第7話 風太現る
「どうしましょう……やりすぎたあぁぁ……」アイドリングする車の助手席で
うなだれ嘆く後輩をよそに、
次にデバイスで電話をかける。
「
電話を切ってため息を吐く。
「……どう説明したものかな」
文音が予想以上の攻撃力を披露したおかげで、クライアントゆかりの神性トークンをシジル化してしまった。とは言え、あのまま何もしなければ長戸たちが危なかったことも事実だ。
「……なかったことには――」
「できんな」
文音の耳がしなだれる。
「とにかく行こう」車のギアをドライブに移す。「いつまでもここにはいられない」重い足を叱咤して、アクセルを踏んだ。
「……なるようになる、さ」
後輩を励まそうと口にした言葉は、走行音で掻き消えるくらいか細かった。
◆
ピンポーン。
古式ゆかしい呼び鈴の音を聞きながら、文音は忙しなく周囲に視線を走らせていた。
(きゃーなにこの外壁! これ、土壁だよね? いいー、渋すぎるー! 資料でしか見たことない。あぁ、あそこに見えるのは伝説に聞く縁側ってやつ? 一体あれはどういうコンセプトのものなのかしら? 部屋と外を隔てるようにぐるっと廊下を作ってる。そんな空間の無駄遣いが許されるなんて! はあ、痺れるわ。木の質感が気持ちよさそう。あんなところで日向ぼっこしたらもう死んじゃうかもー!)
車中で深刻に凹んでいたはずの彼女はすでにいない。この時代、現存する日本家屋は国の指定文化財に登録されるほど貴重で、そんなものに住んでいる人間なんてなかなかお目にかかれない。遺跡マニアでもある彼女にとって先程の戦闘を忘れて浮かれるには十分すぎる材料なのだ。
私欲を満たすように家をねめ回しつつ
「おかしいな」
家の中では何やらドタバタと物音がするが、出てくる気配はない。もう一度、と呼び鈴を押そうとしたとき、
「ムケン」「ムケンが」「暴かれた」「あぁ、ムケン」「気狂いムケン」「
2人の頭上に、急にいくつもの声が木霊のように反響しながら降ってきた。長戸はそこかしこから荒ぶる
「もし、そこな2人」
明瞭な男性の声とともに、2人の背後にくっきりと黒い気配が立ち上がった。周りに溢れる不穏なジンの中で異様に静かなジンだった。しかしここに満ちるジンのどれよりも獰猛な怒気をその陰に感じ、振り向こうとするが体が動かない。
「手に持っておるのは【
長戸の手から刀が滑り落ちて宙を滑空し、背後の何者かの手中に収まった。
「かような姿になりおって。
袈裟をかけた坊主姿のそれは、刀を鞘から抜き払い、毒々しい切っ先を長戸に向けた。
「何をしに来た?」
坊主に問われ、長戸は初めて舌が自由なことに気がついた。
「あなたたちを、後世まで残すために……」
「これがそうだと?」
首のすぐ横を、背後から肩越しに刃が抜き出る。不気味な刃がゆっくりと長戸の首を向いた。
「あなたたちの仲間をこのようにしてしまったことは申し訳なかった。だが、あのままではこちらが――」
「お主らの手前勝手な理屈はもうたくさんだ。のう、人間よ。お主らは勝手に願って拙僧らを生み、いらなくなれば平然と忘れ去ってしまうではないか」
いつの間にか、体長2メートルはある白蛇や燃え盛る石、三つ目の猪といった異形の神々が2人を取り囲んでいた。
長戸は戦慄した。もしかするとこの
「いい加減にしろっつーの!」「んぎゃふーっ!」ドンガラガッシャーン!
長戸の予感と疑惑を木っ端のごとく吹き飛ばすように、突然玄関の引き戸を叩き割りながら葉山邸から何かが投げ出された。
長戸と文音は不意のことで、阿呆のように見守ることしかできない。漆黒の肌に一本角を生やした、いわゆるおとぎ話に出てくる黒鬼が玄関先に転がっている。
「てめえこら【
黒鬼を追うように飛び出てきたのは爆発頭の目つきの悪い青年だ。その髪も肌も雪のように真っ白く、一瞬、真夏の強い日差しの中で消えてしまいそうな美しさを放った。
「こ、こら【
双石と呼ばれた坊主姿の神は急におろおろと態度を変えた。
「ハゲてめえ! やっぱお前の仕業か!」
でもやはりそんな美しさは幻想で、目を吊り上げて怒りを撒き散らすこの男は、トロメアのクリップで見た通りの葉山風太なのであった。
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