第1章1話 オーガという種族
「マダ、ハデニヤラレダナ」
不快な声を聴き、俺はいつものように目を覚ます。
「・・・どのくらい俺は寝ていたんだ?」
「コンカイハ、フツカグライ、ダナ。」
「二日、か。」
「メジ、グウカ?」
差し出された腐った魚を見て、思わず顔を歪めてしまう。
「オコッダカ?」
「いいや。これがここでの当たり前だろ。なら我慢するしかない。」
腐った魚を受け取り、噛まずに飲み込む。噛めば不味さを感じるから。
どうしてこんな生活を強いられるのか、それは過去の出来事が要因だと以前老オーガに聞いた。
200年程前、魔王と名乗る魔族の王が世界を支配しようとした。
魔王は次々に領土を広げ、各地を戦火に沈め、人々を恐怖のどん底に堕とそうとした。領地を奪われ、人々の多大なる犠牲を出した時だった。
とある王国が禁書に記された術を発動させたのだ。それが“勇者召喚の儀”だった。
現れた勇者は瞬く間に奪われた領地を取り戻し、増え続けていた多くの魔族を滅ぼし、遂には魔王を討ち取った。魔王を討ち取られた魔族は統制を失い、散り散りに逃げる結果になったのだ。
勇者は王国に戻り、姫を娶り、戦いは終わりを告げた。
と、この時の魔族だけは思っていた。そう、魔族だけがそう思っていた。
だから知らなかった。人々の嘆きも、悲しみも、怒りも、憎しみも、恨みも何もかもを知らなかった。魔王を滅ぼしてそれほど時間が経たない間に、魔族狩りが始まった。抵抗しようとしたが、勇者によって生き残らさせられたのはどれも弱い種族で、抵抗しようにも逃げることしか出来なかった。逃げ続け減っていく魔族とは裏腹に、傷つき減ってしまった人々は数十年という時をかけてどんどん増えていった。
今では全土を人々で埋め尽くさんばかりに国や町、村や集落がそこかしこに存在するらしい。
そんな話を子供ながらに聞かされ、俺は疑問を老オーガに聴いた。
「どうして俺たちオーガもこんな目に遭ってるんだ?俺たちは弱い種族じゃないだろ?」
「そうじゃな。ワシらオーガは肉体的にとても優れておる。力もさることながらこの丈夫な体は他の種族には無い強さを秘めておる。何でも食べ、すべて消化し、体を動かす力に変えることが出来る。何よりオーガの体は大概の傷はすぐに癒えてしまう。脳を破壊されない限りは死すらない。お前さんの言う通り、強い種族じゃ。それはワシも思う。じゃがな、どんな生物にも必ず弱点は存在する。ワシらオーガにとってそれは知能の低さに現れておるんじゃ。」
「知能の低さ?それが何だって言うんだ!」
「知能の低さを甘く見てはならん。当たり前の様にワシとお前さんは会話をしとるが、他のオーガはどうじゃ?片言の聞くに不快な話し方じゃろ。」
「それは・・・そうだけど。」
「それは知能の低さが要因じゃ。そのせいで人間の罠にも簡単にかかってしまう。そうやって逃げ延びた先代のオーガたちは皆捕まったのじゃ。」
「で、でも俺と爺さんは普通に話せてるじゃん!それって・・・!」
「確かにワシらは特別他のオーガに比べれば知能が優れておるのじゃろう。」
「だ、だろ!?だったら・・・!」
「ワシら二人に何が出来るんじゃ?老いぼれと
「それは・・・。」
「悪いことは言わん。お前さんも他のオーガの様に考えるのを止めた方が良い。その方が楽になるからのぉ。」
あの老オーガの言葉は今でも納得は出来ない。
けれど、この現状を変える手段は確かにない。
仲間を増やそうにもここのオーガたちは皆怯えてしまっているし、オーガ以外で会話が出来る種族は奴隷と呼ばれている人間しかいない。後は会話すらできないミノタウロスが一匹だ。何度か話し合おうとしたが、それも全て無駄に終わった。オーガたちは反乱を起こそうとしないし、奴隷たちは会話すら出来ない。
「死ね!死ね!死ねッ!!」
だから今日もこうして人間の女に剣を刺され続け、無意味な悲鳴を何度か上げるだけだ。そこに生物としての命はない。ただの道具として生きてるだけ。
「どうしたのよ!抵抗してみたらどう?」
「・・・。」
「何よ?もう死んだの?はぁ~あ。オーガって案外脆いのね。つまらないわ。」
女のつまらなそうな声とは裏腹に盛り上がるコロセウムの声に俺はまた眠りにつく。
それしかやることが無いから。
「・・・また、俺は生きて残ってしまったか。」
死ぬことが出来たらどうなるのか、俺にはわからない。だが、ここじゃない何処かには新しく生まれ変われるかもしれない。そうすれば幸せというフワフワした何かを得られるかもしれない。だが、俺たちオーガが死ぬことは無い。
何度も見た汚い天井、寝転がる数人のオーガたち。
ここは地獄ですらない、ただのゴミの掃き溜めだ。
「爺さん、俺も早くあんたの下に行きてぇよ。」
その言葉に応えてくれたのかはわからない。
けれど、突然それは起こった。
奴隷たちの反乱、これが俺たちオーガが逃げる唯一のチャンスだった。
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