第1章19節 魔王の条件

ラグはオリバーの瞳を見ながらかつての幼き日の自分を思い出す。



小さかった自分は毎日のように村はずれの祖母の家に通った。

祖母の話す物語が全てキラキラして見えたからだ。

中でもリザードマンの英雄の話しは自分を夢中にさせた。


『かつて、リザードマンの里を救おうとした英雄の話しは面白かったかい?』

『うん!でも、結局は救えなかったの?』

『いいや。彼は救ったのさ。人々を生かすことでね。』

『どういうこと?』

『魔王に成った彼は確かに里を守れなかった。だが、仲間を守るために最後まで戦い抜いたんだよ。たった一人で戦うことで、他のリザードマン達に被害を出さなかったんだ。英雄なんだよ彼は。』

『凄いなぁ。』

『ホッホッホ。そうだな、彼はカッコいいな。』

『・・・僕もなれるかな?』

『成れるとも。じゃが、忘れてはならん。力を復讐に使うのではなく、仲間を守るために使いなさい。』

『うん!僕、魔王になる!』


あの頃は魔王に成ることが仲間を守ることだと信じて疑わなかった。

力を身に着け、人間の侵略から仲間を守ることこそが自分が産まれてきた理由だと信じて疑わなかった。

だが、現実は違った。


『母さん!俺、魔王に成りたい!』

『な、何を言ってるんだい!?』

『婆ちゃんに聞いたんだ!かつて、リザードマン達を救った英雄がいるって!その人は魔王に成って仲間を守ったんだって!だから俺も魔王に成りたいんだ!』

『馬鹿なことを言うんじゃないよ!魔王に何てなろうとするんじゃない!!』

『な、何でだよ!?』

『いいから!!』


幼い自分は分からなかった。

母が何故自分の夢を否定するのか。

強くなって仲間を守る、それは魔王に成ることだと信じていたからだ。

けど、皮肉にもその理由を知ったのは母の死に際だった。


『ひっく、ひっく、ひっく・・・。』

『泣くんじゃないよ。みっともない。』

『だって、だって、だって!』

『病気じゃ仕方が無いんだよ。誰のせいでもない。だからあんたも泣き止みな。英雄に成りたいんだろ?』

『だって、おれ、おれは、があさんを・・・。』

『ふぅ~。ラグ、あたしの最後の話を聞きな。』

『最後だなんて言うなよ!これから良くなるかもしれないじゃん!!』

『いいから聞きな!これは、あたしら家族が守ってきた秘密の話しだ。族長以外には話すんじゃないよ。いいね?』

『うん・・・ひっく・・・。』


母は知っていたんだ。

魔王に成ることがどれ程の苦痛を伴うのか。

そして、英雄なんかじゃないということを。



あの話を聞いた後、族長を問い詰めたことをラグは懐かしく思いつつ考える。

果たして、目の前のオーガが魔王に成れるのだろうか、と。


「ここまで聞いてもなお、魔王に成りたいと思いますカ?」

「・・・。」

「分かって頂けたのなら幸いなのデスガ、そのようではないようですネ。」

「ああ。それでも俺は魔王に、成れるなら成ってみたい。」

「・・・瞳の力に揺らぎは無い、デスカ。なら、私が知っている魔王の成り方の一部をお話ししまショウ。ですがその前に、ここからは貴方お一人でお聞き頂きたいのデスガ。」

「わかった。」


ミミたちに部屋から出るように頼み、部屋の中にはラグと二人っきりになる。

ミミが何か言いたげだったが、問答無用で押し切った。


「それで、魔王にはどうしたら成れるんだ?」

「・・・魔王に成る条件の一つ、それは“魔王の魂”を受け入れることです。」

「魔王の魂?受け入れる?どういうことだ?」

「私も詳しくは知りまセンが、魔王が死ぬときは器のみが死に魂は永遠を生き続けるのだそうデス。原初の魔王に始まりこれまで魔王に成った者たちの魂は一つとなり次の魔王へと引き継がレル。魔王は引き継がれるたびに強くなるのだそうデス。」

「どうすれば魔王の魂とやらを受け継げるんだ?何処にある?」

「何処にあるかは不明デスガ、どうすれば受け継がれるかは知っていマス。」

「どうすればいいんだ?」

「・・・絶望を、味わうことです。」

「・・・は?」

「魔王の魂は強い負の感情に反応シマス。その中でも絶望という感情を好むのだそうデス。かつての魔王は父の死が絶望デシタ。つまり・・・。」

「近しい者の死を体験すれば、成れるかもしれない、と。」

「ええ。貴方で言えば先程のコボルトの死でしょう。」

「・・・。」

「これは全てではありまセン。全てを知っているのは族長のみデス。」


魔王に成れることが簡単ではないということは想像がついていたはずだった。

自分の身に降りかかる全ての試練が難関であっても、乗り越えることに揺るぎは無かった。

だが、魔王の魂を受け入れるためにはミミが死ななければならない。

それは、想定外だった。


「それでもなお、魔王に成りたいと思うのナラ、明日の朝に我々の商隊へお越しくだサイ。」


ラグはオリバーの顔を見ずに部屋を後にした。

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