第40話 書籍5巻発売記念SSその1 『ナルバントとエゼルバルド』
――――イルク村の南の工房で ナルバント
いくつかのユルトを建ててもらい、そこを住居とし倉庫とし作業場とし、更にいくつかの窯の並ぶ工房側の広場で、洞人のナルバントが大きな箱を……荷車のようであり、ただの箱のようでもあり、何らかの兵器にも見える物を作っていると、そこにメーアのエゼルバルドが単身でのっしのっしと大股で歩いてくる。
「……おう、なんじゃなんじゃ、こんな所にやってきても食いもんは無いぞ?」
その姿を見るなりナルバントがそう声をかけると、エゼルバルドはふふんと鼻息を鳴らしてから、
「メァメァメァー、メァン」
と、声を返す。
「……何やら面白そうな気配がここから漂ってきたからやってきた……と?
なるほどのう……まぁ、見学というのであれば好きにしてくれて構わんぞ、今は手を離せんから茶も出せんし、世話もしてやれんがのう」
そう言ってナルバントは、作業を再開させて……木の板に何らかの薬液を塗り、そこにもう一枚の木の板を貼り付ける。
「メァーン?」
「これは何をしておるかじゃと? ……まぁ、そうじゃのう、分かりやすく言えば木の板をより強固なものに加工している、と言ったところかのう。
こうやって薬液を塗った上で貼り付けてしっかりと固定してやると、同じ厚さの木の板よりも、何倍もの強度を持ってくれるんじゃ」
「メァー……メァ」
「それでも所詮木の板は木の板じゃと? むっはっは、中々言いおるのう。
……それなら一つ試してみてはどうかのう? その立派な角でこの板を突いてみれば良い」
と、そう言ってナルバントは、出来上がったばかりの木の板をざすりと地面に立てて、その上部を手で持ち固定することで一枚の壁を作り出す。
(……それなりに鍛えている人間が殴っても蹴っても割れん程度の強度はあるからのう。
草食で大人しいメーアでは割ることはできんだろうのう)
ナルバントはそんなことを思いながら半目での視線をエゼルバルドに向けて……それを受けてエゼルバルドは、頭を下げてその角を構えて……そうしてキラリと角を輝かせる。
その瞬間ナルバントはエゼルバルドがニヤリと笑うのを確かに目にした。
ニヤリと笑いその脚で大地を強く蹴り……凄まじい勢いで木の板に向かって突っ込んでくる。
「な、何じゃと!?」
それを受けてナルバントは思わずそんな声を上げてしまう。
メーアは家畜のようにしてこの村で暮らしているが、野生という厳しい環境の中でもしっかりと群れを作り、生きていける生き物だ。
肉食動物がやってきたなら逃げることもあるし……家族を守るために戦うこともある。
その為には確かな脚力が必要で……武器である角にも当然それ相応の強度が求められる。
そしてそれらが合わさった頭突きは、一度命中したなら狼をふっ飛ばし、黒ギーを怯ませ、ある程度のモンスターを相手に勝てなくもないもので……ズバン! と凄まじい音を立てながら、ナルバントが手にしていた木の板を見事なまでに真っ二つに割ってしまう。
「……お、驚いた、まさかここまでの威力があるとは……。
む、むうう……これは確かめもせず相手を侮ったオラの不覚じゃのう」
ナルバントがそう言って敗北を認めると……下げていた顔を上げ得意げな表情を浮かべたエゼルバルドが「ふふん」と荒く鼻息を吐き出す。
その姿は雄々しく、その角は太陽の光を受けてキラリと輝いていて……その姿を見たナルバントは、あることを決心して力強く頷く。
そうしてすぐさまに懐から一枚の紙を取り出し、ユルトの側に置いてある、作業机の上に置いてその紙に何かの図面を書き始める。
「メァー? メァメァ?」
その側に駆け寄り、顔をくいと上げながらそんな声を上げるエゼルバルド。
角度的に何の図面を書いているのか見る事ができず、一体何をしているんだと、そう問いかけるが……ナルバントは「待っておれ」としか言わず、ただただ図面にのみ意識を向け続ける。
それから少しの時が過ぎて、その図面を書き上げたナルバントは、バッと手に取り、しゃがみ込み……それをエゼルバルドが見やすい位置で、見やすい形で広げる
。
「メァー! メァメァー!」
それを見るなりエゼルバルドが上げたのは歓喜の声だった。
その図面はナルバントが作っていたそれに……メーアワゴンに貼り付ける部品の図面で、雄々しく愛らしく、素敵なメーアの笑顔を模した姿をしていて……ナルバントなりの敬意と、称賛が込められているのは説明されなくても明らかだった。
「むっはっは! その角でやられたなら城門でも城壁であっても砕け散るに違いないからのう、あやからせてもらったわい!
この笑顔にきつい一撃を食らった相手は、きっとメーアを恐れ、敬意を懐き……平服するに違いない!」
そんなナルバントの言葉にも確かな敬意が込められていて……それを受けてエゼルバルドは、鼻息を「ふんすふんす」と鳴らし……くいと顎を上げ、なんとも得意げな顔を浮かべるのだった。
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