番外編その5 勇者、選ばれる。
「じゃあね、
「ああ。」
ポニーテールを揺らしながら少女は笑顔で帰る。
少年はそれを黙って見送る。
二人は恋人同士で、毎日のように愛を語らっている。
けれど、少年の心は満たされたことがない。
「優一さん、今日のテストはどうでしたか?」
「手応えはありました、母上。」
「まぁ!」
「ふっ。流石は金剛寺家の跡取りだ。」
「ありがとうございます、父上。」
「優一さんなら国立医大も通過点ね。」
「当たり前だ。優一は俺の跡を継いでもらうのだからな。」
「うふふ。そうね。」
端的に言えば、少年の親は金持ちだった。
小さな頃から必要なものは学ばされ、欲しいものは何でも手に入った。
どんなものでも手に入った。まるで、手に入らないものが無いかのようだった。
だが、そうではないことを少年は知っている。
少年が欲しがるものは物ばかりではない、感情すら欲しがった。
満たされることの無い少年は自分が心底欲しいものは手に入らない。
「期待に応え続ければいい。俺の人生はそれで終了、か。」
本棚に並ぶ多くの参考書、卓上ライト以外置かれていない机と椅子、寝るためだけに存在するベット、居心地よくするための空調設備。
それ以外何もない部屋で少年はぼんやりと外を眺める。
「生きているようで生きていない。敷かれたレールをただ進むのみ。きっとあの子とも別れさせられ、別のお金持ちの女性と結婚させられる。これが俺の人生。」
ゆっくりと開けられた引き出しには黒い物が顔を見せる。
それは少年が持っていて良いものでは無い。
むしろどうやって手に入れたのか、疑問を持たれるもの。
「用意された人生を歩くことは簡単ではないが、他の道よりかは楽だ。けれど、俺の渇きは一生満たされない。」
黒い物を取り出し、窓の外に向けて構える。
少年の視線の先では執事が洗車をしている。
「でも、あの時は・・・興奮したなぁ。」
先程までの好青年の顔ではない気持ち悪い笑みを浮かべて黒い物に頬ずりをする。
少年はたった一度だけ心が満たされた。
その時の幸福感を、少年は今でも求めてやまない。
「・・・我慢、できないわ。」
少年の興奮を表すように体は応えた。
『・・・駅構内で銃乱射事件が発生。繰り返します。・・・駅構内で銃乱射事件が発生。犠牲者は・・・、・・・、・・・、・・・金剛寺雄一さん。繰り返します。犠牲者は・・・・・・・。』
心地の良い風が頬を撫でる。
ぼやけた視界がゆっくりと青空を見せる。
「・・・は?」
そこは、見たことの無い場所。
手や体はまだ少し幼く、自分のものでは無い。
『ようこそ、勇者。』
頭の中で優しくも冷たい声が響いた。
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