第1章12節 翡翠髪の男

翡翠色の髪を後ろに束ねた忠誠的な顔立ちの男は、目の前の資料に目を通す。

その表情に変化は無く、冷静そうに見えるが、左手の指が何度も何度も机をたたいていることから焦っている様子が見て取れる。


「失礼します副団長。」


ノックをし、鎧に身を包んだ男が入ってくる。

一瞥し、翡翠髪の男は平静を装って口を開く。


「何だ?」

「ハッ!‟探しもの”ですが、現在人数を増やし捜索中であります。」

「まだ何も見つかっていないのか?」

「申し訳ありません。」

「人数を増やしたと言ったな?」

「ハッ!」

「誰の許可を取った?」

「・・・団長であります、副団長。」

「はぁ~。また、あの男か。全く、仕事を全てこっちに回しているのだから僕の許可を取って欲しいものだ。」

「申し訳ありません。」

「お前を責めてはいない。だが、今後は私を通せ。いいな?」

「ハッ!」

「探しものだが、捜索範囲を広めろ。必ず見つけ出せ。いいな?」

「ハッ!」


用件が済んだと思った男は部屋から出て行こうとする。


「待て!」


だが、それを翡翠髪の男が制する。


「団長は何処で何をしている?」

「・・・。」

「答えられないのか?」

「・・・いえ。ですが、あまり聞きたくないかと。」

「・・・それは安易に女の所と言っているぞ。」

「弁明はありません。」

「はぁ~。あの男は脳と股間が直結しているのか!仕事をせずに女遊びばかり、騎士として恥ずべき男だ!」

「おっしゃる通りかと・・・あの、一つよろしいですか?」

「何だ?」

「先に謝罪を述べます。申し訳ありません。」

「構わん。それで?」

「何故、副団長が団長ではないのですか?」


一瞬の沈黙が部屋を支配する。

次の瞬間には強烈な殺意に、男は無意識に腰の剣に手が伸びる。

が、すぐにその殺意は翡翠髪の男の深呼吸で消える。


「そう構えるな。」

「申し訳ありません。」


体中から噴き出した汗が気持ち悪く、深呼吸をして男は心を落ち着かせる。

目の前にいる副団長が、男には一瞬だけ化け物に見えたのだ。


「いや、謝罪は僕の方だ。すまない。危うく優秀な部下を殺してしまうかと思ったよ。ただ、言い訳をさせてもらえば、その話しは少々刺激が強くてね。」

「いえ・・・お聞きしても問題ありませんか?」

「ああ。何故僕が副団長なのか、だろ?答えは二つだ。一つはお前でもわかる事だ。」

「・・・階級ですか?」

「そうだ。あの男の方が貴族階級が上だからだ。我が国は階級遵守、その古い考えのせいでどれだけの民草が迷惑していることやら。今もそうだろ?好きでもない男に昼も夜も関係なく抱かれてるんだからな。」

「おっしゃる通りです。二つ目は何でしょうか?」

「二つ目は支持率だ。あの男は自分を支持する者には蜜を与えている。それは金や女、中には権力をだ。」

「権力、ですか?」

「そうだ。あの男は騎士爵までなら自由に与えられるからな。それにつられた者共は簡単になびく。」

「・・・腐ってますね。」

「まったくだ。だが、それもあと少しかもしれない。」

「・・・とおっしゃいますと?」

「“探しもの”だ。あれをあの男より先に手に入れれば僕が上に立てる。そうすればすぐにでも・・・だから早急に見つけろ。わかったか?」

「ハッ!」


部下のやる気に満ちた声に満足し、翡翠髪の男は仕事に戻ろうと視線を落とした。

だが、ふと思いだしたことが口に出てしまう。


「・・・そういえば・・・。」

「何でしょうか?」

「すまない。どうやら口に出てしまったようだ。ついでだ、捕らえたあの魔族はどうしている?」

「檻の中で何もしゃべらずにいます。いかがなさいますか?」

「声を掛け続けろ。あの魔族は何かしらの情報を持っているかもしれない。」

「ハッ。」

「ただし、痛めつけるのは禁止だ。探しものが見つかるまでは死んでもらっては困る。」

「畏まりました。」

「もう行っていいぞ。」

「ハッ!」


部下が出て行くのを見届け、視線を落とす。

話したことで少しだけ気が楽になり、翡翠髪の男は仕事に集中し始めた。




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