チュートリアル:とある配信者
第0話:悠久なる世界への旅路
数多の世界を滅ぼした邪神の体が光となって消える。
邪神が溜めに溜めた世界のカケラ達が霧散していき、それは元の場所に戻っていく。祝福するように空は晴れ、壮大なBGMが辺りに響きだした。
さぁよくやったぞプレイヤー、お前は世界を救ったんだと言わんばかりのその音楽にきっとこのゲームをクリアした者は喜びの声を上げるであろう。
「あぁぁぁあぁぁぁ――う゛ぉぇ」
しかし、その直後聞こえてくるのは疲れた果てた男の声と嘔気。
おおよそゲームをクリアした時の達成感を感じさせるどころか、悲壮感や哀愁すら漂わせるその阿呆……というか俺は色々限界で今すぐにでも機械を外したかった。
だけどまだ俺には外せない理由がある。
本当は一刻も早く布団へダイブしたいが、本当に大事な使命があるのだ。
[マジで死にかけで草]
[吐くなよ]
[とりま乙]
[三十五時間耐久縛りプレイを成し遂げる変態が生まれたな]
視界の端を流れるコメント。
いつもの固定メンツだからか名前を覚えているその人達のコメントを横目に俺はなんとか持ち直そうとする。
「はぁ――終わったマジで終わった。誰だよ最初に拾った武器で全ボス倒そうって言った奴、マジ許さねぇ」
これが最初に貰ったロングソードとかならまだいい。
だって攻撃力が14もあるから。だけどなんだ? 最初に拾った武器という縛りのせいで操作ミスで手に入れた腐った人参で戦うはめになったんだぞ?
というか誰だよ人参を武器認定した奴。
そいつが一番許せない気がする。
[ほら相棒の人参が光ってるぞ?]
[腐り果ててるだろうなぁ(小並感)]
[人参+20とか初めて見たよ]
[まず武器だと知らなかった]
[人参で邪神を倒す馬鹿]
[もう人参に足向けれないね]
ここまで付き合ってくれた視聴者達。
お疲れ様のコメントも見れるが、やはり目に付くのは人参についてのコメント。
たぶんきっとこの配信の関係者は人参を崇め続けるだろうな……まぁ、俺は暫く人参を食べたくないどころか視界に入れたくないけどさ。
「とりあえずあれだ。今日の配信はここで終わるが、皆はトチ狂っても人参を使って全ボス制覇なんてするんじゃないぞ、だってこの武器最終強化して攻撃力二十しかないからマジで」
本当に大変だったなぁ。
ラスボスの体力二十万ぐらいあるから単純計算で一万回攻撃殴らないといけないからしかも当然動くし回避し続けないと死ぬ。
[最初の攻撃力0.5とかだったしな]
[これ武器なの? から始まってあまりにも弱すぎて発狂したのが懐かしい]
[乙ー]
[まじでお疲れー]
[また明日も配信するの?]
そう聞かれ明日の予定を思い出そうとゲーム機に搭載されているカレンダーを見ればそこにはテストの三文字が……完全に忘れていたその行事に目眩を覚えるが締めなければいけないので一応こう伝える。
「明日はぁ……生きてたらやるわ。まあお休み、皆もちゃんと休むんだぞー」
そこで配信は終了。
あとでコメントに目を通そうと思いながら頭に着いているVRヘッドギアである『ゆりかご』を外し伸びをする。
そして現実に戻った俺は部屋にカレンダーを再度見ることにして、相変わらずそこに書かれているテストという文字に絶望した。
「ここで取れる選択は二つ、一夜漬けするかこのまま寝て明日死ぬか」
……うん寝るか。
正直もう無理、眠いし怠いしというか寝たい。
今から一夜漬けで歴史等を勉強するぐらいなら寝た方がマシ、テストの合間の時間で詰め込む計画を立てたしもう寝よう。
金曜日の夜から始めた縛りプレイの弊害で、俺の体力は限界。
頼みの綱であるドリンク達も底を尽き、もう俺を助けてくれる存在はなく……今から勉強など鬼畜の所業なのだ。
だからここは……。
「おや……すみ」
そう言ってベッドにダイブし意識を落とした。
◇
翌日見事テストで死んだ俺は夏休みの補習を確信して息抜きがてらに近くにあるゲーム屋にやってきた。
昨日縛りプレイをクリアしたあのゲームもここで買ったし、なんならここは子供の頃から世話になってる思い出の場所である。
その店に入れば暇そうにしている中年ほどのおっさんがいた。
「店長ー絶望の淵にいる俺を救うようなゲームないか?」
「おい坊主、来たと思ったら何だその注文、縛りプレイしすぎて遂に狂ったか?」
「人を年中縛りプレイしてる奴みたいに言うのやめようぜ、最初は多分普通に遊んでるからセーフだって」
開幕一番そう聞けば返ってきたのはその言葉。
偏見を抱かれているようだから否定してみればそのまま鼻で笑われた。
確かに俺は昔から難易度を上げるために思いつきで縛りプレイをするが……そこまでやってはない気がするのだ。
「というか、お前今日はアレを買いに来たんじゃないのか?」
「……アレ?」
「忘れたのか? Eternity Fantasiaの第二陣の利用権出ただろ」
「…………今日だっけ?」
「そうだが、それ買いに来たんじゃないのか?」
「………………マジで今日?」
それは今話題沸騰中のフルダイブ型VRMMOである。
キャッチコピーはもう一つの自由な世界。
その言葉通りに生きているとすら錯覚する程のNPC達や独自の要素である御霊システムにまだ一切攻略されてない七つの大陸、そしててんこ盛り過ぎる中二要素。
前回の第一陣では抽選に外れ、今回は奇跡的に抽選に当たりこの店で受け取る事になっていたのだが……完全に忘れていた。
理由としては昨日の配信が大きいが、なんでこんな肝心な事を忘れてたんだ俺は……。
「という事でほらもう金は貰ってるから受け取れ」
「――今日から出来るって、こと?」
「そうだぞ、どうせ帰ったらやるんだろ?」
「やる」
「そうかなら早く帰れよ、どうせこの後客が来る」
「了解、またな店長」
そうして店から出た俺は鞄の中に入れた新品のパッケージを一度確認し……全速力で家に帰った。
それはもう全力で、過去類を見ないレベルの本気で家に帰り速攻で部屋に移動してゆりかごにソフトを入れてダウンロードを始めた。
まだかまだかと思いながらパッケージの中に入っていた説明書を読み、俺はそわそわしながらダウンロード完了を待つ。
今や絶滅したとされる説明書に感動しながらも、基本操作は他のフルダイブ型VRゲームと同じ事に安堵し、このゲーム独自のシステムである御霊の説明を読み込むことにする。
御霊システム。
それはプレイヤーによって全てが変わるこのゲーム独自の相棒。
成長する高度なAIによってプレイヤーの行動次第で何者にもなれる変えることの出来ない存在らしい。
それ以外の事はあまり書かれていないが、そこら辺は後々自分で知っていくのが楽しいだろう。と、そんな事をしているうちにダウンロードが終わったらしく、準備完了の音が鳴った。
「よし早速始めるか!」
そう言って意気揚々とヘッドギアを装着し、ベッドに横になった瞬間の事だった。
気付けば見知らぬ白くて広い空間にいたのだ。
いや、白い空間というのは違うな。目が慣れてきたらそこは書斎のような場所で中央には……滅茶苦茶に綺麗な美少女が座っていた。
「あら、第二陣の方ですね。ようこそいらっしゃいました」
礼儀正しく礼をした彼女はこっちに軽く手招きしてくる。
それに従う様に前に行けば何もなかった場所に椅子が現れた。
「あの座れって事ですか?」
「そうですね。そうして貰えると助かります」
「えっと、俺はここで何すれば?」
「ここはEternity Fantasiaの知恵の書庫。この場所で貴方様は生まれ変わり私達の世界に旅立って貰うんですよ。あ、遅れましたが私はコクマー。この世界を管理する二番目のAIです。主にこの書庫を管理しておりますね。以後よろしくお願いいたします」
「よろしく頼む?」
「はい、では早速この世界での貴方の容姿を決めましょうか。細かい設定は伝えてくれれば私が変えますので自由に作ってくださいね。時間は無限にありますので」
そう目の前のAIであるという彼女が言えば何もなかった目の前に机と紙が現れキャラクリエイト用らしきウィンドウが現れた。
だけど特に希望やなりたい姿がなかった俺は、悩んでしまい時間だけが過ぎていった。
「あ、種族も選べますので好きなのを選んでくださいね」
忘れたのか追加でそう言われて俺はさらに悩むことになってしまった。
イケメンを作ってもいいし、なんなら女性キャラでやってみるのも面白いかもしれない。そんなこんなで悩みに悩み結局俺は全身スキャン機能を使って現実の自分をアレンジするぐらいしか出来なかった。
「他の方に比べたら意外と早いですね、種族は人間のままで良いのですか?」
「……忘れてた。でもこれ、何を選べばいいんだ?」
ウィンドウに表示される種族欄。
そこに表示される種族はあまりに多く、定番の人間やエルフそしてドワーフは勿論の事小人や獣人、機械に鬼人そして竜人その他あわせれば二十近い種族が選べるのだ。しかも獣人は狼や猫に犬などと枝分かれしていて選択肢が増えるし、種族によって能力が違うのかさらに悩んでしまう。
「……おすすめとかあるか?」
「そうですね、旅人様はどんな事をしてみたいとかはありますか? 言っちゃえばこのゲームに何を求めておりますか?」
「このゲームに求めてること……」
そういえばこのゲームをやりたいと思ったきっかけ……確かそれはこの二つ目の世界と言ってもいいこの場所を探索したいと思ったから。
悠久という名の通りに何処までも続くとされるこの先の世界を視聴者の皆と見てみたいと思ったからだ。
つまりは自由に生きたいのだ。
ゲームの中とは言え、第二の世界と呼ばれるこの世界を誰よりも自由に。
そしてそんな時目に入ったのは人間のテキスト。
誰よりも自由であり無限の可能性を持つ種族……それは見て俺は決めた。
このゲームは人間で生きようと。
「人間にする――俺は、この世界を冒険し尽くしたい」
「そうですか。それならぴったりですね、では最後に名前をお決め下さい。そしたら貴方様に御霊を授けましょう」
「名前はそうだな」
それはもう決まっていた。
配信しているチャンネル名である――セツラしかないだろう。
「それではセツラ様。このEternity Fantasiaの世界を存分にお楽しみ下さい。既に貴方に御霊は授けました。良き旅を、どうかこの世界が貴方の一時の癒やしになりますよう祈っております」
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