第1章2話 脱獄
夜、コロセウムが静かになった頃に変化は起き始めた。
いつもはすすり泣く声やいびきしか聞こえない奴隷たちの方から怒りにも近い話声が聞こえてきたのだ。“脱獄”という言葉と共に。
「チャンスだ!」
そう思った俺はオーガたちを起こそうとした。
が、起こさなかった。
それは反乱を起こそうと、説得した時のオーガたちの顔が頭の中を過ぎったからだ。
あの顔は本気で怯えていた。起こしたところで邪魔になる。そう、考えてしまった。
「おい、起きろ。なぁ、おい。」
「ウグゥ?」
だから俺は仲の良かったオーガ一人だけを起こすことにした。
それが脱獄するうえでいいと思ったからだ。
「奴隷たちが何かを起こすみたいだ。俺たちもそれに乗じて逃げよう!」
「ニゲル?・・・ダレガ?」
「俺とお前の二人だよ!ここから脱獄できるんだ!悩むことなんてないだろ?」
「・・・ダツゴク、オデ、イイ。」
「な、何でだよ!?こんな所から逃げれるんだ!もう痛い思いだってせずに済む!だから!な?」
「ダツゴク、セイコウシテモ、ミライ、ナイ。」
「・・・は?」
「ココ、イタイコト、ガマンスレバ、タベモノ、アル。デモ、ソト、タベモノ、ナイ。」
「そ、そんなことわからないだろ!?外の方が美味しい物だって・・・。」
「オデ、ココデ、イイ。イキルノニ、ナニモ、コマラナイ。」
それ以上は何を言っても無駄だろう。彼にとってここは地獄ではないのだ。
生きる上で困ることのない場所、彼にとってここはそう言う場所なんだろう。
「・・・分かった。もう、お前を誘わないよ。すまなかった。」
「オマエ、ココニ、ノコル。ソレガ、イキルコト。」
「俺はお前みたいに生きられない。」
ここにいるオーガたちはダメなのだろう。他のオーガにも念のために声を掛けても良かったが、奴隷たちが動き始めてしまったから諦めるしかない。
檻の入り口付近に潜み、耳を澄ますと喧騒が聞こえてくる。
その声に何人かのオーガも気づいたようだが、案の定何事も無いように再び眠ろうとしている。やはりここはゴミの掃き溜めだ。皆が現状で満足している。
「俺は一人でも逃げてやる。」
その考えが神の逆鱗に触れたのかもしれない。
足音が聞こえてきたと思ったら視界が揺らいだ。
「・・・え?」
どうやら銃で撃たれたらしい。
左目を撃ち抜かれたのだろう。左目の方から熱を感じる。
けれど、声が出ない。体も抵抗することなく地面に倒れる。
どうやら俺は死ぬらしい。もう何も感じなくなってきた。
微かに聞こえる汚い悲鳴が次から次へと消えていく。
薄れゆく視線の先には・・・。
「・・・あ、れ?」
視界がぼやけていたが、だんだんとそれはハッキリと景色を視認し始める。
死んだと思ったが、どうやら生きていたらしい。
だが、ここは何処だろうか。檻の中やコロセウムの闘技場でもない。
ゆっくりと辺りのものを確認していく。
まず目に入るのはゆらゆらと風に揺らめいている緑の大量の何かだ。
「・・・もしかして、あれが爺さんの言っていた葉っぱか?じゃあこの茶色い太いのは木ってヤツか?」
ここが木の生い茂る場所なのは何となく理解した。
次に周りにあるオーガの遺体。上体を起こして見回すと、自分を中心として数十人のオーガの死体がある。それ以外にも奴隷の死体もあった。
「ここは墓場か?だとしたら俺は何で・・・ッ!!?そうか!」
脳に電流が流れたような気がした。その瞬間、何があったのかを思い出した。
あの時、俺は眼を撃たれた。そのショックで気を失ったのだろう。
だが、弾丸は運よく脳には届かなかった。その結果、俺は生きている。
だが、周りのオーガたちの死体は頭を撃ち抜かれている。彼らは死んで、俺だけが運の良さで生き残れたんだろう。
同情は無い。彼らはどっちにしろ死んでいた。あの地獄で満足していたんだから。
「予定とは違ったが、脱獄は成功だな。とりあえず・・・。」
何か使える物は無いだろうか。そう思いながらオーガの死体や奴隷の死体を漁ってみるが、オーガの死体からは使える物は無く、奴隷の死体からはナイフと銀色の楕円形の何かだけ。
「食い物はねぇか。」
なら死体でも食べるかと、一瞬だけ考えたが止めた。
何故だかはわからないが、自分と同じ形をしている死体を食べるのに嫌な感じがしたからだ。だからちゃんとした食べれるものを探そうと心に誓う。
「ここで得られるものはもう無いな。じゃあ、行くか!」
そこから先は知らない景色。じいさんに聞いた話を頼りに突き進む。
自分が自分らしく生きられる居場所を探して。
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