないゲーム時間。
学校関連でここ数日は一日五時間ぐらいしかログインできなかったが……それも今日では終わりであり、夏休みの間に俺を邪魔するものはない。
「これなら毎日配信も出来るし、何よりエタファンをやり続けることも出来るな!」
というわけで早速ログインし、俺は今拠点にしているウェントスの街にやってきた。今日は素材を集めながら耐久値が減ってきた刀の修復を目標にしており、それが終わるまでは止めるつもりがない。
「直すのに必要な素材を集める為にも鍛冶をしてくれるNPCかプレイヤーに会いたいんだが……」
そんな事を呟きながらも俺は街に住む人達から情報を集めることにした。
話が聞けそうなのは武具を売ってる店とかだろうな。
適当に街を探索しながら、武器屋らしき店を探すために色々見ていると牙獣の堂という看板を掲げた店を見つけた。名前だけでは何の店か分からなかったが硝子越しに剣が見えたのできっと武器屋だろう。
運が良ければ予備の刀も買えるかもしれないし……と思いながら店に入る。
「ん、あぁいらっしゃい。俺の店にようこそ」
店に入れば迎えてくれたのは無精髭を生やした所謂おっさんといえるような見た目の人物。客が来ると思ってなかったのかその人は凄く寛いでいた。
「邪魔する。えっと刀って売ってるか?」
「悪いな、今うちでは刀は取り扱ってないんだよ」
「まじかぁ、なら直せる人とか場所とか教えてくれないか?」
「……そうだな、知ってるには知ってるが。流石にただで教えるのもなぁ」
……まじか、それなら金は貯まってるし何か買わせて貰うか。
この店はマップの情報を見る限り、防具も売ってるしそれを買ってみよう。
店長らしき人に防具を見ていいか確認を取り、暫く俺は武器屋の中を探索してみることにした。
「でも防具って言っても、今欲しい物ってあんまないんだよなぁ」
重い防具を装備すると補正がかかり、その分敏捷が下がるらしいから、重い防具はあんまり装備したくない。見る限りこの武具屋の防具は剣士や重装騎士などのジョブ向けの防具が多いらしく、あんまり合うのが……ってなんだこれ。
「なんか隠すように置いてあるが、篭手?」
見つけたのはめっちゃ和風な篭手。
真っ黒く何の装飾もないが場違いなそれが妙に気になったので、俺はそれを手に取りステータスを確認することにした。
・
職人のとある願いが込められた影の如くに黒き篭手、光を吸収する鉱石から生み出された。
月を隠し実態のないこの篭手の真価は使い手次第。
篭手にパリィ判定あり。パリィ成功時一定期間耐久値の消費を無効にする。
耐久値:50 耐久力;ー6 重さ:4
制作者:ムラマサ
「……どう見ても序盤の街に置いていい装備じゃないだろこれ」
受け流し手段が増えるというのはかなりありがたいし、何よりこれは俺が求めていた軽装備、名前にも惹かれたしこれを買ってみることにしよう。
それに耐久値を軽減できるのは長く使えるという点で魅力的。欠点としては耐久力が下がるが、被弾しない立ち回りをする俺からすると誤差だ。
……でもこんないい性能のやつ絶対高いだろうし、俺の所持金で足りるか? 他の防具には値段が書いてるのにこれだけ書かれてないしかなり高い気がするぞ。
いや、このゲームは雪から聞いたが値切りが出来るらしいしそれに賭けてみるか。
「これ買いたいんだが、どのぐらいかかるんだ?」
「……それうちの商品じゃないな」
「え、でも置いてあったぞ?」
「制作者名にはなんて書いてあったか聞いていいか?」
そう聞かれたのでさっき説明を見た時に載っていた名前を告げれば、目の前の店長は頭を抑えて溜め息を吐く。
「あの阿呆、また置いてったのか……なあお客さん、なんでそれ選んだんだ?」
「一目惚れ?」
性能見る前に気に入ったし、答えとしてはこれだろう。
それを聞いた彼は何を思ったか知らないがその防具を箱に詰めだした。
「この防具引き取ってくれるなら情報をやろう……どうだ貰ってくれるか?」
「貰えるんならありがたいが、本当にいいのかこんないい装備貰って」
「俺の店のものじゃねぇからな引き取ってくれると助かる。それにあれの防具に惹かれたって言うのならお客さんが持ってるのが一番いいだろ」
いまいち要領を得ないが、くれるって事ならかなり嬉しい。
それに情報もくれるっていうのなら一石二鳥どころの話じゃないし、この話に乗らない手は無い。
「貰うけど、金はいいのか?」
「うちの商品じゃないしな。その代わりなんだが紹介する人物にいつでもいいから会いに行ってくれ、それが条件だ」
「ん、分かった。じゃあ使わせて貰う」
「おう、よろしく頼む。そうだお客さん、お前の名前は?」
「セツラだ。えっと店長さんは?」
「俺はロラン。よろしくなセツラ」
こうして店長さん改めロランさんと知り合った俺は、篭手の影月を受け取った。そのまませっかくだしとフレンド登録し、二日後に頼まれた紹介したい人と会う約束を取り付けた。
「なぁセツラ、どうせこの後篭手の試しとしてモンスターを倒しにいくだろ?」
「そうだけど、何か気を付けた方がいいのか?」
「あぁ一つ忠告だ。寒い夜にはあんまりフィールドに出ない方がいいぞ、近頃は狐が出るって噂だからな」
寒い夜と狐に何の関係が?
そう思ったが、先輩プレイヤーからの助言だし何か意味があるんだろう。
とりあえず記憶に留めておくことにして、俺はそのままフィールドに出ることにした。
「多分作業になるし、配信するのもなー……まぁ三日間は配信してなかったし、試しに付けて見るか」
[三日ぶりの配信じゃん]
[なんかあったの?]
[配信モンスターのお前が休むなんて珍しいな]
「いやさ、リアルが忙しくて……まぁ、それよりも今日は作業配信だ。新装備手に入れたし、それを使っていくぞ」
[あ、確かに見た目変わってる]
[篭手買ったんだ]
[見た目的に桜雷行ったの?]
「いや、偶然見つけた武具屋で手に入れた感じ」
そのまま少し雑談しながらも俺は手頃なモンスターを探しはじめたんだが、数十分後絶望に襲われた。
「ッ――だからこのゲーム殺意高すぎだって!」
俺が今相対しているのは五体のウェアウルフ。
ウェントスから離れた丘の上でゴブリンなどと戦ってきた俺をこいつらは急に襲ってきたのだ。いや、こいつらというのは語弊があるな。
最初ウェアウルフは一匹だった。
まぁ、その一匹の時点でどう考えても初心者が相手してはいけない強さだったが、なんと体力を半分切った瞬間に遠吠えを上げて仲間を呼んだのだ。
それに一匹だけ赤い体毛の奴がいて、そいつの上には『赤毛のウィルガ』と別の表示がされている。
「ネームド? いやユニークって奴か?」
初めて遭遇するが、この赤毛の狼だけめっちゃ殺意が高いのだ。
仲間を盾にしたり、咆哮一つで他のウェアウルフにバフかけたり……それどころかフェイントまで使ってくるし、こっちのパリィまで警戒してくる。
レベルも表示されていないし、明らかな格上。
でも、これは最新のVRMMOなのだ。プレイヤースキルさえあれば倒せるような調整がなされてるはずだし、数多の死にゲーをプレイしてきた俺ならばきっと倒せるはずだ。
「ぜってぇ負けねぇ」
この世界の売りはもう一つの世界だという。
別に死んでもデスペナがあるだけで、再びこのゲームに入れないと言うことはないのだが、そんな売り文句で簡単に死ぬのは嫌なのだ。
このあまりにもリアルな別の世界の様なゲーム。
そんなので簡単に死ぬなんて許せない――せっかく異世界に旅をしにきたような設定を隅から隅まで楽しむために、俺はなるべく死にたくない。
それに単純に負けるのは悔しいから絶対に勝つ。
「……それにしてもさっきからめっちゃ冷えるな」
心なしか少し動きも鈍るし、温度が下がったらこういう事になるのかとこのゲームの奥深さに感動する。
夜の戦闘は難しいんだなと思いつつ、一匹のウェアウルフの攻撃を一度パリィした。爪を受け流すように弾き、弾いた際のその隙を突いてカウンターを叩き込む。
侍ジョブの特性でカウンターの威力が少し高いので普通に斬るより高いダメージをこっちの方が出せるのだ。
まぁ、パリィを決めるのはかなり難しく……少しでもタイミングをミスると逆に大ダメージを受けてしまう。
狙わない方が勝率は高いだろうが、レベル差がある相手にまともなダメージを通すにはこれしかないので狙うしかない。
で、この戦闘で何回目のパリィか分からない篭手で弾き、反撃を決めた瞬間に頭の中に通知が響いた。
【条件を達成したので特殊パッシブスキル『危機感知』を解放します。
発動しますか? ・はい いいえ】
何か分からないが条件を達成したのでスキルが解放されたようだ。
戦闘の間に来るのは困ったが、名前からして強そうだったので俺はすぐさまはいを選ぶ。そしてその直後、リンという音がなり赤毛の奴の爪が迫ってきた。
その一撃は今までよりも速い速度を誇り、明らかに威力が高かった。
「――あっぶな!? スキルなかったら死んでたぞ!」
[え、よく避けれたな今の]
[絶対当たると思ったのに]
「いや、なんかスキルのおかげ……『危機感知』ってやつ』
[え、それは]
[ハズレスキルで草]
[あぁあんまり意味ない奴ね]
詳しく……と一瞬見えたコメントに質問したかったが、攻撃が激しくなったので言葉に出せなかった。
とりあえずこいつらを倒したら聞くとして――と思った瞬間のこと。
さっきまであれだけ俺に攻撃してきたウェアウルフたちが手を止め遠くを見つめ吠え始めた。急に来た明確なチャンス、今なら倒せると確信し刃を振るおうとしたんだが――その瞬間に有り得ないほどの音と殺意に襲われた。
「――なんだっこれ、うるさ!」
耳を破壊するほどの危機感知による警告音。
それに周囲が急激に冷えていくどころか今このゲームの季節は夏なのに吹雪き始め――周りが見えなくなるほどに視界が塞がれるなか警告音だけが響き続け、俺の元に一件の通知が……。
【ユニークレイドボス――銀嶺阿久良王が現れました。
さぁ、死力を尽くしましょう】
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