ダンジョンの最深部で

 

 聖騎士と魔物使いがミミクルの前から飛びずさった刹那、長い牙がそこにガキンっと音を立てて、突き刺さった。間一髪で初撃を避けた二人に向けて、この部屋の主はしなやかな動きで方向転換すると、ネコ科動物の敏捷さでミラベル・コゼットの鎧をとらえた。


「しまったッ!?」


 ミラベルの身に着けた頑丈そうな重金属の鎧がその顎の力によって変形し、その牙の鋭さがミラベル自身を貫きそうになった瞬間、何かがボスの横っ腹に体当たりする。


「うがあああッ!?」


 唸り声をあげて、ボスがミラベルの拘束を解いた。


「間一髪間に合ったわっ。ミゼット、貸し一つよッ」


 かろうじて詠唱を終えたアーサーが召喚した小さな4つ足のケモノには、額から長い角が生えている。可愛らしいウサギの体には似合わぬらせん状の狂暴な角がボスの横っ腹を貫いたようだ。


「すまない、アーサー」


 体勢を立て直したミラベルに、ボスは再びくわえた一撃を防がれ、狙いを変えた。追いつかれるのは、その体の大きさの違いから時間の問題だ。ウサギを追い立てる獅子ライオンと化したこの部屋の主は、しかし、召喚された魔物に追いつくことはなかった。


「――召喚停止。アルミラージ、戻りなさい」


 アーサーが角の生えたウサギアルミラージを呼び戻し、その姿は地面へと溶けていく。クビを傾げたボスは最後に残った一人に狙いを変えた。


「やっぱりこっちくるわよね。

 ミゼット、時間稼いで!」

「サー、イエッサー」

 

 アーサーと殺す気マンマン殺意マシマシの鋭利な牙の間に立ちふさがり、ミラベル・コゼットは幅の広い大剣を横に構えた。だが、ボスはそれをするりとかわしアーサーの方へと駆け抜けようとする……


「だと、思ったよ」


 横に構えた大剣を力任せに振り回し、ミラベルがボスの予測不可能なつむじ風のような動きをかろうじて捕えた。切っ先から血が噴き出し、手負いのケモノは距離を取った。


 ようやくボスの猛攻が止み、一瞬のなぎが訪れる。


「オーケー、間に合ったわ」


 大きな召喚陣がアーサーの頭上に出現し、そこから太陽みたいに輝く大きな鳥が、

 ――ピーーーッ

 っと、鼓膜を破りそうな鳴き声を上げながら出現した。


 真っ赤に燃え盛る翼を羽ばたかせ、この部屋のボスへと急降下すると鋭い爪で獲物を捕らえた。


「勝ったわ、さすが私」

「油断するなっ、アーサーッ!」

「平気よ、もう終わったわ」


 不死鳥フェニックスのかぎ爪に捕らえられたこの部屋の主はまだ抵抗を続けていたが、不死鳥が纏う炎に少しずつ焼き尽くされていく……だがその時、ミミクルは見た……。


 部屋の暗がりに潜むもう一組の猫目石キャッツアイが、彼女アーサーを狙っているっ!?


「危ないッ!?アーサーさんッ!」


 暗闇で怪しい光を放った二つの瞳は、仲間が焼かれているのにも構わずに一心にチャンスを狙っていた。獲物に隙が出来るその一瞬を、確実にしとめることが出来る瞬間を。


 ミミクルは必死だ。動かない足を動かそうとして、宝箱をなんとか前に引き摺ろうとして……けれど、1ミリたりともその体は前に進まない。


 闇から光へ、もう一匹のボスが飛び出したその時、ミミクルはわずかに体内に残った魔力を振り絞って、

「テレポートッ!」

 そう、叫ぶ。

 

 景色が目まぐるしく動き、アーサーを抜き去り、小さなミミックは大きな魔物の前に立ちふさがった。


 大きく開いた口の中に、その鋭利な牙を見た。それが重厚な金属の鎧を貫くのをさっきミミクルは間近で見た。もう少しで聖騎士の肉体を消滅させそうになるのを見た。


(終わりだ……)


 心の中でそう唱えた。しかし、とっさに覚悟は決めた。宝箱のフタはがっちり閉じている。それがミミックの本能であり、矜持だったから……。


 覚悟を決め、牙に刺し貫かれる自分の姿を想像する。


 ――バキンッ。

 きっとこれは、宝箱の外装にひびが入る音。


 だが、想像はいつまでも現実にならず、宝箱の中で縮こまっているミミクルの柔らかい体が、あの伝説の剣のように鋭い牙に貫かれることもなかった。


「……ミミクル、もう出てきてもいいわよ」


 アーサーにそう言われ、ミミクルはおそるおそる宝箱のフタを開ける。


 ぽきりと牙が折れて、涙目になっている二匹目のボスがとぼとぼと元いた暗がりへと戻っていく。その口元には名残惜しそうに折れた牙を加えている。

 そんなちょっと情けない姿がミミクルにも見えた。


「あんた、結構堅いのね……」

「自分でも驚きです……」


 とにもかくにも聖騎士、魔物使い、魔物のパーティーはそれぞれの活躍により、ダンジョンのボスを倒し、それを攻略した。後には、秘宝ご褒美だけが待っている。

 



「重いですよねっ、すいません」

「はぁはぁ……いや、そんなことないさ。女の子に重いなんて思ったことないよ……ふー」


 そんな騎士道精神を発揮した疲労困憊こんぱいのミラベル・コゼットにミミクルはダンジョンのさらに奥へと運ばれていく。さすがのミラベルもこれまでのダンジョン攻略の負傷と疲れから、だいぶ足元が怪しい。


 ミミクルは近場のテレポートであれば、少ない魔力で行えることに今日初めて、気づいたが、魔力がすっからかんになった今ではそれも出来ない。


 だが、これで普段の生活が少し便利になるかもしれない。


 一足先にダンジョン攻略のご褒美をもらった気になって、ミラベル・コゼットの腕の中で揺られながら、ミミクルは鼻歌を歌った。


 ダンジョンの最奥さいおうは祭壇になっており、その階段を昇った先にクエストの目標である秘宝があるはずだった。2人を置いて、真っ先に階段を駆け上がったアーサーが祭壇の上から、こちらに向き直る。 


「ねぇ、ガゼット。あなた、私がいなければスケルトンとかボスに負けてたわよね。最強の聖騎士様の醜態をギルドで言いふらされたくなければ、口止め料をよこしなさい。これまでに無様に晒した痴態のことも黙っといてあげるから」

「アーサー、お前まだ私から搾り取るつもりなのか?報酬を独り占めするだけじゃなくて、口止め料まで?悪魔より悪魔してるな、お前。

 このクエストの報酬、いくらか知ってるだろう?それで満足しろ」


 喘ぎながら、律儀にもミミクルを連れて階段を昇るミラベル・コゼットはあきれ果てた様子でそう口にする。


「ミラベルさん、私のことは大丈夫ですから……」

「いいや、ミミクル。アーサーはともかく、お前はちゃんと活躍した。ダンジョンの秘宝を拝む権利がお前にもある」


 そして、ついに祭壇の最上部にたどり着いたとき、アーサーが言った。


「それがねぇ……見てこれ?私たちのクエスト内容、覚えてるわよね……」

「あぁ、ダンジョンの最奥に眠る秘宝を取ってくる……」

「それが……ないのよ……」

「ないな……」


 そこには、なにもなかった。いや正確には、確かに宝箱らしき何かが置いてあった長方形の跡は残っているのだが、それ以外、あたりには何もない。


「ねぇ、無駄足だったってこと、ミゼット。ダンジョンの秘宝はどこ?私の金貨100万枚はどこ?ねぇ、答えてよっ」


 ミラベルの鎧にすがりついて、泣きじゃくるアーサーを尻目にミラベルはいたって冷静な様子。


「どうやら先を越されたな。先にこのダンジョンを攻略したパーティーがいたんだろう。無駄足だが、仕方ないな……前金だけは貰えるから、それで我慢しろ」

「そんなバカみたいな話ある?巨額の報酬で吊って、実は攻略不能なクエストでしたって。ちゃんとボスは倒したのに、その先にあるはずのお宝はありませんでしたって。

 これって詐欺よ、詐欺じゃない……美人のお姉ちゃんについて行ったら、怖いお兄さんに囲まれた上にそいつらをボコしたら、警察に捕まったみたいな話じゃない」

「それはいたって普通の話だろ……何が言いたいのかわからないから、ちょっと落ち着け」

「これが落ち着いて……いいえ、ちょっと待ってミゼット。私、いいこと思いついたわ。ここにミミクルちゃん、おいてみてっ!」

「アーサー、これってもしかして、あれかっ。話に聞いたことがある。同じ重さの砂袋を置くことで罠をけてお宝をゲットできるみたいなやつだな」


 ミラベルの手によってミミクルは、祭壇の上に設置された。しかし、特殊な効果音が鳴って隠し扉が開くとか、どこかで開かなかった扉が開くようになった気配がしたとかそんなことはなかった。


「……アーサー?」

「見て、これ、ぴったりよ。まさに最初からここに置いてあったみたいに、1センチの狂いもなくぴったり。ここにあったのはミミクルちゃんだったのよ。ミミクルちゃんをダンジョンの秘宝として依頼主に売っ払えば、今晩、私は金貨のお風呂に入れるわッ」


「ちょっとアーサーさんっ!ふざけないでくださいッ!!!」

 ミミクルは思わずツッコんだ。


「ふざけてなんかないわ、私は真剣よ、大マジよ」

 目が金貨になったアーサーはミミクルのいうことなど耳に入らないようだ。


「っと、こうなったらミゼット、あんたにはダンジョンで消えてもらうわ。聖騎士様はギルドに嘘の報告なんて出来ないでしょうから、ミゼットはダンジョンを探索している最中にモンスターに襲われて死んだ。そういう風にギルドには報告しておくわね」

「なるほどな、アーサー。いつもいつもギルドの規律を乱しているお前をついに処分できるってことか、受けてた……って、ひゃ……しゅびれる、しゅびれてるー、ビリビリしゅりゅー……アーサー、またお前っ!」

「私たちは苦労してボスを倒してダンジョンを攻略した。そして、そこで秘宝を見つけて持って帰った。そうよね、運悪く電気スライムに鎧の中に入られた聖騎士・ミゼットちゃん?」

「痛いッ……イタッ、まじでシャレにならないくらいイタいッ!わかった……アーサー、わかったからやめてくれ。絶対に口外しないから、もうやめてくれー」


「――口止め料も追加で」

 足元で体を震わせているミラベルを見下して、アーサーはにやりと笑った。


「わかった、払うっ。払うからもう許してくれ……ぱたり」

「よし、話はついたわ」


 アーサーはあっさりと聖騎士を屈服させ、ミミクルに向き直る。


「アーサーさん、あの本当に私、売られちゃうんですか?」

「う、そんな潤んだ目でこっちを見ないでよ。仕方ないのよ、お金の為なのよ。

 ギルドの訓練場の修復代、稼がないといけないのよ……借金、返さないといけないのよ……」

「アーサーさん……」


 アーサーは金髪碧眼美少女の無垢なうるんだ瞳が生み出す、どんな悪人でも改心させる懺悔ビーム上目づかいの威力に怯んだ。


「わかったわ……私の負けよ、完敗だわ……食堂で一か月ただ飯くわせてくれるなら許してあげる」

「しょうがないです……」

「ラッキー、ただ飯ゲットー。あとはギルマスに文句言えば、ちょっとは報酬貰えるでしょ、きちんと仕事はしたわけだし。

 ミラベルからの口止め料、クエスト報酬、食堂のただ飯一か月分。

 収穫は上々ね。さぁ、帰りましょう」

「なんか、私騙されてません?」

「もうアーサーとは二度とパーティーを組まない……」


 肩を落としたミミクルとミラベル・コゼットを尻目に意気揚々とダンジョンの帰り道を歩いて行くアーサーだった。

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