第33話 交戦①
「大丈夫だってー」
(ただ肝が据わっている、ということならいいんだけど)
茄子はいまだに消えない違和感を抱いたまま立ち上がった。別行動を取っている
ナノアーマーを着込んだ
風太たちは足を忍ばせて玄関前にスタンバイした。朽ちて久しいはずなのに、まだドアがしっかりと据えつけられている。こちらに向かう途中で通り過ぎた部屋部屋の玄関は、どれも破られていたり蝶番が壊れていたりしていた。
(やけに整ってるな)
長戸が不審に思ったそのとき、
ギギィ。
軋んだ音を響かせて玄関の扉が倒れてきた。
長戸は慌てて退き、室内からこちらの姿が見えないようにドアの死角に入り込んだ。床に倒れた扉に目をやる。ズブズブと表面が崩れ落ちていって、他の部屋の扉と同じような朽ちた扉が現れた。
(これは……)
茶色く変色して剥がれ落ちた部分は、死人使いの操る人形の肉片と似ていた。どうやら魔術を使ってドアを補強していたようだ。
「大丈夫ですか」
数歩後ろで控えていた茄子の声が耳元で聞こえた。長戸はドアの消えた玄関そばにしゃがみ、手に持ったスティック状の熱線カメラで中をのぞいた。カメラが捉えた室内が
「問題ないです。ドアが死人使いの魔術で補強されていました。
どうやら胞子はしっかり働いてくれているらしい。長戸の状況判断を聞き、茄子は計画続行をさせた。文音にも5秒後に突入するよう伝える。
(よし、やるぞ)
文音は1階の窓枠に足をかけ、風のドレスを呼び出した。黄昏のいる4階の部屋にはひと駆けだ。
5秒のカウントとともに風を巻き上げ、一気に上階へと駆け上る。
(えいっ)
窓を塞いでいた木板を紙切れのように切り裂いて部屋へ突入した。入った部屋はちょうどリビングだった。ゴミやガラス片で散らかった部屋の小汚いソファに、橘がうなだれている。
対面にいる、同じタイミングで突入した長戸たちも部屋の状況確認をしているようだ。ソファから少し離れたリビングチェアにはパンキッシュな格好をした小柄な女性が気を失っていた。
「拘束しましょう」
茄子の合図で、長戸と文音は2人の手足をナノラバー製の拘束具で縛っていった。黒く太めの輪ゴムのような拘束具は黄昏たちの手首と足首に隙間なく密着し、ギチチッとその硬度を高めた。
茄子はチラと風太を見遣る。無防備な橘を前にして、また暴走しないだろうか。しかし沈黙し続ける橘をひと睨みしただけで、風太は意外なほど大人しかった。
拘束されたあとも2人に動く気配はない。目的のうちの1つはほぼ達成した。
「さあ、次はシジルです」
茄子は後ろに控える風太に小さく合図する。風太の腕の中で気怠そうにしていた黒猫が半目を開いた。
「とうの昔に見つけておるわ」
クロは合祀の綱を手繰り、すでに白狩背の同胞を見つけていたようだ。
(とは言え、特定できたのはつい先刻じゃが)
大まかな場所はわかっていたものの、近づけば近づくほど何かの力で同胞たちの居場所ははぐらかされた。ジンの繋がりは幾筋にもわかれ、まるで蜃気楼で覆い隠されているような気分だった。
風太や茄子にしてもジンの繋がりを見極めることができなかったのだが、突然蜃気楼は消え去りその実態を現したのだ。
(死人使いの仕業じゃろうな)
クロは床に降り立ち、シジルのある方へと皆を案内しようとした。リビングの隣部屋、同胞はすぐそこだった。
(ん、今動いたような)
妙な気配がした。その気配につられ、合祀の綱が揺らめいた。
(なんじゃこれは)
隣部屋から不穏なジンが漏れ出て、リビングを染めかえるように気配は強くなった。
「何かおるぞっ」
クロが叫ぶと同時に、人型の異形がぬらっとリビングに現れた。頭部はチューリップの蕾のようなものに覆われて、4指の腕が6本ぶら下がっている。下半身からは大根のような根を蛸足よろしく幾本も床に下ろして、奇妙な体を怪しく支えている。
合祀の綱は、この化け物に繋がっていた。
「クロ、こりゃーどーなってん――っごぶ」
1番近くにいた風太が長くしなる腕に薙ぎ払われた。狭い部屋の中、古びたテーブルやイスを砕きながら床を転がっていく。
「文音さん、長戸君っ」
茄子が2人に命じると、まず長戸が黒いナノラバー製の棍棒で化け物を襲った。袈裟懸けに殴りつけたが、化け物はアーマーの力をものともせず受け止めた。
その後を補うように文音が躍り出る。狭い室内で動きを制限されながらも長戸と化け物の間をぬって、棍棒で塞がれた腕を切り落とした。
「ぼぼぉお」
化け物は失った腕を庇うように抱えた。
(屋内でだってやれるんだからっ)
勢いのまま化け物の体を切り刻み、滑るように化け物の背後に回った。長戸の動線をあけつつ挟撃するポジションだ。
長戸は再び対面に位置した化け物に向かい、改めて棍棒を振り下ろした。
ぐしゃっ。
蕾の形をした頭部が潰れ、間髪入れずにその首が跳ね跳んだ。背面、文音のツインダガーが殺戮の風を纏っている。
「……やった?」
文音は振動マイクを通してつぶやいた。目の前にはずたずたに切り裂かれた化け物のオブジェが立っている。
「いや、まだじゃっ」
クロは吹き飛ばされた風太のそばに身を寄せながら叫んだ。眉間に激しい皺を寄せ、忌むべきものを睨みつけた。
その視線に応えるようと、化け物の肉がびくびくと蠢動し出す。不吉が体の中から飛び出でようともがいているようで、そのおぞましい様を眼前にした文音は固まった。
失った肉を内から溢れる新たな肉が補っていく。向けられる害意をねじ伏せるためにより強く、より大きく。摘み取られた邪悪な蕾がまたなった。
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