第57話 書籍7巻発売記念SS 『旅行の話をするセナイとアイハンと……』


 ディアス達が隣領旅行から帰ってきて……数日後のある日のこと。


 穏やかな日差しの下、広場に大きな敷物を敷いて、その上に皆で座って……そうしてマヤを始めとした老婆達と何人かの犬人族達は、車座になって……その中央に立って元気に笑みを浮かべて、身振り手振りで旅行中の話を懸命に語る、セナイとアイハンの話に耳を傾けていた。


 あの山がすごかった、川の流れが激しかった、街が凄く広かった、人がとても多かった、ご飯が美味しかった。


 マヤ達にとっても犬人族達にとっても、隣領はかつて暮らしていた場所であり、イルク村よりも長い時間を過ごしてきた場所であり……そうした話を聞かずとも、どんな場所であるかは十分過ぎる程に知っているのだが、それでもセナイとアイハンの話に夢中になり、逐一感心し、


「そうかいそうかい、それは凄いねぇ」

「楽しんできたんだねぇ」

「私も行ってみたかったねぇ」


「僕達も一緒に行きたかったです!」

「今度皆でいきましょう!」

「美味しいご飯食べたいです!」


 なんて声を上げて、セナイ達の話を一段と盛り上げていく。


 その言葉は嘘とかではなく、それぞれの本心から出た言葉で……一同は結局、セナイとアイハンが元気で楽しそうならばそれで良く、一生懸命に話をしてくれている様子が、嬉しくて楽しくて……話の内容自体はそこまで気にしていなかったのだ。


 仮にセナイとアイハンが聞き取ることのできない、他の国の言葉で話していたとしても、老婆達も犬人族達も全く問題なく笑みを浮かべていたはずで……良かった良かったと二人に相槌を打っていたに違いない。


「それでね、それでね、お屋敷がすごくってね、広くてね!」

「おおきくて、いっぱいかざりがあってきれいだった!」


「あとあと動物がいっぱいいて、皆元気だった!」

「おねだんも、たかかった!」


 そんな二人の話は、興奮した二人が思いついたままに、時系列も何もなく語るものだから、時たま首を傾げてしまうような内容になることもあったのだが、老婆達も犬人族達も、うんうんと笑みを浮かべたまま頷き続ける。


「それでね、アルナーが踊り子の服着た!」

「おどりこのふくで、ディアスと、おどった!」


 そんな話の中で、突然そんな話が出てきても一同はこれまでと同様にうんうんと頷いていたのだが……何人かがその内容のとんでもなさに気付いて真顔になり、硬直し、その話を詳しく聞かせて欲しいと、そんな表情をし始める……のだが、セナイとアイハンはそれに気付かず、


「それとコルムがねー、乗馬が上手でねー」

「スーリオも、つよかった!」


 と、話をあらぬ方向へと進めてしまう。


 それを受けて一同は色々と声を上げたくなってしまったのだが……そんなことをしてセナイとアイハンの折角の満面の笑みを邪魔する訳にもいかないと、どうにかこうにか口を噤む。


 噤んで声を飲み込んで……そうしながら後で詳しい所を、アルナーかディアスか、それか旅行に同行したフランシスとフランソワに聞いてみるかと、そんなことを考えた一同は……変わらずセナイとアイハンの話に相槌を打ちながら、その目をらんらんと輝かせるのだった。

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