エピローグ 食べ歩きミミック その2


 幻影それは訓練場の隅にひっそりと生えた一本の樹の下に、静かに佇んでいる。ローブ姿の彼は、オールバックにした髪をその手で撫でつけた。空と同じ色の、その髪色にミミクルは見覚えがある。


 すでに、この場所ギルドを去ってしまった、ランスロットの相棒。彼は自分を苦しめた呪いを、ミミクルが食べることで消滅させたその呪いの正体を解明することで、自分と同じ苦しみを味わっている人を助けたいと、そう言って、旅立っていった。


 ミミクルにとってはダンジョンを出て、初めて出会った人間の一人でもある。初めて会った時、彼はミミクルのことを殺そうとした。そんな彼をミミクルは命をかけて助けた。


 幻影ラインハルトはこちらを見つめて、にこっとさわやかな笑顔を浮かべて、消え去った。瞬きをした一瞬でラインハルトを見失い、ミミクルは狼狽する。


「アーサーさん、今そこにラインハルトさんが……」

「何、言ってるの……ラインハルトならもう旅に出ちゃったわよ。アイツが私にお金を払わなかったせいで、私は今も借金で苦しんでる……って、ミミクル、顔が赤いわよ。まだ体調が万全じゃなかったのかしら、医務室に連れて行きましょうか?」

「い、いえ、大丈夫です……」


 ミミクルは自分の心臓の鼓動がこんなにも高鳴っているのを初めて体験した。ラインハルトの涼やかな視線がミミクルの裸の肉体を貫き、そうさせたのだと、まだ初心うぶなミミクルには分からない。


 不意に涙があふれてくるのを、ミミクルは感じた。


「ど、どうしたの、ミミクル?やっぱりどこか痛いの?何か、私した?」

「違います、アーサーさん、違うんです……」


 ミミクルは訳も分からずに泣きじゃくるしか出来なかった。アーサーが、やがて戻ってきたミラベルも加わり、慰めてくれるが、ミミクルは泣き止むことが出来ない。


 それが”喪失感”だと、そう気づくのにミミクルは随分と時間がかかった。今までに味わったことのない喪失感それはミミクルがダンジョンで出来た友達を亡くした時よりも、なぜかずっと心を締め付けた。


 ラインハルトは死んだわけではない。死んだわけではないのに、もう会えないわけじゃないのに無性にさみしい。さみしさにきゅっと心臓を締め付けられたようになり、鼓動が異常なまでに早くなっている。


「わっ、わたしっ、本当にどうしちゃったんでしょうか……」

「ちょっと大丈夫、ミミクル?どうしたの、ラインハルトに何かされた?そうよね、それくらいしか考えられないわ。アイツめ、今度あったら本気でとっちめてやるわ。どんな魔物がいいかしら……地獄の業火・ケルベロス?それとも凍てつく酷寒の雪女なんていいかもしれないわね……」

「アーサーさんッ、ミランダさんッ、お金ならありますっ。


 ――この気持ち、どうにかしてくださーいっ!」


 ミミクルはあまりの切なさにパニックを起こし、宝箱一杯の金貨をふたりに差し出した。


「ちょっ、ちょっと待って、待ってね、いいえ、さすがに待てないわ、違うわ、やっぱり待って……なんなの、この金貨ッ!なんなのこの金貨ゴールドの山っ、海っ、風呂っ!?どこからこんな大金を……」

「ちょっ、ミミクルお前、そんなものアーサーに見せたらッ!」

「いいわよ、ミミクル。私なんでもするわっ、その金貨の為ならなんでもする。ラインハルトを捕まえればいいのよね。喜んであなたに協力するわ。ラインハルトを捕まえて痛めつけて、お金をたんまり奪い取る。そしたら、ミミクルちゃんからもお金がもらえて、晴れて私は借金から解放されて、ようやく綺麗な身になれるわっ」

「ちっ、違いますっ、アーサーさんッ!」


 目が金貨になり、頭を振れば金貨の音がして、その長身でスタイルのいい体を上から下まで金貨のことで一杯にして、アーサーは彼女を呼びだした時よりも凄いスピードで駆け抜けていった。


 取り残されたミミクルはミラベル・コゼットと呆然と顔を見合わせる。やがて春の息吹に吹かれて、桜色に染まったミミクルの顔に気付いて、ミラベルはこういった。


「――ミミクル。お前、ラインハルトのことを好きになったんだな……」

「ミラベルさん……おかしいんです、私……」

「ちっともおかしくないさ……」

「でも、魔物の私が、モンスターの私が人間に恋するなんて……」


 ちっともおかしくない。そうミラベルは繰り返し、ミミクルの体を抱きしめた。ミミクルはその腕の中でまた少しだけ、涙を流した。

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食ったれ、ミミック娘ちゃん!! 天衣縫目 @nuime-amai

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