第2章5節 エグデシア信仰国

日の光が天高く昇る頃、活気は鎮静化し、川のせせらぎが聞こえてくる。

大人から子供、老人全ての人々は膝をつき、町の中心にある白を基調とした教会にむけて祈りを捧げる。


「皆さん、祈りを捧げましょう。」


優しく包み込むような声に応えるように修道服に身を包んだ女性たちは胸の前で手を組んで祈る。ここでは、毎日のように祈りの時間が設けられているのだ。

エグデシア信仰国。この国はかつて勇者を誕生させ、魔王を討ち滅ぼしたことで世界に認められた国である。ここに集う人々は勇者を敬い、いつの日か勇者が再び誕生することを望んでいる。

“勇者が再び目を覚ますその日を待ち望み、来る日も来る日も祈りを捧げよ。”

この教えを守り続けている。この教えは他国では勇者信仰と呼ばれていた。

勇者信仰とは海神教と武神教の二つの教派の総称である。

海神を主とする海神教は聖女たちが中心となって信仰し、武神を主とする武神教は聖騎士たちが中心となって信仰している。

‟勇者が持ちし海神の盾は何者にも傷つけられず、勇者が持ちし武神の剣は全てを斬り捨てる”という経典の一説から出来た二つの教派は互いを深く理解し、尊重し合っている。

聖騎士が国を守り、聖女が国を癒す。

勇者を中心としたエグデシア信仰国は静かに時を過ごしていた。

だがそれは、上を知らない人々の見解である。


「メラ教皇様、またしても王国からの要請書が届きました。」

「またなのネ?いい加減にしつこいのネン!」


神経質そうな中年の男は自慢の髭を撫でながら機嫌悪そうに顔を歪める。

海神教の教皇メラは信徒から紙を受け取り、軽く目を通す。

鼻で息を吐くと、それを丸めて捨てる。


「無理なものは無理なのネン。今回もまた無視でいいのネン。」

「よろしいのですか?魔王と思しき怪物は現在も王国周辺の村を襲っていると報告が届いておりますが?」

「他国の人間がどうなろうとどうでもいいのネン。何よりあちらの要求は神聖武器の譲渡なのネン。出来る訳ないのネン。」

「と、おっしゃいますと?」

「神聖武器の譲渡は3人以上の教皇の認可がいるのネン。これが意味するところは、わかるネン?」

「・・・?」

「お前はそれでもボクチンの派閥なのネ?」

「申し訳ありません。」

「いいネン。お前のそういう堅物な所が気に入ってるのネン。ま、頭を柔らかくすれば誰でもわかることネン。ということはネ?」

「・・・!」

「お前にもわかったネン。教皇はボクチンを含めた海神教に2人、そして武神教に2人ネン。要するにそういうことネン。」

「海神教が認可しても武神教は認可しない、ということですね。」

「そうネン。下々の者共は知らないのネン。勇者信仰という共通のものがあるにも関わらず、海神教と武神教の派閥の根が深いことを、ネン。」


冷めた紅茶を飲み、ため息を吐く。

そこにはメラの苦労が見え隠れしている。


「そもそもの話しなのネン。同じ海神教であるトリトン教皇はボクチンを何かと理由を付けては嫌っているのネン。その時点で武神教よりも問題なのネン。」

「おっしゃる通りかと。メラ教皇様にも理由は分からないのですか?」

「・・・思い浮かぶのは父親ネン。」

「父親、ですか?」

「ボクチンの父親とトリトン教皇の父親には確執があるネン。」

「確執ですか?しかも父親のですか?」

「・・・勇者が残したもの全てが聖遺物であり、全て教会内部に保管されている。このことは知ってるネ?」

「はい、存じ上げています。」

「その保管場所の鍵は二つあり、海神教に一つ、武神教に一つネン。その鍵をどちらが持つかっていうことで父は争い、勝利したネン。」

「・・・そんなことで、ですか?」

「そんなことネン。ちなみに要請書がボクチンの所にしか来ていないのも気に入らないのだろうネン。」

「・・・まるで子供ですね。」

「でっかい子供ネン。」


ティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、立ち上がって窓まで進む。

空を見上げた瞳には何が映っているのか、信徒にはわからない。

だが、その背中は諦観ていかんを表しているように感じられる。


「・・・どいつもこいつもいい加減なのネン。だから民が苦しむのネン。」


メラ教皇の脳裏に浮かぶのは、つるんとした頭と醜く身についた脂肪の塊を持つの巨漢の男、宝石に身を包み下品な笑みを浮かべる中年の女、そして己を鍛えることしか考えていない豪快な笑いを響かせる初老の男、他の教皇たちの姿であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る