第2章8.5節 勇者、取引をする

「ほぉ~ん。つまり、テメェは俺と取引がしたいんだな?」

「うむ!我の持っておらぬ知恵を寄こすがいいぞ、勇者よ。」

「んで、お前は俺に何を寄こすんだ?まさかタダなんて言わねぇよなぁ?」


エルレイヤたちを挟んで行われる勇者と悪魔と思しき女の話し。

その異様な状態に誰も声が出ていない。


「う~む・・・我が出す対価は“見逃す”でどうじゃ?お主らも命あっての物種じゃろ?」

「テメェが俺より強いって証明できんのかよ?あ゛?」

「お主と戦えばどちらかが命を落とすじゃろう。それをもって証明となりはしようが、そこの女子共おなごどもは違うじゃろ?我の圧倒的な力の前に何も出来まい。」

「・・・そいつは人質って意味で捉えていいんだな?」

「どう捉えようとも構わぬ。だが、どうか穏便な取引をじゃな・・・。」

「ハッ!くだらねぇな!!」

「・・・なんじゃと?」

「要するにテメェは俺に勝てねぇから人質を取って、お情けちょうだいで欲しい物を手に入れようって魂胆こんたんだろ?だからくだらねぇんだよ馬鹿がよォ!!」

「・・・。」

「俺にとってそいつらは別に命張ってでも守りてぇ訳じゃねぇ。互いに協力関係にあるだけだ。別に特別な想いがあるんじゃねぇんだよ。そいつらが死ぬのは自己責任、俺にとっては何の対価にもなってねぇぞ?」

「ほぉ、つまりお主一人生き残っても何も思わぬと?」

「思わねぇよ、互いにな。」


ハッキリと言い切る勇者に悪魔と思しき女は言葉を探すように考え始める。

勇者の言葉に様々な思いがマリヤたちの中で駆け巡ったが、エルレイヤだけは嬉しそうに笑みを浮かべる。いや、むしろ愛おしそうに見える。まるで息子の成長を喜ぶ母親を連想させるその笑みに勇者は心の中で飽きれる。


「どうした?もう問答はお終いか?」

「いや、我はお主を対等の立場と認めようと思う。」

「チッ!今までは格下ってか?随分な悪魔だなァ!テメェ!!」

「うん?いや我は悪魔ではないぞ?」

「あ?その見た目でか?」

「ふむ・・・黒龍には見えぬか?この姿は結構気に入っておったんじゃが・・・見えぬのか?」


“黒龍”。その言葉にエルレイヤたちの目が見開かれる。

マリヤは叫びそうになるのを手で押さえている。


「いや言われればそうとも見えるけどよぉ。その姿で真っ先に連想するのは悪魔だと思うぞ?」

「ふむ。ま、よいか。それで取引じゃが・・・。」

「お、お待ちください!」


エルレイヤの上ずった声が響く。

取引を邪魔されたと思った黒龍は殺意を向ける。

怯みそうになる気持ちを抑え、エルレイヤは声を出す。


「こ、黒龍様というのはあの、黒龍様でいらっしゃいますか?」


エルレイヤの言葉に黒龍は笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る