決闘


 クビのない黒い馬にまたがり、片手に剣を握り、もう片方に自分の頭部を抱えたエリナがギルドの訓練場の中心で、たくさんの人の目を集めている。日の光をあびて、その重厚な鎧が黒く鈍く光を反射して、周囲にいるものを威圧する。


 魔物との戦いには慣れているギルドのメンバーたちも、おもわず後ずさりするほどの迫力だ。


「デュラハンなんて高位の魔物、俺は初めてみた」

「しかし彼女、モンスターなのにとっても美人ね。なんか悔しいわね」

「なーに美人度だけでいえば、相手も負けてないだろう?」


 そう言って野次馬の一人が皮肉たっぷりの笑いを浮かべる。

 エリナに対峙するは長くつややかな黒髪を風にたなびかせているアーサー・ハーブロンド。彼女の高い身長に負けず劣らずの長い杖を構え、死を予言する首無し騎士デュラハンの発する気合を受け止めている。


「なぁ、あのアーサーが戦ってるところ見たことあるか?」

「いいえ、ないわね。でも彼女、ギルドの賞金ランキングでは上位に入ってるのよ。 

 1位のミラベル・コゼット、同率2位のラインハルトとランスロットに次いで、4位。

 だから、強いんじゃない?」

「だが、相手は死をつかさどる死神の配下……神の領域に片足ツッコんでる文字通りのバケモノ。どれだけ通用するものか……」


 風が訓練場の砂を巻き上げ、人々は固唾を飲んで決闘の行方を見守っている。


「探したわ、デュラハン。町中走り回って、今にも死にそうな人をようやく探しあてて、それから毎晩張り込んでようやくあなたを捕まえたわ。

 結構大変だったから、その代金も上乗せするわね。

 私を殺人の冤罪に追い込んだ罪、私に得体のしれない体液をぶっかけた罪、そしてあなたの捜索代金。

 しめて金貨1万枚、きっちり払ってもらうわよ!」


「――私は騎士。

 だから、決闘は受けて立つ。逃げも隠れもしないわ。

 まだ、あなたはその時ではないから命もを取ったりもしないし、あなたが勝ったら金貨1万枚きっちり払うわ。

 でも、私が勝ったらあなたは何をしてくれるの?」


 馬上で高らかに宣言したエリナに野次馬から歓声が上がる。いかにも高潔な騎士と、黙っていれば見目麗しい魔法使いとの決闘は突然、絵画の世界からその登場人物が飛び出してきたような、見る者にため息をつかせるような美しい光景だった。


「そんなこと起こりえないけど、もし、万が一にでもあなたが勝ったら、あなたの罪は帳消しにしてあげるわ。美人で慈悲深い魔法使いのお姉さんからのせめてもの優しさよ」

「まぁ、私も悪ふざけであなたにバケツ一杯の血をぶっかけたのは悪いと思ってるから、半分は譲ってあげましょう。でも、あと金貨5000枚分、残ってる。そうね、それをあなたに払ってもらおうかしら。あなた借金でクビが回らないんでしょう。そのクビがもっともっと回らなくなって、いつか誰かに殺されそうになったり、借金苦でクビを吊るときは、その前夜、私が出向いて行って喜んでその戸口に立つわ」

「はぁ、言ってなさい。今にも吠え面かいて逃げ出すことになるから」


 しかし、実際は度が過ぎた悪ふざけをしたモンスターと相手の弱みに付け込んで、いかに搾り取るかしか考えていないクレーマーの戦いにすぎない。


首無し騎士デュラハンエリナ、参ります」


 静かにそう言って暗黒騎士は、黒馬コシュタを駆り立てる。砂塵さじんを巻き上げ、その速度をまし、無防備な魔法使いアーサーに向かっていく。アーサーはまだ、動かない。


 二つの影が交錯し、アーサーがその剣に斬りつけられたように見えた。観衆から悲鳴が上がったその時、砂煙の中から呪文を唱える声が聞こえる。


「――来なさい、古代上位龍アンシエント・ハイ・ドラゴン・ブレスノヴァ」


 突如、訓練場の地面が輝き、そこから巨大な魔法陣が現れた。ゆっくりと呪文で出来たサークルの中からが姿を現し始めている。鱗でおおわれた巨躯きょく、鋭利な牙、天を衝く翼……。


「おいおいおい、ちょっとあれ洒落になってなくないか?」

「ヤバいって、逃げたほうがいいってッ!」

「アーサーがまたやらかしたぞッ、みんな逃げろー!!!」


 やがて訓練場に収まりきらないほどの巨大な躰は完全に実体化し、たわむれに広げた翼が突風を、あくびがわりの咆哮が轟音を巻き起こした。パニックを起こした野次馬たちが逃げ惑う中、反対に悠然としている古代上位龍アンシエント・ハイ・ドラゴンはその耳で召喚者アーサーの声を聴いた。


「いきなさい、ブレスノヴァ!火炎ブレス・無限煉獄!!!」


 今度は首無し騎士デュラハンが炎の渦に巻かれ、姿を消した。まだ決闘の行方を見守っている肝の座った観衆からため息が漏れる。


「どう、私の力が分かったかしら?……あら、丸焦げになって話も出来ない?」


 炎の生み出した死のゆりかごに揺られ、完全に姿が見えなくなったエリナをアーサーは挑発した。


「勝ったわ。勝ったけど……殺しちゃったらダメじゃない、私。私の金貨一万枚が台無しよ。ま、相手が弱すぎるのが悪いのよね……じゃあね、女騎士さん」

「あなたの実力は認めてあげる。

 でもね、騎士たるもの負けは許されない。コシュタ、行くわよッ!」


 気合と共に炎の中から飛び出して来たエリナと黒馬コシュタは龍の鱗の生えた皮膚に斬りつけた。咆哮が悲鳴に変わり、古代上位龍アンシエント・ハイ・ドラゴン・ブレスノヴァに死の預言者・首無し騎士デュラハンは果敢にも挑んでいく。


 古代龍ブレスノヴァの灼熱の一撃が、高位の魔物エリナの容赦ない斬撃が訓練場を飛び交った。


 ――訓練場ここはとても丈夫にできている。


 マチの中心に位置するギルドの裏庭にあたるこの場所は、ギルドの暴れ者たちが訓練中に熱くなりすぎても大丈夫なよう、十分に計画され、練られ、設計された堅牢な壁に囲まれている。


 今、その壁にひびが入り始め、ピシリと龍の咆哮にも負けない悲鳴を上げた。


 あとこれ以上、少しでも誰かが余計なことをすれば、壁が崩れ、その外で生活している一般市民に危害が及ぶことは少しでも脳みそが頭蓋骨の中に入っていれば誰もが分かることだ。そう、誰もが分かることのはずだった……


「私の実力はまだまだこんなもんじゃないわ、次いくわよッ!


 来なさい、東方に伝わりし伝説の霊獣……」

 

 ――この女、アーサーを除いて……。


「アァァァーーーサアァァァーーー」

「アァァァーーーサアァァァーーー」

「アァァァーーーサアァァァーーー」

 

 怒声が三つ、訓練場に響き渡った。




 マチの中心部からほど近くの、大きな路地の突き当りに冒険者ギルドの建物はある。巨大な建物はこのマチだけでなく、その周辺まで力が及んでいることの証だ。


 その最上階にあるギルドマスターの居室で、部屋の持ち主、ボードワール・クレマシオンは短い説教を終えた。


 彼の目の前で床に正座させられているアーサーは地面に頭をこすりつける。


「マジですみませんでしたッ!」


 ボードワールは、謝罪だけは一人前のアーサーの美しいドゲザを見て、苦笑せざるを得ない。


「まぁ、今回は誰かに迷惑をかけたわけじゃないし、わかればいい。怪我をしたものもいるが、ギルメンたるもの野次馬に行って巻き添えを食うのは自己責任だからな。

クビは勘弁してやる」

「ありがとうございます、ギルマスッ!」

「ただな、訓練場のカベの修復代はちゃんと貰うぞ」

「そんなぁー、それはなんとか許してくださいっ。また、借金が増えちゃう~」

「だったら、今度からはちゃんと考えて行動しろ、大体お前はいつも後先を……いや、もう説教は十分だな……ほらよ」

 

 ギルマスは一枚の紙きれを机の引き出しから取り出した。


「まだ未公開のクエストでちょっと危険だが、お前なら……」

「えーっとゼロがひとつ、ふたつ……むっつも!」

「話を聞けッ」


 すかさず依頼書をギルマスの手から取り上げ、そこに記載された報酬額を確かめるアーサーの頭に軽いチョップを叩き入れ、ボードワールはさらに苦笑した。


「いたーい。はいッ、聞きます聞きます」

「危険な依頼だからこの依頼はお前と後一人、ミラベル・コゼットに任せる。しっかり稼げよ」

「報酬は……」

「無論、山分けだ。当然だろ」

「でも……」「でも、じゃない」


 不服そうなアーサーの姿にギルマスは飽きれ疲れている。この騒々しすぎる性格からギルドの問題児として扱われているアーサーだが、ボードワールが彼女をクビにしないのは、その能力が超一流だからというのが理由の一つだ。


 魔物使いとして、超一流のその腕で神の領域に属する古代龍や神獣さえも使役している。


 今回の依頼も難しいとは言っても、彼女なら難なくこなす程度の依頼だった。だからもう一つ、ギルドマスターは個人的な依頼を追加することに決めていた。


「話は変わるがな、そのクエストにミミックのあいつも同行させて、ダンジョンに連れ出して欲しいんだ」

「ミミクルをこのギルドから追い出すってことですか?」

 

 さっきまで、狂騒きょうそうといっていい程に騒がしかったアーサーが、打って変わって真剣な様子で、ぽつりとそう囁いた。


「いや違う、落ち着け。今度、教会のお偉方がギルドに視察に来ることになってな。さすがに不味いだろう?このギルドに住み着いたミミックのことを見たら、奴らはきっと、何が何でも討伐しろって言い出すだろ」

「確かにそうです」

「そのクエストが終わったら、ミミックももちろん、連れて帰ってきていい」

「でも、危険なクエストなんですよね。彼女モンスターですけど戦えませんよ。マチには置いておけませんし……」

「別に面倒を見る必要はないだろう?あいつは魔物だし、ダンジョンの入り口にでもおいておけば自分でなんとかするさ、違うか?」

「それもそうですね、わかりました。でも、本当にミミクルが追い出されなくてよかった……」


 伏せたあい色の瞳につややかな黒髪が一房、二房とはらりと落ちる。もう色事は卒業気味のギルドマスターもはっとするような美しい横顔。美人には憂い顔が似合う。


「ほう、お前が他人の心配か?珍しい」


 ギルドマスターとしてそのメンバーには公正に接することを心掛けているボードワールだったが、アーサーに対して甘すぎるのはこの美貌にほだされてのことではないのか。時にそう自問するくらい、黙っていればアーサーは女神のように完璧な容姿を持っている。


「たかる相手が一人減っちゃうところだった」


 頬杖をついていたギルマスの顔が机に向かって落ちた。


「お前な、いい顔をしてそんなことをいうなよ」


 ギルマスの呆れた声に送り出され、アーサーは部屋を出ていった。

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