初めての外出とハンバーガー
ギルド食堂に、ミミクルの見覚えのない重装備の女騎士がひとり。
「番号ッ!」
「いーち」
女騎士が凛々しく号令をかけ、アーサーがやる気なさそうに返事をしたのを聞いて、ミミクルは「にっ!」と元気よく返事をした。
「なんだその返事はッ、アーサー!お前たるんでるぞッ。この
「へいへーい」
「アーサー、貴様ッ!腕立て伏せ十回!」
「やらないわよ……ミゼット、あなたバカじゃないの?」
アーサーがミゼットとあだ名で呼んだ女騎士の名前はミラベル・コゼット。アーサーに相手にされなかった彼女はミミクルの方に向き直る。
「ミミック娘ッ」
「ハイッ、隊長」
「隊長じゃない、騎士隊長だッ」
「わかりましたッ、コゼット騎士隊長殿!」
アーサーと違って流されやすい性格のミミクルはすっかり兵隊の一兵卒になったような気分になり、ミラベル・コゼットに向けてびしっと敬礼した。
「今回の作戦を説明する。ダンジョンに潜入し、その最深部にある秘宝を持って帰ること。ダンジョン内での作戦行動は私とアーサーで行う。ミミック娘はダンジョンの入り口で待機……」
「そんなどうでもいいことよりも、さ。ミゼット、報酬の方はどうなってるのかしら?」
「たしかに今回の報酬は特に高額だが、気負わずいつも通りに行くことが大切だ」
「違うわよ、報酬は9:1でいいのよね。もちろん、私が9」
「何を言っている、アーサー。当然、報酬は二人で山分け……ひゃっ、にゃにこれ!?にゃんか、鎧の中にはいってりゅ。はいってくりゅー」
突然、ミラベル・コゼットが食堂の床に倒れ込む。
倒れ込んだまま、鎧を着こんでいてもわかる豊満な肉体を悩ましくくねらせ、熱い吐息を漏らしている。ミミクルは何かいけないものを見てしまったような気がして、赤面したその顔を両手で覆った。
「んっ、これにゃに、にゃんかぬるぬるでねばねばのにゃにかが鎧の中を這いまわってる、這いまわってるのー」
ミラベル・コゼットの鎧の中を這いまわっているそれの正体を、ミミクルは両目を自らの手で覆う前に目撃していた。アーサーがこっそりと召喚した
「さて、今回のクエストの報酬はどうなってるんだっけ?何故だかわからないけど突然、人前で喘ぎだした騎士様?」
どうやら人よりも敏感な皮膚感覚を持っているミラベル・コゼットはスライムに責め立てられ、食堂のお客の衆目を集めながら、激しくあえぎ続けている。
「みっ、見るにゃあ……ひゃっ、そこは……そこは弱いところなの、ダメだから……ダメッ、ちょっ、アーサー、わかった9:1でいい。もちろん、お前が9。頼むから、もう頼むから許してくれーーー!!!」
「違うわよね、みんなに醜態をさらしている誇り高い女騎士様?私が報酬を全部、貰うのよね。はじめから、そういう話だったわよね?」
「はい……はい、そうでしゅ。だからもうとってください。これ、何かわからないけどとってくだしゃい」
「わからせ完了ッ!」
勝利宣言の後、アーサーは再度、呪文を唱え、ミラベル・コゼットはようやくあえぐのを止めた。
「アーサー、お前卑怯だぞッ。誇り高い
足を震わせながらようやく立ち上がったミラベルがおもむろに背中の大剣を抜く。
「オークに捕まってヒドイことされそうな
それとも、今度は電気属性のスライムにしてあげてもいいのよ」
「……わかりました。隊長殿、どんなご命令にも従います。
なんなりとこの一兵卒にお命じ下さい」
「じゃあ、早速ミミクルちゃん馬車まで運んでくれる?」
「サーイエッサー!!!」
大剣をしまい、敬礼をしたミラベル・コゼットがミミクルを宝箱ごと持ち上げた。
馬車に乗り、ミミクルは彼女がこのマチに来て以来、ずっと住み着いているギルド本部を後にした。大通りの突き当りにあるその大きな建物もあっという間に見えなくなっていく。マチの中では人目を気にして宝箱に擬態していたミミクルだったが、やがて馬車が街道に乗り込むと身を乗り出して、外の空気を肺一杯に吸い込んだ。
「わぁー、すごいですね。森って言うんですか?この”き”ってやつに桃もなるんですよね?」
「えぇ、そうよ。でもこれは桃の樹じゃないけどね」
両脇の森の様子を馬車から眺めているミミクルはとてもはしゃいでいる。川の流れを見ては、すれ違う人に挨拶をしては、空をただよう雲を眺めては、ミミクルは宝箱をがたがたと揺らし、その中でぴょんぴょん跳び上がって喜んだ。
「……世界って広いんですね」
「えぇ、あなたが食べたがってる桃はもっともっと遠くに行かないと育たないわね」
「そうかー、残念だなー」
ミミクルにとって、彼女が住んでいたダンジョンも十二分に広かった。それでも、食後のテレポートの行き先が、同じ部屋だったことが幾度もある。ダンジョンで一番大きな部屋でも見上げた空の広さとは比べようがない。
「ミミクル、ちょっと隠れててちょうだい」
「はい……?」
馬車の行く手に人通りがあるわけではないのに、おもむろにアーサーがそんなことを言い出し、ミミクルは疑問に思ったが言われた通りにした。宝箱のフタを少しだけ持ち上げスキマから辺りをうかがっていると、アーサーが誰かとひとことふたこと会話するのが聞こえる。
そして、
「もういいわよ、ミミクル。はいどうぞ、これ、私のおすすめ」
と言って、包み紙を差し出してきた。
「アーサーさん、これって」
「ハンバーガーよ。食べてみなさい」
アーサーが包み紙にかじりついたのを真似して、ミミクルも同じようにかじりつく。
くちびるに柔らく当たるしっとりとした感触。すかさず続くみずみずしい果肉のぽよっとした弾力。しゃきしゃきの葉物がざくっと音を立て、そして最後にがしっ、じゅわーっとたっぷりあふれる肉汁をかみしめれば、おいしさが口の中で炭酸水のようにはじけとぶ。
それぞれの層が強烈に主張し、殴り合い、喧嘩して、しかし最後には仲直りして、一つの味へと調和してく。
「おいしーいッ!!!」
ミミクルは馬車を持ち上げんばかりに飛び上がって喜んだ。
「それはよかったわ……ミミクルには、いつもお世話になってるもの。これくらいは恩返しさせてもらわないと」
「アーサーさんっ!」
ミミクルはハンバーガーの味にもアーサーの優しさにも感動しきって、また初めての外出に興奮しまくり、いままでで最も高く宝箱ごと跳び上がった。そのせいで馬車から飛び出しそうになったミミクルの体をアーサーが支える。
「危ないわよ、ミミクル」
アーサーが優しく微笑んで、ミミクルを慈愛に満ちた瞳で見つめる。
「すみません、アーサーさん。私、あなたのこと少し誤解してたかもしれません……」
「いいのよ、別に……ハンバーガーって一つ、金貨100枚くらいする超高級な食べ物なんだけど、別に気にしないで。これくらいは奢らせて……でもまた、食堂でご飯、奢ってちょうだいね」
「はいッ!」
ミミクルは元気よく返事した。
「ミミクル、君、騙されてるぞ……ハンバーガーはとってもリーズナブルな食べ物だ」
「そうなんですか?アーサーさんッ!?」
「ミゼット、余計なことを言わないで……もうちょっとだったのに」
「うるさいッ、無垢な少女が騙されそうになっているのを騎士として見過ごせるかッ」
「ミゼット、また恥ずかしい目にあいたいみたいね。いいわよ、もう二度と外を歩けなくしてあげるわっ」
「さっきは不覚を取ったが、次は負けはしない。くっ、来るならひゃっ!?」
馬車の上でさっきまでと全く同じ展開が繰り広げられ、ミミクルは学んだ。女騎士はスライムには勝てない……じゃ、なかった……
「アーサーさんとお金。この二つが絡んだ時は何も信用していけない」
と、いうことを……。
「もうすぐ着く、ふたりともそろそろ降りる準備をしろ」
「はーい」「はい」
馬車が動きを止め、普通の人では持ち上げられないくらい重いミミクルの入った宝箱を、さらに重そうな鎧までも着こんだミラベル・コゼットが、軽々と持ち上げた。そのまま、ダンジョンの入り口までミミクルを持ち上げて歩いても、彼女は歩調も息も少しも乱れていない。
ミミクルはミラベルに会ったのは今日で初めてだがが、ギルド食堂で噂には聞いていた。
高位職業の
けれど、アーサーさんとは真逆で相性がよくなさそうだ。この二人で危険なダンジョンに潜って大丈夫なのだろうか?ミミクルはちらりと不安になった。
ダンジョンの入り口は遺跡になっていて、その一角にミミクルはどすんと音を立ててミラベルの腕の中から降ろされる。
「いいか、ミミック娘。人が来ても襲うんじゃないぞ。ダンジョン内にテレポートされたら探すのが面倒だからな」
「わかりました、気を付けます」
ミラベルが忠告し、ミミクルは気を引き締める。
「じゃあねー、ミミクル。行ってくるわ」
アーサーが手を振って、別れを告げる。
「行ってらっしゃい」
ミミクルも手を振り返した。
知らないダンジョンに置きざりにされ、モンスターなのにミミクルは不安を覚えた。なんだか自分が分からなくなっている。ミミクルはミミック。ミミックは魔物、もしくはモンスター。けれど、すっかり人間になじんだ自分は果たして魔物と人、そのどちらに近い存在なのだろうか?
一人っきりでそんなことを考えていると、
――足音が二つ、
崩れかけの遺跡の壁に反響した。
「こんな高難易度のダンジョン、私たち二人で攻略できるわけないじゃない……結局、シーフもパーティーやめちゃったんだから」
「この職業・勇者の俺様に任せておけば絶対、大丈夫だって。ここでお宝見つけて一攫千金。それで強いパーティーメンバーを募集してもっと難しいダンジョンに挑む……ほら、見ろよッ!」
聞き覚えのある声を聴き、ミミクルは宝箱のスキマからその主を確かめる。思った通り、ミミクルがもともといたダンジョンで出会った自称・勇者と白魔導士のパーティーだ。
「ほら、見ろよッ。こんなダンジョンの入り口に宝箱ッ!超ラッキーじゃん、さすが俺様。勇者様は幸運の値も高いのよ」
「バカいってんじゃないわよ。いくら高難易度のダンジョンって言っても、別にここに入るのは私たちが初めてじゃないのよ。ということはミミックに決まってるじゃない。そんなこともわからないの。大体、前のダンジョンでもあなたのせいでミミックに酷い目にあわされてるんだから、少しは学びなさいよねっ」
「そんな文句を言いながらも結局ついてくるんだから、やっぱり勇者様の力が必要だってことだよな」
「ちっ、違うわよ。一人でこんな難しいダンジョンに入ったら、あんたなんかすぐに死んじゃうから仕方なくよッ」
「まぁ、なんでもいいけどさ。さっさと宝箱、開けるぞっ」
「なんでそうなるのよっ!」
「いいか、よく聞け。自慢じゃないが、俺様はミミックに食べられた回数は十回や二十回では効かない。そんな俺様だからこそわかることがある。それは、ミミックの見分け方だ」
「本当にそんなこと自慢しないで……でも、見分け方?そんなのあるんだね」
「あぁ、ミミックは一度獲物を狩ると、次の場所にテレポートしていくだろう?」
「そうなの?それも知らなかったわ」
「そうなんだよ。で、それはダンジョン内の部屋のどこかになる……」
「それで?」
「ここは部屋じゃないッ。ダンジョンの入り口だ!」
「なるほど、一理あるわね……でも、待って、誰かほかの冒険者が仕掛けた罠かも……。他の冒険者を襲う盗賊みたいな連中も近頃はいるみたいだし、私、調べてみるわ。トラップサーチ、シーフがパーティ抜けちゃったから、覚えたのよ……大丈夫そうね、罠じゃないわ」
「よ、ほんじゃ失礼して……ぎゃああああああああああ」
「やっぱりミミックじゃないッ!?」
――ばきゃっ、ごぎゃっ……ぺっ!。
自称・勇者様はボロ雑巾のようになり、その場に吐き出された。
「しまった、ついッ!?」
ミミックの本能に抗いきれず、ミランダの指示を無視して冒険者を襲ってしまったミミクルはダンジョンのどこかに転送されていくのを感じた。
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