第1章4話 コボルト村のミミ

このままこの女の流れになるのは危険だ。

色々と知りたいこともあるし、話の主導権はこちらが握ろう。


「あ~・・・その、お前はここで何をしてるんだ?」

「私?私はここで木の実を取っていたんだよ。ほらこれね。」

「これが木の実?なのか。こんな小さくて腹が膨れるのか?」

「確かに一個一個は小さくてお腹いっぱいにはならないけど、これをいっぱい食べたり、木の実スープにすればお腹はいっぱいになるよ。」

「ふむ。」


橙色の小さな木の実。匂いはあまりなく、触った感じ柔らかそうである。

コロセウムでは腐った魚か、カビの生えたパンしか食べてなかったから匂いが無いだけで少し好感が持てる。


「良かったら食べてみて。美味しいよ~。」


無邪気に食べる女を見て、毒が無いことを確認する。

正直に言えば、毒を食べたところでオーガの体が揺らぐことは無い。

何でも食べれるというのはこういう時に強みを発揮するのだ。


「・・・あぐっ。」


奥歯で噛むと、木の実は簡単には潰れて甘い汁をあふれ出す。

甘い汁が舌の上から喉の奥へ流れるのは一瞬だった。けれど、その存在感を示すように口の中は甘さで満たされる。

この木の実は美味しい。それは確かだ。だが、腹を満たせるほどではない。


「確かに美味いが、腹を満たすにはかなりの数がいるな。」

「まぁね。でも、取り過ぎは良くないの。」

「どうしてだ?」

「取り過ぎてしまうと、来年実らないことがあるし、他の動物が食べれずに飢えて私たちはお肉を食べることも出来なくなるの。おまけに残しておくことで、鳥が食べれば木の実が取れる場所が増えるの。だから取り過ぎず、ある程度残しておくのが村のルールだよ。」

「ふむふむ・・・ん?村があるのか?」

「うん!私たちが住んでる村がこの近くにあるよ。マラ様も来る?」

「村があるなら是非とも行きたい。だが、俺の名前はマラ様じゃない!」

「じゃあお名前は?私はね~ミミって言うの。コボルト村のミミ!」

「そうかミミか。(コボルト村?ということはこいつらはコボルトという魔族か。確か爺さんが言うには・・・。)」


コボルトとは魔獣の成り損ない。頭と尻尾は魔獣のものとあまり変わらないが、体は人間そのもの。ゆえに魔族としては弱く、脆い。しかし数はとても多い。それは子供を産む速さと年中無休で発情できるからだ。体は人間のものと変わりはないそうだが、子宮の作りが違う。双子や三つ子を孕みやすく、赤ん坊の成長も早い。

妊娠しても二カ月ほどで子供を産み、すぐさま孕めるようになる。産まれてきた赤ん坊も、半年もすれば人間の子供並みの大きさになり、元気に外を走り回るらしい。

また、雌は雄を選ばないのも数の多さに関係しているらしい。

とある一説によれば、ゴブリンの雄とコボルトの雌が千人を超える家族を作ったなどと言う話しもあるらしい。


「それでお名前は?」

「名前か、俺は・・・あれ?(そもそも俺の名前ってあるのか?確かコロセウムでは『おい!』とか『お前!』とか『キサマ!!』と呼ばれていたような・・・。)」

「お名前無いの?だったらやっぱりマラ様・・・。」

「それはない!名前・・・名前・・・うん、そうしよう。俺の名前は“オリバー”だ。この名前はかつてオーガが猛威を振るっていた頃の・・・。」

「オリバーだね!よろしくね!」

「ああ、うん。」

「じゃあおいでオリバー!こっちが村だよ!」


偉大なるオーガの英雄から取った名前なんだが、どうやらその話には興味がないようだ。それに腹も減ったし、ここはおとなしくついて行こう。

それにしても、聞きたいことはまだあったというのにいつの間にかミミが主導権を奪っていたな。



「ほらここだよ!」

「これは・・・。」


ミミが指さす方向には洞窟しか見当たらない。

ということは、この中に村があるのだろう。

確かに洞窟の中なら雨風をしのげるから理には叶っている。

だが、光はどうするのだろうか。


「・・・ミミたちコボルトは夜目が利くのか?」

「うん?あ~洞窟の中は暗いから?確かに私たちはある程度なら夜目が利くけど、この洞窟の中は特別なの。」

「特別?」

「見ればわかるよ。」


そう促すミミに従い、後を歩く。

入口付近はまだ明るかったが、歩けばすぐに暗闇が視界を狭める。

オーガも多少は夜目が利くが、それでも心許こころもとない。

ミミを見失わないようにかなり近づいて歩かなければ道に迷うだろう。

時折聞こえる艶のある吐息は我慢するしかない。


「うっ・・・何だ急に?」


先程まで暗かったが、洞窟の角だと思われる場所を曲がった瞬間に光が眩しく見える。この距離ならまだ弱いが、それでも先程までの暗闇に比べれば明るい。


「見えてきたよオリバー!あそこが私たちの村だよ。」


笑うミミの横に立って眺める。確かに洞窟の中には村らしき場所はあったのだ。

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