第13話 白狩背、強襲③

 風太ふうたは体にまとわりついて燃える人形を引き剥がし、黒い女性に歩み寄ってその髪に触れる。この青年には女性が誰だかはっきりとわかるらしい。いつも膝の上にいる体温、触れると妙に落ち着くその毛並み、違えるはずがない。


「お前、クロだろ? 感じは全然ちげえけどよ、こりゃクロのジンだ」


 黒の神秘はあの黒猫だった。風太の危機に直面して本来の姿に戻ったのだ。

 風太は驚きはしたが、それよりも心配が先立った。【夢見むけん】の影響はないのだろうか。昼間見せていた気怠そうな様子はどこにもないが、随分多くのジンがこの結界に割かれているように感じる。


「なあお前、もう大丈夫なのか?」

「久方ぶりの姿じゃが心配はいらんよ。今日、皆が祀ってくれたからな。嘘みたいに力が漲っておるわ」


 クロは風太の肩に優しく手を置いた。その言葉の通り、クロの体からは力強いジンが立ち上っていた。


「風太こそ怪我はないかい。どうせならお前に祝詞をあげてもらいたかった。………うん、大丈夫なようじゃな」


 肩から手を離し、ゆっくり笑む。風太の無事を確認して安心したようだ。


「【双石そうこく】たちも異変に気づいたようじゃ。今こちらに向かっておるわ」


 次にクロは室内をぐるりと見回した。「建物の中は安全じゃ。やつらはこの結界に入って来れぬ」不安顔の面々に向かって、よく通る声で励ます。


 窓の外では人形たちが恨めしそうにこちらをのぞいている。何体か集会所に侵入しようとしたのだろう。白い炎に巻かれてそばに転がっていた。


「みんな無事ですか!」


 茄子なすは獣を従えたまま、大声で皆の安否を確認する。あちこちで燃える人形のそばで、職員たちはどうにか全員無事のようだった。


「もうだめかと思った」文音あやねが半べそで床にぺたんと座り、「立てるか?」手を差し出す長戸ながとに首を振っている。皆の様子を確認して、茄子は少しだけ表情を緩めた。しかしまだ終わったわけではない。


「今のうちに聞かせておくれ。一体これは何の騒ぎなんじゃ」


 茄子はクロの視線を真正面から受け、頷いた。風太にはいらぬ刺激を与えることになるから伏せていたが、この段に至っては逆に隠す方が危険だ。


黄昏たそがれという組織、知っていますか」

 風太はなんだそれ、という態度だが、クロはその名を聞いて表情を険しくした。


「わしら、神と呼ばれるものを狩っている輩じゃな。あやつらがそうじゃと」

「ええ。白狩背しらかせは、以前から彼らの監視下にあった可能性が高いです」


 クロは風太をチラと見た。この神にはどうやら心当たりがあるらしい。

橘広斗たちばなひろと、この里の診療医だった男ですね。彼は黄昏のメンバーです」


 今度は風太が表情を険しくする番だ。


「……ん? あいつがなんだってぇ」


 それもクロの比ではない。白狩背が消滅する危機に瀕することとなった元凶の名だ。


「おいおい、あいつがここに来てんのかー? 白狩背をむちゃくちゃにしたくせによー! これ以上俺たちをどうしようってんだ、なーおい!」


 自分の主治医であり、頼れる兄でもあった。だからなおさらセンセーの裏切りは許せなかった。いまだにその理由さえわからない。風太の中で、怒りはずっと燻り続けている。


「風太、こらえろ。今は知らなきゃならん」


 そう諭されたくらいで落ち着けるはずもない。しかし橘に対する怒りと同等に、「なぜ」という疑問も抱えてきた。なぜ俺は1人で暮らしているのか、なぜギンの首は落ちてしまったのか、なぜセンセーは里を捨てたのか。風太はずっと知りたかった。ずっとずっと知りたかった。


 うううう。獣のように低く唸りつつも、その知りたいという思いが風太をブチ切れる寸前で踏とどまらせた。


「茄子といったな。黄昏の目的はなんじゃ」


 そんな風太の様子を一瞥し、クロは先を促した。クロとて風太の気持ちは痛いほどわかるのだが、悠長に寄り添ってやる余裕が今はない。


「組織の拡張と戦力の増強でしょう。6年前、橘は白狩背に住むヒュームたちを大勢連れて行きましたね。それに部下が風太君から聞いたことですが、ギンという神も連れ去ったとか」


「そうじゃが、お前の言う通り6年前の話じゃ。それが今さらなぜ再び白狩背を襲う?」


 茄子は鼻尖を小さく摘んで顔を伏せた。話すべきか、話さざるべきか。これから起こるであろうシナリオを思い描きながら、しばし黙考した。が、茄子は結局、自分の直感に委ねることに決めた。迷ったときの茄子の流儀だ。そうした方が、仮に思うような結果にならなくても後悔は少ない。顔を上げ、クロと風太を交互に見遣った。


「これは僕の憶測ですがね。狙いはクロさんと風太君なんじゃないかと思っています」


「俺とクロを狙ってるぅ? っざけてんのかあいつ!」


 風太は弾かれたように茄子に食って掛かった。


「そりゃどういうこった。俺まで連れ去って白狩背を無人にでもしてえのか。あいつは何考えてんだよ!」


「風太、茄子も憶測だと言っておるではないか」


 さあ、とクロに促されて茄子は自分の推論を再開した。


「6年前には黄昏のアンテナに引っ掛からなかった、ということかもしれません。単に見落としていたんですよ、クロさんと風太君を」

「見落としていた?」

「ええ。連れ去られたギンという神は、力の強い神だったのでしょう。でも僕の見立てでは、クロさんの方が力も格も上だ。どうでしょうか」

「……まあ、そうじゃな」

「合祀し多くの神の楔となったクロさんは、力の多くを神々の維持に費やしている。橘はその構図に気づかず、クロさんの本来の力を見誤ったんでしょう。ギンを得るべき戦力と見定めた」

「ずいぶん間抜けな話じゃな。仮にそうじゃとしても、風太まで連れ去る必要がどこにある」

「……多分、風太君はブックマンになり得る」

「ブックマン?」


 ブックマンとは神をグリモア化する力を持った者の呼称だ。茄子は白狩背のアーカイブ化を受けてから、ずっとそばで風太を見ていた。ブックマンに必要とされる資質は2つ、ジンの読解に長けていること、神の物語性に身を委ねられること。茄子の見立てでは、風太にはどちらも充分に備わっている。かく言う茄子自身もブックマンだった。


「……ブックマン。神を狩り、グリモアにするために必要な人材ということか」

「そうです。ブックマンは希少ですから」


 茄子は自分と同程度にジンを見ることができ、かつ集落の祭ごとを一手に引き受け、神に寄り添い生活する風太に、ブックマンの可能性を見出したのだった。おそらく6年前にはまだ、その資質を十分に示してはいなかったのかもしれない。

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