置き場

@fujishirokeijirou

第2話

 私の街には、盗撮じいさんというのがいる。

 浜辺を徘徊しては、モラルのない客だとか、不法投棄をする人だとか、そういう現場をプライバシーもへったくれもなくカメラに収めては街にばら撒いているから、小学生の間でそう噂されているのだ。

 本州とは遠く離れた離島だから、そんなことをされれば一大事である。

 ただまあ、このじいさんのおかげで島の秩序は最低限保たれていた。

 数年前に高校を卒業し、私は本州へ出てきてしまったが、あのじいさんのことは鮮明に覚えている。

 これから話すのは、私がまだ小学三年生だか四年生だかのときの話だ。

 その夏、なんの気無しに海へ出向いた私は、初めてじいさんに話しかけた。

 確かポイ捨てをしている茶髪の高校生らしき見てくれの集団を、例によってじいさん激写している最中のことだ。

 品のない笑い方をするそいつらの風貌は明らかに観光客だったから、写真をばら撒いたところでダメージになるとは思えなかった。

 それでも懸命にカメラを向ける盗撮じいさんにそういった疑問をぶつけた。

 するとじいさんは、一瞬物珍しそうな目を向けたあと、すぐにニカっと銀歯の混じる歯を見せた。

「いいか?[#「?」は縦中横]坊主。写真に写ってることは全て真実だ。そして、真実ってのはうまいこと切り取りやすいんだ」

 今思うと、こういった絶妙な人当たりの良さが、この厄介じじいをじいさんと呼ぶに足らしめた要因なのだったんだろう。

 そう口にしたじいさんの横顔は若々しく、陽光を受けて凛々しく海を見つめる姿はそれこそ写真に収めたいほどに秀麗だった

 しかしまあ、その後に盗撮じいさんのとった行動はそんな美しさとは真逆の、些か野蛮なものだった。

 ヅカヅカと若者の方へ歩いていき、懐から空き缶を取り出すと彼らの積み上げたゴミの山へと放り投げた。そこから軽妙に数歩バックステップをとり、持ち前のライカでそこを収めた。

 ついで意気揚々と彼等の方に大勢を整え、

「おい!お前ら未成年だろ!なんでこんなもんがここにあるんだよ⁉︎」

 と叫んだ。

 当然、なんの心当たりもないイキリ高校生共は訝しんでこちらに近づいてきた。

「なんだよじいさん。何があるってんだよ」

「これだよ。わかんねえわけねえだろ?なんでビールがあんだよ?飲んでたんだろ⁉︎」

 その時の彼等の顔は、今でもよく覚えている。人生の崩壊を恐れ、鬼気迫る顔だ。あるものは紅潮し、あるものは歪ませ、あるものは困惑した。

「どういうことだよ。そんなもん知らねーよ!おい何撮ってんだよ⁉︎」

 当然彼等の主張は正しい。

 彼等の怒りは正当だ。

 けれどしかし、じいさんはそんな彼等の様さえ写真に収めていた。

 直後に、ふざけんなよ、と声をあげ、腕を振り上げたガタイのいい高校生を見て、笑いながら逃げ出していなければ、その思い出はもっと綺麗でかっこよかっただろう。

 じいさんとの一番の思い出を振り返るなら、あの大蛇は確実に出てくる。

 初めて声をかけてから二週間ほど経った日、島では大蛇が出ると噂がたった。

 じいさんに誘われ、一緒に件の森へ向かった。

 探索を始めて数時間、湿り気のある気配の中で燦々と茂った森の中にそいつはいた。

 細長い舌に、燻った眼、覗かせた牙。

 毒々しい斑模様の体躯は艶かしくうねっている。

 ヒィと短く息をあげ、じいさんの元へ走る。

 ギョッとした目を向けたじいさんは、すぐに持ち前の生き生きとした顔でカメラを構えた。

 だめだ、逃げてくれ、その時の悲痛な叫びは人生を通しても貴重な経験だ。

 大蛇は蟠を巻き、しなやかにじいさんに飛びかかった。

 シュルシュルと滑らかにじいさんの首を絞め、カメラは手からこぼれ落ちた。

「坊主、シャッターを押せ!」

 

 

 

 結局、近くの大人が騒ぎを聞きつけて助けに来て、じいさんは一命を取り留めた。

 どこにパイプがあったのか、僕の撮った写真は全国に広がり、今まで消極的だった国やテレビ局が駆除に押し寄せてきた。

 何がしたかったのか、と後で問うと、例によって写真に写ってることは全て真実だ、と答えた。

 あのじいさんが今どうしているのか、私には知る由もない。

 ただ、あのじいさんの盗撮を恐れるだけだ。

 

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