第8話 白狩背のオカン
10数人でわいわい枕投げができそうなほど広い畳敷きの客間、分厚い天然木の天板で作られた和風の座卓を挟んで
疑いようもない立派な和室なのだが、その座卓には火を吹く拳大の石が座し、縁側の向こう側、雑木が賑やかな庭には三つ目の大猪や白蛇、狐なんかが室内に睨みを効かせていて、異様この上ない。
文音たちの対面には座高だけで大人の身長を超す大入道に、顔を白や赤の線で縁取られた筋骨隆々の黒鬼、その真ん中には、頭の毛から爪の先まで白い男が物怪の頭領のように仰々しく胡座をかいている。
威圧感で外のけたたましい蝉の声が遠のく。
「お主ら、何をしに来た?」
【
「だからよぉ【双石】。何しに来た、じゃねえんだわ。俺が呼んだっつってんだろ。お前らこそなんでここにいんだよ」
「そんな邪険にせずともよかろう。拙僧はお前を思って――」
「俺を思ってるやつがよぉ、羽交い締めになんかしてんじゃねえっつの。そのハゲ頭かち割られてえのか」
「おお、怖い怖い。拙僧の脛の高さを超えるまではあんなに無垢で可愛かったというのに」
【双石】は額に手をやり、悲しげに首を振った、その仕草がいかにもわざとらしく、風太の心を逆撫でる。
「風太ごめんて。でもさ、外からくる人間にろくなやつはいないじゃん」
【
「もう忘れたのか? 外から来た者たちはみな橘に唆されて出て行った」
【磐戸】のバトンを【双石】が引き継ぐ。
かつてこの村でセンセーと呼ばれていた男がいた。村の診療所に派遣されて来た内科医で、白狩背という人里離れたヒュームのコミュニティにおいて、何かあったときにいつでも健康面の相談をできる医者という職種のありがたさといったらない。この地にセンセーを信頼しない者はいなかった。
「はーあ、忘れたね。つかよぉ、それとこれとは全っ然話がちげえから」
「違うものか。見よ、【
座卓には燃える石、【
「
「るっせーなー。今はお前と話すターンじゃねーっての」
「ではいつそのターンとやらが回ってくるんだろうね。いや、回ってきたとしてもお前は『るせー』だと『黙れ』だの言って拙僧の話なんて聞きやしないんだ。ほんの少し前まではソーコクソーコクとよく懐いてくれていたのに。この肩の高さを忘れたとは言わせないよ。朝から晩まで飽きもせず肩車をせがまれて――」
文音は風太と【双石】の口喧嘩を聞きながら、こっそりデバイスで「橘」という名と黄昏メンバーを照合する。1秒と待たずに結果が出て
(……1人だけヒットした。
視線誘導でモノリス・ライブラリのクリップボードに情報を飛ばす。おそらく長戸のトロメア上では、クリップボードに新着情報があることを知らせるアイコンが立っているはずだ。あとはこの真面目な堅物が、クライアントの眼前でクリップを見るかどうかが問題だった。
「だーっ! まじうっせーっ! つーか今すぐこいつら連れて出て行け! じゃねーとまじでそのつるっぱげた頭かち割ってストローで脳みそチューチューすんぞ!」
文音が隠れて作業をしている間も、どうやらまだねちねちと【双石】から嫌味を言われていたらしい。白い悪魔の形相で風太が凄むんでようやく、小うるさい母親もとい【双石】はやれやれといった様子で【磐戸】や他の神たちを引き連れ縁側の掃き出し窓から出ていった。
その神の御一行とすれ違いざまにひょいっと縁側の掃き出し窓から黒猫が入って来る。黒猫はそのまま気安い様子で風太の膝の上に丸くなった。
「……ふぅ。悪いな、長戸さん」風太は少し疲れた様子で長戸たちに向き直ると、ごく自然に黒猫の背を撫で出した。不思議なことに、猫を撫でる毎に風太の殺気立った雰囲気は穏やかになっていった。
(……猫好きに悪い人はいない)文音はその様子を注意深く観察しながら、持論を再確認した。(乱暴な物言いだし表情の険もすごいけど、案外端正な顔してるかも)
猫の毛の感触で冷静さを取り戻すように、風太はゆっくり優しくその背を撫で続ける。はぁ、とため息をひとつ吐き、唐突に切り出した。「なあ。どんな感じだった? 【夢見】殺したとき」
モノリスの2人はその一言に戦慄してひれ伏した。
「す、すみません! 決して害しようとしたわけではなくっ……!」
「あー。ちげえんだ。別に責めてるわけじゃなくてよぉ」
風太は面倒くさそうに手を振った。しまったなと気まずそうに顔を歪ませる風太、嫌味で言っているわけではなさそうだ。
「あの、言い訳がましいかもしれませんが、死んでいるわけではないんです」
「んん? 生きてんの?」
平身低頭の長戸の言葉に風太が身を乗り出して食いついた。
「つーことは元の姿に戻れるんか? どうなんだよ」
【夢見】が元の姿に戻れるのであれば、失った他の神だってそうなのではないか。大人や【双石】たちに聞いてみても気まずそうに口ごもるだけだったが、きっとこの生真面目そうな男であれば答えを持っている、そんな気がした。
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