第35話 交戦③
「
そう言い、
「いいぜえーっ。喰らえや、
風太と化け物の間に不可視の力が伝播する。斥力、事物を遠ざける強固な否定が、混ざりものの異形を襲った。
「ぶぅおおおおおお!」
化け物は見えない力に抗う間もなく膨れた体を宙に浮かせ、瓦礫を巻き込みながら建物の外へと吐き出された。
それとともに風太も駆け出した。躊躇なく玄関から飛び出し、共用廊下から身を投げ出した。旧市営住宅の4階から落下しつつ、地面に激突する寸前に斥力を働かせた。地球から遠ざかろうと、一瞬風太の身体が宙に浮き、ふわりと地上に降り立った。
危険な真似をするんじゃーない。【
その隣に文音が舞い降りてきた。茄子と長戸、クロまで抱えてきたらしい。
「あんなやつ、どうしたらいいんだろ」
落下の衝撃から立ち直った化け物が、早速剥き出しの敵意を向けてくる。防衛本能が急成長を促すのか、ギチギチと筋繊維を太く強固にしながら、さらにその身体を肥大化させていく。
すでに体長は10メートルを優に超え、太く長い腕は10本に増えた。足は大根のように鈍臭そうなものから蜘蛛の足のごとく俊敏で力強い形状に変わっている。
「ゔぁああああああっ!」
成熟の証か、頭部の巨大な蕾がゆっくりと開いていく。ワニの顎を四方に並べたような醜悪な花弁は、その縁を鋭い牙で飾っている。
その花弁の中央には、素材となった人間か、はたまた取り込まれた祟り神か、人型をした何かの上半身が埋まり、先程からの叫び声を上げている。人間の上半身と多腕多足の化け物が融合したような奇っ怪な姿だった。
敵が勢ぞろいしたと見るや、蜘蛛のような足で地面を穿ちながら猛然と襲ってきた。
「き、きもいっ!」
文音はツインダガーを構えながらも、全身の毛と尻尾を逆立てた。その隣で長戸は冷静にアプリの演算結果を
が、ゆっくりと目を通す暇なんてあるわけないし、そんなもの見なくても先程までとは段違いであることは瞬時にみんな理解した。
振り下ろされる腕々を避けるため、文音は再び茄子と長戸を抱えて飛び退いた。風太も斥力を働かせてその場から離れる。
一瞬前までいた場所が、地面の割れる激しい音とともに土埃で見えなくなった。
「やべえぞ、あれ」
空中に浮きつつ風太は化け物の全容をまじまじと見た。とてもじゃないが、白狩背を襲った人形と同じ理屈のものとは思えない。
「どうすっかなー」
斥力をうまく調節して浮遊する身体を保ち続ける。そうして周りを見下ろし思案していると、化け物から離れるように駆ける黒猫を見つけた。
(あ、クロ)
よかった、無事だった。風太はクロのもとに行こうと、斥力の調整を全て【双石】に託した。まだグリモアを手にして日の浅い風太は、細かな操作を【双石】のアシストつきで行なっているのだった。
【双石】は目標を見定め、風太と地面の間に働く斥力を操った。風太の身体にかかる斥力を段差を設けて弱めていくことでその身体はベクトルを持ち、滑空しながら地上へと向かった。
「クロ、大丈夫か?」
風太は地上に降り立つや、廃墟の陰に隠れているクロに駆け寄った。
「わしは問題ない。それより風太、みなに伝えろ」
「どした?」
「あの人型が化け物の核じゃ。あれをシジル化してしまえば、化け物も弱体化するはずじゃ」
どうやら花弁の中の人型は祟り神らしい。シジル化さえしてしまえば、シジルの表皮が持つ強固な結界に阻まれ、化け物は祟り神からジンを得ることができなくなる。
「化け物は【
「でもよお、あいつ、攻撃すればするほど強くなっちゃうんだぜ」
「だったら再生が及ばないほど、強烈な一撃を見舞ってやればいいんですよ」
突然茄子が会話に割り込んできた。ガスマスクのスピーカーマイクがすでにクロとのやり取りを皆に共有してくれていた。
「強烈な一撃っつったてよー。……げっ、ちょい待ち」
地響きが風太に迫ってきて、廃墟の陰から化け物の頭部がのぞいた。
「やべっ、見つかった」
お互いがお互いを確認した瞬間、化け物の長い腕が風太を襲うが、地面のコンクリートを割るにとどまった。空中に逃げる風太。そのままもう一度距離を取ろうとしたとき、化け物の2撃目が無慈悲にもその身体を吹き飛ばした。
ピンボールのように一直線に空中をすっ飛び、廃墟の冷たい壁に激突する。コンクリートの壁面は衝撃で亀裂が四方八方に走り、すでに砕けていた窓ガラスは一斉にガシャンと地に落ちた。
「し、死んだと思ったぜ」
盤面が壊れるほどの力に襲われたのだ。ピンボールの方も無事ではすまないはずだったが、無論ただのピンボールではない。【双石】が化け物の拳を防ぎつつ、激突の衝撃さえもその黒水の身体で受け流したのだ。
「くそっ。どうしろってんだ」
とはいえ完全に衝撃を逃せたわけではない。風太は軋む身体を引きずって、どうにか立ち上がった。
「無事ですか? 今から文音さんがそっちに向かいます」
遠目で戦況を見守りながら、茄子は作戦を伝えた。
「キミの斥力と文音さんの突破力が作戦の肝です。僕と長戸君で化け物の気を引きますから、頼みますよ」
「わかったから、とっとと来てくれ」
ひとり化け物の標的になっている今、風太は生きた心地がしなかった。抗えない力で押し潰されるプレッシャー。あのときの自分が重なった。
「だーっ! くそ!」
もう克服したはずだった。しかし一種のトラウマとして、彼の意識を捉えて離さない。
(大丈夫だろ、いいかげん。俺ぁ立派な人殺しだ。【
風太はかつて
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