聖騎士と魔物使い、そしてモンスター
ミランダ・コゼットは大剣を薙ぎ払い、10体目のスケルトンを骨粉へと加工した。前評判の通り、遭遇する魔物はレベルが高いモンスターが多く、ミランダは鎧の中に汗が伝うのを感じる。
「なぁ、アーサー」
「なぁに、属性がアンデッドにがん刺さりしている
「お前も少しは働いたらどうなんだ?」
「働いてるわよ、ほらね」
アーサーに襲い掛かったスケルトンがずるっと滑って転んだのは、アーサーが例によって足元にスライムを召喚しているからだ。
「私も踏みそうになって困ってるんだっ。
鎧で転んだら起き上がるのが大変なんだッ!
それはしまって、別のもっとマシな奴を召喚してくれッ!!!」
「あらスラリネ、騎士様はあなたの存在が不満みたいよ?どうかしら、見返してやった方がいいんじゃないかしら。具体的には鎧の中に入り込んで……」
「やめろッ!マジでシャレにならないっ」
ミランダは斬っても斬ってもきりがなく湧いてくるアンデッドに押されはじめ、ダンジョンの部屋の隅に追い詰められた。アーサーの言う通り、ミランダの振るう聖属性の大剣の斬撃はスケルトンを一撃で昇天させているが、足元がおぼつかないのと敵の数の多さに苦戦している。
スケルトンの朽ちた剣の一撃がミランダ自慢の白金の鎧に傷をつけ、彼女の我慢にも限界が訪れる。
「アーサー、貴様ッ!いい加減、真面目にやれッ!!!」
「はーい……『不死なる炎の翼よ、邪なる人の心ごとすべてを焼き尽くせッ。来なさい、
鼓膜が破れるかと思うほどかん高い鳴き声が部屋に響き、その中を炎の渦が満たした。スケルトンが焼きスケルトンに料理され、それを構成する骨が骨粉に焼成され、彼らの魂が火葬によって天へと召されていく中、ミランダも彼らと同じ苦しみを味わっていた。
慌ててなけなしの魔力で
「アァァァーサアァァァー!!!!!!」
ミランダは渾身の叫び声を上げた。
「こんな狭い部屋で
「あなたがスライムじゃない別のヤツがいいって言ったから別のヤツにしたのに、まだ文句を言うの?」
「……もう、私は魔力がない。次に同じことをしたら、私でも耐えられるかわからない。少しは考えて行動しろ。ダンジョンの中で前衛を失った魔法職がどうなるか、お前の頭でもわかるだろう?」
大剣を杖代わりにして立ち上がったミランダ・コゼットはため息をついて先へと進み始める。いちいち相手にするだけ疲れるだけで、ばらばらになった骨を踏み砕きながら、さらにダンジョンの奥を目指す。
「さっきは悪かったわね……」
アーサーが当然、そんなことを言い出したのでミランダはまた一つため息をついた。付き合いは短くない。彼女の手口は分かっているつもりだ。
「ふざけてたわけじゃないのよ。大物を召喚するには時間がかかるし、スケルトンの大群に遭遇した時点では大部屋だったから大丈夫だと思ったの……そしたら、あっという間に小部屋に追い詰められて仕方なく……」
「もう、いい……」
百戦錬磨のミランダには、アーサーの言い訳がちゃんと筋が通っていることが判った。
アーサーとダンジョンに二人っきりで潜るのは始めてのことで、いつもの騒がしい言動から彼女が不真面目だと決めつけてしまっていたのかもしれない。アーサーのことを信用してはいけないのは金銭絡みのことだけで、戦闘に関しては別なのかもしれない。実際、スケルトンの大群を一瞬で殲滅できる彼女の戦闘力はダンジョンの中では頼りに出来る。
いや、このクエストの破格の報酬が全額、アーサーの懐に入ることを思い出せば、これも所詮は金銭絡みの話なのかもしれない。
「アーサー、一つ聞いていいか?」
「なぁに、ミゼット?」
ミランダはこのダンジョンまでの道中でも、ダンジョンに入ってからもずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「お前、本当はミミクルのことをどう思ってるんだ。ただの金づるか?それとも、手なずけてご自慢の召喚できる魔物コレクションにでも加えようとでも思ってるのか?前に
「だから、あれは誤解だって言ってるでしょう?」
「そうか?あいつは絶対、お前に惚れ……」
「その話はやめて。
ミミクルのことが聞きたいんでしょう?いいわよ、答えてあげる」
アーサーは長い髪をかき上げた。ミランダは、ダンジョンの中でも光り輝く玉のような美しさを保っているしなやかなその黒髪を、同じ女として羨ましいと思わないこともない。
「ミミクルと出会ったあの日から、私の生活も変わったわ……」
アーサーの憂いを含んだ横顔が、ダンジョンの薄明りの下ではっとするほどの妖しい光を放つ。悔しいがアーサーほどの美貌を持ち合わせていないミランダが同じ表情をしても、これほど人を惹き付けることはできないはずだ。
物思いに沈むアーサーがおもむろに顔を上げ、その沈痛な顔つきが急にぱっと明るくなった。
「あっ、見て、着いたわ。ここがダンジョンのボス部屋よ。ここを攻略すれば、ゼロが6つの報酬ゲットよ、張り切っていきましょうッ」
肩透かしを食らったミランダの目の前に現れたボス部屋の扉は高く、ぶ厚く、まるで人の立ち入りを拒む高山、
「やっちゃった……」
と、ミミクルは独り
「どうしよう……」
ダンジョンの入り口でおとなしく待っておくべきだったのに、その約束を破ってしまった。思わず無防備にやってきた冒険者をおいしくいただいてしまった。
「いや、ちょっと待てよ……
ミミクルは意識を集中して、体内に残る魔力の残量を
「全然足りないッ!?残り魔力がほぼゼロッ!?
一体、なんで……」
ミミクルはしばらくうなりながら考え込んだ挙句、一つの結論に達した。
「あの自称・勇者様、魔力の値がマイナスだったんだ……。これは大変なことになったかもしれない」
それくらいしか考えることが出来なかった。ミミクルはいままで出会ったことがないが、ごくまれに魔力の値が生まれつきマイナスで”ミミック・キラー”と呼ばれる人間がいることを知識としては知っていた。
彼らを食べてしまうと魔力を奪われ、最悪、食後の強制テレポートで『壁の中にいる』とか『ダンジョンの天井裏にいる』とか、そういう”詰み”状態になってしまうこともあるらしい。
ミミクルはまだ自力でテレポート一回分の魔力を、それがマイナスされた後も持ち合わせていたので、そういう本当の緊急事態を迎えることはなかった。
だが、今のミミクルが厄介な事態にいることには変わりない。
都合よく、すぐに次の獲物を見つけられるとは限らないし、ダンジョンの中でアーサーやミラベルにばったり遭遇する可能性もとても低い。彼女たちが探しに来てくれるのを気長に待つしかないが、出来れば自分で解決したい。難しいクエストをこなした後で、入り口にミミクルがいないことに気付いて、再びダンジョン内に捜索に戻るのは非常に危険でもある。
「考えろ……考えろ……ぐすっ」
ミミクルは頭の中がかき回された様にぐちゃぐちゃで、思考がまるで迷子のように堂々巡りしていることに気付いた。たった一人でダンジョンにいることがこんなにも寂しくてこんなにも辛いことだと、アーサーさん達に出会うまでは思いもしなかったことだ。
「うぅ……うわーん……」
宝箱の中で泣きべそをかいていると、やがてミミクルのいる真っ暗な大部屋の扉が開いて、灯りが差し込んだ。人影が二つ、後光を受けて光り輝いている。
(……誰だろう?アーサー達だったりして……って、そんなご都合主義もないか……もしかして、あの自称・勇者のパーティーかも……。だったら、ヤバいな……さすがに次はミミックを警戒してるだろうし……)
ミミクルは慎重に様子をうかがった。緊急脱出用の魔力ももう残っていないし、冒険者に正体が露見すれば一巻の終わりだ。やがて気配が二つ、やけに警戒しながら部屋の中に歩みを進めているのが、ミミクルには分かった。だんだんとこちらに近づいてくる。
「宝箱、あるわね」
「あぁ、あるな」
「これがお目当ての秘宝だったりして……」
「だったら、中身は空だろ。ボスはすでに討伐されたってことだし……」
「アーサーさんっ!ミランダさんっ!」
ミミクルは宝箱から元気に飛び出した。
「ぐすっ、よかったー……死んだかと思った」
見覚えのある二人の姿を見覚えのないダンジョンの奥底で見つけ、ミミクルは安堵の涙を流す。
「あー、びっくりしたッ。ちょっと脅かさないでよ、ミミクル」
「ミミック娘、無事かっ?どうしてこんなところに?」
「ヴァアアアアアア」
「ミミクル、よっぽど怖かったのね……そんな野太い声になっちゃって……」
「なんのことですか?」
「いや、アーサー、それは違うぞ……」
二人に抱き留められたミミクルは気づかなかったが、低く小さく何かの鳴き声が部屋の空気を震わせる。
再び、
「ヴァアアアアアアアアアアアア」
と、低い獣の唸り声。今度はミミクルも気づいた。
「ミミクル、聞きなさい。どうしてここにいるかは分からないけどッ」
「ミミック娘、聞けっ。なんでここにお前がいるかは知らないがッ」
「ここはダンジョンのボス部屋よっ!」
「この部屋はダンジョンのボス部屋だッ!!!」
部屋全体を揺らすほど大きくなった三度目の咆哮とともに鋭い一撃が二人を襲い、
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