第32話 突入前
幻覚を誘う胞子は風に舞って旧市営住宅中に蔓延し、ニョキニョキとその仲間を増やし続け、ものの5分で7階建150戸の建物をまるっとキノコの菌床に変えてしまった。
即席のキノコ城の1階には、スリムなフルフェイス型のガスマスクをつけたモノリスの面々が控えていた。
「もう充分かな」
茄子は振動型マイクで3人に呼びかけた。
「槍使いが出て行っちゃったのが不安ですね」
「いや、かえって都合がいいかもしれない。リュカオンの中には毒の類に耐性がある者もいる。彼がそうではないとは言い切れない」
むしろ
モノリスたちはダミーでスパイアプリを欺き、逆にクロと【
自分たちが狩られる側に回っているなんて思いもしない
「
「槍使いが戻る前に片付けちゃいましょう。シジルとリーダー格の橘を抑えられたら上出来ですよ」
死人使いの人形が襲ってくる気配もない。おそらく室内の2人はしっかり意識を失ってくれているらしい。
あとはクロを頼りにシジルを見つけ出し、橘たちをお縄にかければ作戦終了だ。彼らは「神性に関わる司法機関」で裁かれることになる。
茄子は風太の肩を軽く叩いた。
「いいですか。この前言った通り、僕の合図なしで魔術は使っちゃダメですからね」
風太にとっては初の任務だ。今のところ平然としているが、気持ちが走りすぎるきらいもある。それにここに至って、風太のことを掴みきれずにいた。
◆◆◆
「殺さねえの?」
今回の作戦を打ち合わせた後、風太の放った一言は茄子たちを驚愕させた。狩りで獣を殺すことはあるだろうが、容易く人に向けてよい意志ではない。
「交戦の中でやむを得ず……という場合があることは否定しません。でも、基本なしです」
茄子は風太の人物をはかりかねた。人を殺すという選択肢をさらっと持ち出すような青年には到底思えなかったし、あの夜、橘を殺そうと振るった力も激情に流されてのものだったはずだ。
(とは言え、彼と過ごした時間はあまりに短い。……尚早だっただろうか)
茄子はモノリスに招いてグリモア化を教えたことを後悔しかけたが、次に見せた風太の表情を見て少なからず安心した。
「……そっか。そんならよかった」
態度は素っ気なかったが、風太の目は潤んで充血していたし、安堵したように少し表情が和らいだ。
(気構えていたのかな)
受け身ではなく、今回はこちらから仕掛ける戦いだ。必要以上に気負っていたのかもしれない。
(でもその選択肢を突きつけられたとき、彼はどうするつもりだったんだろう)
殺したくはないが、必要に迫られたら実行する覚悟がある。殺さねえの、という問いかけはそういうことなのだろうか。茄子の中で小さな違和感がくすぶった。
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