第17話 白狩背、強襲⑦
トカゲ男と
空気中に漂う茄子の
(上手く分断されてしまいましたね)
橘を囲む障壁の中の微生物を操ろうとしたが、水のジンでかき乱されて上手く扱うことができない。文音も茄子も相性の悪い相手をあてがわれてしまっていた。
(しかもまだ死人使いまで健在ときたもんだ)
攻めあぐねている間に破壊したはずの人形たちが再び起き上がり出した。彼らは村民の残した骨の残骸を核として、土塊で体を補った即席ゴーレムだ。核が無事であれば新たな体をこさえて何度でも立ち上がる。
(こうもジンが入り乱れているとダメですね)
橘と戦いながら周辺のジンを探っているのだが、よほど巧妙に隠れているのか死人使いの居場所を特定できないでいた。今も人形の組成でジンを多く消耗しているはずなのに。
いっそ周囲の森ごと獣の息吹で満たしてしまおうか、という考えが刹那的に頭をよぎったが、すぐさま打ち消した。
その土地土地に息づく生活の息吹きに寄り添うため、茄子はモノリスとしてここに立っているのだ。
(まったくやり辛いですねえ)
本来、細菌のような微生物にとって水や土は相性のよい相手だ。微生物の増殖には水分と養分と温度が欠かせない。特に水分の存在は微生物の増殖において最も重要な要素で、その生命活動を担保してくれるし、様々な環境化での移動をスムーズに補助してくれる。
橘はそれを逆手に取って水牢で微生物を閉じ込めてしまっているのだが、茄子の魔術が微生物を操るものだと知る由もない。未知の脅威に対する過剰な防御がたまたま奏効したのだった。
「ほら、黙って渡した方がよかっただろう? 今からでも考え直してみるかい?」
攻めあぐねている茄子の気持ちを見透かすように橘は調子づいた。
「水の中に閉じこもっていないで出てきたらどうですか?」
「はははは。打つ手なしかな? でもあんたのグリモアは未知で危険だ。悪いけどこのまま決めさせてもらうよ。――
水牢から水の刃が無数に現れ、獲物を追い詰めるようにぐるりと茄子を囲んでその切っ先を光らせる。さらにその周りには人形たちが幽鬼のように立ち並び、茄子が肉塊になり果てるのを待っていてた。
「切れ味はぁ、その体で確かめてくれ!」
橘の気炎に応え、空中に浮かぶ刃が一斉に茄子めがけて飛んでいく。全方位から迫りくる水刃は殺傷力を備えた檻のようだ。一度囲われてしまえば逃げることも防ぐこともできず、ただ貫かれるのを待つ定め。並の使い手であれば、だが。
(もう少しジンを温存しておきたかったのですが……)
茄子は微生物に注ぐジンの性質を、「破壊」から「創造」へと切り替えた。
「――
水刃が茄子に届く刹那、その周囲の大地からもの凄い勢いで無数の巨大キノコが生えてきた。
天を衝かんと爆発的な伸長を見せるキノコたちは、水刃を羽虫のごとく弾いて飛沫に変え、人形たちを突き崩し、あまつさえジャイアントキノコの森と呼べるほどの一大コロニーを築いていった。風太にへのこ神を受肉させたときとはわけが違う。
(これ、疲れるんですよねぇ。なんだか見た目が愉快で気に入ってしまっているのがまた厄介)
茄子はじんわり浮かべた額の汗を手で拭った。
茄子のグリモアには「破壊」と「創造」の2つの性質が存在する。ただ呼び出し、微生物の食べるがままに任せる「破壊」はその威力の割にジンの消耗は小さく、コスパの優れた術だ。
一方で微生物に己のジンを食わせて成長や結合を促しながら、ひとつの生命体として発現させる「創造」はジンの消耗が激しい。しかし使い方次第で圧倒的な物量を誇り、局面を打開する強力な一手となるのだ。
(こうなれば出し惜しみはなしです)
3人まとめては無理でも、せめて橘と死人使いを排除したい。まだジンの余力があるうちに道筋を見つけようと、茄子は獣の背に手を置いて小さく囁いた。
「翠の車輪 肉なる鼓 紡げ ありし日の妄念、
「ゔゔゔぃぃぃ……」
獣は荊の冠を闇夜にかざし低く鳴いた。茄子の掌からは思念とジンが獣へ流れ、静かに大地へ注がれる。
そうしている間にもキノコは次々と生まれ出で、肥え太りながらその生存領域を拡張していく。月夜の下に乱立する巨大キノコ群は幻想とある種の滑稽さを振り撒いて、しかし敵に甚大な混乱を押しつけた。
橘の繰り出した水牢は、豊潤な土壌から突き出る肉厚の連続アッパーカットでことごとく霧散し、彼自身を守る水壁も崩壊の危機に瀕している。
「なんだよこのふざけた術はっ」
キノコのタコ殴りを破れかけの水壁でなんとかやり過ごすが、その圧力に耐えきれずどんどん茄子から遠ざけられていく。
こんなはずではなかった。自分とトカゲ男――
「火室ぉー! こっちを手伝え!」
形勢を立て直そうと火室に向かって叫ぶが、火室もキノコの乱に巻き込まれてしまいそれどころではない。
一層火力を増した槍と闘争心に追い詰められていた文音は、キノコが暴れてくれたおかげで火室の猛攻が途切れ、空に逃げることができた。そのままキノコの被害が出ていない手頃な木の上に降り立った。
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