第1章14節 覚悟

「なぁ、エンデよ。商売人にとって、最も大切にしなきゃならねぇことって何だかわかるか?」


エンデと呼ばれた少年はぼんやりとしか見えない父親の顔を見て、キョトンとする。


「たいせつなこと?商品を売ることじゃないの?」

「ちげぇな。商品を売ることは商売人の仕事であって、大切なことじゃねぇ。」

「う~んと、お客様は神様ってこと?」

「確かに商品を買ってくれる客は神様だって思うかもしれねぇが、それもちげぇ。」

「えっと、えっと・・・あ!商品だ!商品が無いと商売できないもん!」

「ダハハハ!ちげぇねぇな!けど、それは大切なことじゃねぇんだ。商品が無けりゃ商品を仕入れればいいしな。大切なこととはやっぱりちげぇんだ。」

「じゃあ何が大切なことなの?」

「商売人にとって大切なことってぇのはな、“相手を見る目”だ。」

「相手を見る目?どういうこと?」

「さっきエンデも言ってたよな、お客様は神様だって。確かに商品を買ってくれるお客様は神様なのかもしれねぇ。けどな、お客様の中にはよくねぇことを考えている奴もいる。商品の横流しとかな。だから相手を見る目を商売人は大切にしなきゃならねぇのよ。」

「そっか!悪いことを考えてる人もいるってことだね!」

「まぁ、そんなもんよ。本当はもうちょっと難しい話なんだが、今はそれでいい。悪い奴には絶対ぜってぇ商品を売るなよ。」

「うん!でも、僕にもわかるかなぁ?」

「まぁこればっかりは経験だわな。エンデがたくさんの人に商品を売っていきゃあその内わかるようになる。そしたら今度はエンデがウキキに教えてやんのよ。」

「ウキキに?ウキキはまだ赤ん坊だよ?しかも女の子だし。」

「ダハハハ!今はまだ赤ん坊でも時間が経てば大きくなる。そん時にウキキだって商売人になりてぇって思うかもしれねぇだろ?それからな、女の子だって商売人になってもいいんだぞ。」

「そうかな~?」

「ま、ウキキには自由に生きてもらおうじゃねぇか。オラの仕事はエンデ、お前が引き継げ。」

「うん!僕は絶対にお父さんを超える商売人になるよ!」

「ダハハハ!なら安心だな。」


大きな手が頭を撫でる。

そんな些細なことが本当に嬉しくて、幸せだった。

そんな話をしてから数年後に、父親は亡くなった。

原因は何処かから貰ってきてしまった病。治そうと必死になって薬を探したが、結局は手に入れることが出来なかった。


「親父・・・。」

「だははは。んなしょげた顔してんじゃねぇよ。まだオラは死んでねぇんだからな。」

「だけど・・・薬が手に入んねぇんだから助けられねぇじゃねぇか!」

「はぁはぁ。だな。オラはいずれ死ぬんだろうな。」

「そうだ!死ぬんだぞ!なのに何で笑ってられるんだよ!!ふざけんなッ!!!」


まだまだ教わりたいことがあるのに。

頭を撫でて褒めてもらいたいのに。

ウキキと三人で商売人をやりたかったのに。

溢れる思いが涙となってエンデの頬を伝う。


「笑ってられるのはな。エンデとウキキ、二人のおかげだ。」

「何言って・・・。」

「母さんが死んだ日、オラも後を追って死のうと思った。」

「・・・え?」

「オラはな、ウキキを殺したいほど憎んだ。だってそうだろ。オラの愛する人を奪ったんだ。憎くてしょうがなかったんだ。」


母親が亡くなった日はよく覚えていない。

ただ、大きかった父親の背中が小さく見えたのは覚えている。

父親がそんな風に思っていたなんて、今まで知らなかった。


「けど出来なかった。ウキキを抱いて笑うエンデを見て、オラは生きようと、必死に思ったんだ。ウキキを愛そうって、エンデの様に愛そうって・・・。」

「親父・・・。」

「エンデ、オラから商売人としても最後の教えだ。」

「最後だなんて言うなよ!」

「ええか、貴族にだけは関わってはならん。絶対ぜってぇに関わってはならん。あいつらは悪魔だ。良い奴なんて一人もいない。利用することしか考えておらん。だから貴族に関わってはならん。」

「わかったよ親父。俺は絶対に貴族には関わんねぇよ。」

「貴族に関わってはならん。貴族に関わってはならん。貴族に関わってはならん。貴族に・・・。」

「親父?」

「・・・。」

「親父!?おい!嘘だろッ!!?おやじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!?!?」


親父はあっけなく逝った。



「・・・親父。」


昔の夢を見るなんて初めてだ。


「親父、あんたの言う通りだったよ。貴族と関わるべきじゃなかった。」

「何の話しかしらァ?」


いつの間にか戻ってきた女に対し、今はもうそれほど怒りは無い。


「あらァ?何だか不思議な顔をしてるわァ。話す気にでもなったのかしらァ?」

「ハハ。」


分かったような気がする。あの時の親父の気持ちが。


「話す?ざけんなッ!俺は決めたんだよ。」


死を覚悟する気持ちが。


「何を、とは無粋かしらァ?」

「ああ!お前を殺すことだよ!バカヤローー!!」


叫んだ瞬間だった。

目の前が真っ赤に染まり、頭の中で誰かが囁いた。ような気がした。

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