第41話 書籍5巻発売記念SS その2『犬人族と楽器』


 ――――イルク村の広場で ディアス



 数日降り続いた雪が止み、雲ひとつない青空が広がったある日のこと。


 広場で久々の青空を堪能していると、難しい顔をしたナルバントが私に用でもあるのか、のっしのっしと雪を踏みながらやってくる。


「坊、相談があるんじゃが……こやつらが楽器を作って欲しいそうなんじゃが、作ってやっても構わんかのう?」


 と、そう言ってナルバントはその手を自らの背後の方へと向けて……ナルバントの背後に隠れていた何人かの犬人族達が恐る恐るといった様子でこちらを覗き込んでくる。


「別に構わないぞ? というかそのくらいのことならわざわざ許可なんか取らずに、勝手に作ってくれても問題ないと思うんだが……」


 私がそう返すとナルバントは、微笑みながらこくりと頷いてから言葉を返してくる。


「そうは言ってもな、相応の資材を使うことになるじゃろうし、騒音とかの問題もあるじゃろうし、坊の許可を取る必要はあるじゃろう?」


「ああ、なるほどな。資材の方は少しくらいなら問題ないし、騒音の方も夜とかは気を付けてもらうことになるだろうが……犬人族は皆真面目だからな、そこら辺の心配は必要ないだろう。

 ……ところで犬人族達はどうして楽器を作ってもらおうと考えたんだ?」


 ナルバントにそう返してからしゃがみ込み、ナルバントの側の犬人族達に語りかけると……犬人族達は堰を切ったように理由を口にし始める。


 曰く、冬はユルトの中に籠もりがちで暇だから、たまに聞こえてくるアルナーが演奏する琴の音が素敵だったから、歌が好きだから。


 それらの理由一つ一つに対し頷いて「なるほど」と言葉を返して、そういう理由なら全く問題無さそうだなと納得していると……微笑んでいたはずのナルバントが難しい顔をまたもし始めて、その理由をこちらに投げかけてくる。


「許可が出た、となれば後は作るだけなんじゃが……坊、ここで一つ問題がある。

 犬人族には果たしてどんな楽器を作ってやれば良いんじゃろうな?」


「ん……? ああ、そうか、手の形の問題か。

 アルナーが普段使っているメーアの頭を模した琴や、リュートなんかはどうしても長い指が必要になるからなぁ……そうするとやはり太鼓か?

 ただ叩くだけなら犬人族にも出来るだろうし、音の違う太鼓を並べてやるとか……。

 んー。後はそうだな、笛は難しそうだから……やはりここは弦を使った琴が良いかもな」


 しゃがみ込んだまま、犬人族の手をじっと見つめたまま私がそう言うと、ナルバントは何を言っているんだと、今しがた指が長くなければ琴は無理だと自分で言っただろうと、そんな目をこちらに向けてくる。


「ああ、言われなくても分かっているさ。

 確かに従来の形の琴は無理だろうが……手に持ったり肩に掛けたりして演奏するのではなく、地面にこう、箱のような琴を置いてだな、それに何本か、音の違う弦を張って、それをこう、犬人族の爪で弾く、とかならいけるのではないか?」


 と、私が身振り手振りを交えながら説明すると……ナルバントはハッとした表情となって頷く。


「確かにそれであれば作るのも演奏するのも楽で良いのう。

 その分複雑な演奏は出来なくなるじゃろうが、大事なのは犬人族達が楽しめるかどうかじゃからのう、木箱に音の数だけ弦を張って、それを爪で弾く……うむ。悪くない楽器が出来そうじゃのう」


 頷いた後にナルバントがそう言うと……犬人族達もそれならば自分達でも楽しめそうだと笑顔になって、尻尾をぶんぶんと振り回し始める。


 その笑顔を見て私も笑顔になっていると、ナルバントもまた大きな笑顔を浮かべて……「早速作るか」と、そう言って犬人族達と共に工房の方へと足を進めていく。


 それからナルバントによる新しい……というか、今までの琴を簡単な仕組みにしたとも言える琴作りが始まり……数日後。



 ついに新しい琴……犬人琴と名付けられた琴と、犬人太鼓と名付けられた太鼓が出来上がり……集会所へとそれらが運ばれて、犬人族が大集合しての演奏会が始まった。


 トタタタタタンと太鼓が叩かれ、ベベベベベンと琴の弦が弾かれ、演奏をしている犬人族達の顔はとても嬉しそうで幸せそうで……その光景を眺めて「良かった良かった」と私が頷いていると、何故か難しい顔をしたナルバントが私の側へとやってくる。


「むう、やはり音が今ひとつじゃのう、初めて作ったものだから仕方ないとはいえ、改良の余地ありじゃのう」


 それらの音に納得がいかないのか、難しい顔のままそんなことを言うナルバント。


 楽器職人ではないのだし、多少音が悪い程度のことは仕方のないことで、ナルバント自身犬人族達が楽しめればそれで良いと言っていたと思うのだが……それでもやはり職人として満足出来ないらしく、ナルバントは難しい顔をし続ける。


「なら、良い音が出るまで、満足出来るものが完成するまで作り続けたら良いだろう?

 何しろ犬人族は100人以上いるのだからな……楽器が何個あっても足りないくらいだ」


 そんなナルバントに私がそう言うと、ナルバントは「なるほど!」と声を上げて……早速作るつもりなのか、工房の方へと向かって駆け出してしまう。


 そうして犬人琴と犬人太鼓は改良と量産が何度も何度も繰り返されることになり……イルク村の冬は一段と賑やかになっていくのだった。

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