第34話 交戦②

「ぶぃぃいいっ!」


 怒りを露わにして、化け物は蕾の中で雄叫びを上げた。一回り大きくなった腕を振り回して敵を追い払おうとする。


「2人とも離れて」


 茄子なすはキノコへ配っていたジンを断ち、その性質を「創造」から「破壊」へと切り替えた。茄子の意図を察した2人は、片方は風を纏って飛ぶように玄関の外へ、もう片方はテクノロジーの脚力で茄子の後ろに飛び退った。


 茄子はすでに詠唱を終え、攻撃範囲を絞りながら腐肉の獣に命じた。


霧塵紅虜むじんくうりょ


 狭いリビングの一角に小さな暴食者たちが解き放たれた。目に見えない大食漢は次々と化け物の肉にかぶりついていく。


「ぶぅおおおおおっ」


 蕾の奥で叫び声が響いた。至る所の肉がゆっくりとこそげ出し、血のような体液が身体中から滲んでいる。化け物は明らかに嫌がり、6本の腕を振り回した。危険な微生物を遠ざけたいのだろうが、なんの解決にもならない。


(このまま食い尽くせ)


 神性の微生物を化け物に集めるようと、茄子は手掌を握り締めた。化け物の身体が表面から崩れていく。


(……?)


 化け物を貪りながら、茄子は奇妙な感覚に襲われた。食っているのはこちらのはず。そのはずなのに、破壊の微生物がその数を減らしている。


 茄子のジンが途切れたわけでも、自滅を促したわけでもない。それなのに化け物を食い進め、深く触れた微生物が消えていっているのだ。


 すぐさま霧塵紅虜が破られるような減り方ではないし、ダメージは確実に与えているが、激しく胸が騒いだ。


「ぶもぉぉああああっ」


 身体中を襲う痛みが茄子のせいだと気づいたらしい。化け物は体液をまき散らしながらボロボロの腕を伸ばした。


(させるか)


 俺の出番だとでも言うように、茄子の背後から長戸ながとが躍り出た。化け物の前に立ち塞がり、棍棒でその腕を薙いだ。


 化け物は雄叫びを上げつつ、2撃目、3撃目とパンチを繰り出してくるが、長戸は持ち前の生真面目さで攻撃をことごとく弾き返す。黒のガスマスクに黒のアーマー、手に持つ得物まで黒い長戸は、術師を守るために影から現れた漆黒の従者だ。


 このナノンの盾を前に化け物はなす術がない。そのはずだった。


(……ぐっ)


 攻撃を凌ぐにつれて、だんだんとその重さと速さが増しているように感じた。それだけではない。化け物の体は崩れたそばから肉が覆っていき、少しずつその体積までも大きくなっている。


 神性微生物の侵食速度を、化け物の再生速度が上回っているのだ。


(まさか、僕のジンを食っている?)


 微生物を食らい、自分のジンに変換することで再生速度を上げているのかもしれない。そうであればなんとも厄介な相手である。茄子は次なる攻撃に備え、ジンの性質を切り替えた。


「ぐあっ」


 ついに鉄壁のナノンが破られた。腕6本に棍棒1本では分が悪いのは明らかだった。むしろ今まで捌けていた長戸の力を讃えるべきだろう。それに茄子の詠唱は終わっていた。彼は役割をしっかり果たしたのだ。


菌鎖廟きんさびょう


 ありったけのジンを込めて放ったキノコは、化け物を囲うように隙間なくそびえ立った。


 生やしたキノコにジンを注ぎ込み、強度をあげていく。さながらキノコの牢獄だ。


「さて、ここからどうしたもんか」


 このまま室内で戦えば黄昏の2人が目覚めるかもしれない。かと言って外に誘い出して戦うこともリスクが高い。別行動をしている火室ひむろに気づかれる可能性が高いのだ。


(なんじゃこやつは。混ざりものが多すぎる)


 檻の中でもがく化け物をよそに、クロは合祀の繋がりを頼りに化け物の中身を探っていた。どうやらシジルはこいつの体内に取り込まれてしまっているものの、物理的にもジン的にも結びつきはないようだった。


(そうか、こやつは箱じゃ)


 シジルを保管するための器。しかもあまりに趣味の悪い器だ。


(……死人に土塊、あの夜の人形か。そこで眠っておるオナゴの仕業じゃな)


 しかし、目の前の化け物にはそれ以上の核が醜く脈動している。


(こやつ、可愛らしい面をしてとんだゲテモノじゃな)


 クロは化け物の内側を知るにつれ、この醜い人形を作った女に対して嫌悪の情を強くした。


「気をつけろ。その土塊、祟り神を取り込んでおる」


 人から忘れ去られた悲しい神の末路。自我をなくして彷徨うにとどまらず、まさか人間の悪意に取り込まれてグロテスクな化け物の一部にされるとは。


「拒む波濤 空虚に弧をなす 赤橙の道」


 瓦礫から起きた風太ふうたが突然詠唱し始めた。


豊祝とよほぎの環よ 無惨たれ」


「風太君、ちょっと待って」


 茄子は慌てて風太を振り返った。【双石そうこく】が現れ、そのたゆたう黒水の胴で風太を守るように抱いている。


「茄子さん、こいつ外にぶっ飛ばすからよお、一斉にみんなでのしちまおぅぜえ」


 一刻も早く、この哀れな神を解放してやらなければ。


 そう思ったのはなにも風太だけではない。ここにいるのはモノリス職員だ。連綿と紡がれてきた人々の願いを、消えゆく定めの孤独な神を、彼らは余さず救おうと朝に夕に働いている。


「でも風太君、外で戦うのは危険だ。槍使いに気づかれてしまう」

「でっけー建物まるっとキノコまみれにしといてよー、今さら馬鹿みてえなこと言ってんじゃねえ!」


(……あ)風太にがなられ、茄子は一瞬阿呆の顔になった。(それもそうだ)


 茄子はすぐさま思考を修正した。彼の言う通り、今さらこそこそしても意味がない。それならば目の前の神に全力を尽くそうじゃないか、例え降りかかる火の粉が少々激しくても。

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