第14話 書籍発売SS『エイマの授業』


 ――――ある日の昼下がりの集会所



 大耳跳び鼠人族のエイマ・ジェリーボア。


 本が大好きで、学問が大好きで、村の中でも一二を争う博識家のエイマは、その知識を活かして村の子供達……セナイとアイハンと犬人族の子供達の教育係となっている。


 エイマの授業は大人達が家事や仕事で忙しくしている昼から夕方までの時間帯に、集会所で開かれていて……読み書き、算術、自然学といった学問を学ぶことが出来るそうだ。


 その授業はとても分かりやすいと子供達に好評で……子供達は毎日の授業をとても楽しみにしている。


 そのあまりの好評っぷりから、一体どんな授業をしているのかと気になった私は、エイマに授業を見学させて欲しいと申し出て……そうして私は今、集会所の隅に立ちながら、これから始まろうとしているエイマの授業を見学している。


 エイマを中心に円を描いて座る子供達が、今日はどんなことを教えてくれるのだろうかと、真っ直ぐなキラキラとした瞳をエイマに向けていて……そんな視線を一身に受け止めながらエイマは「今日は自然学のお勉強ですよ」との前置きをしてから、柔らかな口調で語り始める。


「朝が来て、夜が来て、季節が巡るのはボク達が暮らす大地が動いているからだ、と言われています。大地が動いて太陽から隠れるから夜が来て、隠れるのを止めるから朝が来る……という訳ですね。

 朝と夜が毎日やって来ることから分かるように、大地は毎日休むことなく動いていて……毎日毎日、あるいは毎年毎年、大地が決められた動きをしていることから、二つの大きな歯車がこの大地を動かしているのだと考えられています」


 そう言ってエイマは、セナイとアイハンの手を借りながら自分の体よりも大きな紙を床に拡げる。


 そうして長い尻尾をくねらせて、その先端を近くに置いてあったインク壺に浸し……その尻尾ペンでもって、その紙に歯車と大地の絵を書き込んでいく。


「この大きな歯車が一年の歯車です、この歯車は楕円の歪んだ形に作られていて……その歯車がこんな風に回ることで大地は太陽から近付いたり離れたりを繰り返しています」


 と、エイマがそう説明すると……その絵を見て閃いたらしい子供達が口々に夏だ! 冬だ! と、声を上げ始める。


「その通り、正解です! 大地が太陽に近付いたら夏に、太陽から離れたら冬になるんです。

 前に教えた通り太陽はとても温かいお星様ですからね。

 そしてこっちの小さな歯車が一日の歯車です。この小さな歯車はくるくると大地を回していて……こうやって大地の裏側を太陽の方を向くと、大地の表側が太陽から隠れてしまい……太陽の光が届かなくなった結果、夜になるのですね」


 紙にどんどん絵を描き足していって……時にはその紙自体を回転させながら説明するエイマ。

 そんなエイマの説明に子供達は目を輝かせながら何度も頷いて……そういうことだったのかと感嘆の声を漏らす。


「この考えは歯車学と呼ばれていて……水車や風車に使われている歯車は、この大地を動かす歯車を参考にして作られたと言われています。

 大地の歯車を誰が作って、誰が動かしているか、ですか? それは当然神様ですよ。

 神様は、皆が静かな夜の中で眠れるようにと大地を回す歯車を創ってくれて……様々な生命が産まれてくるよう、皆が四季を楽しめるようにと、歪んだ歯車を創ってくれたのです。

 ……そうして神様はボク達の為に毎日毎日歯車を回してくれている、という訳です」


 そう言ったエイマは一旦言葉を切り……子供達のことを見回して一人一人の目をじっと見つめて、そして深刻そうな表情を作り出してから……言葉を続ける。


「……ですが、もしも神様が働くのを止めて、冬の位置で歯車を止めてしまったら? 夜の位置で歯車を止めてしまったら?

 ……そうなったら世界が壊れてしまいます。冬が終わらず、夜が終わらず、皆は凍える毎日を過ごすことになるでしょう……。

 神様は皆がそうならないように、凍えてしまわないように毎日毎日働いてくれているのです。

 そしてこれは皆さんのお父さんお母さんのお仕事にも言えることなのですよ。

 大人の人達がちゃんと働いてくれているからこそ、皆さんの世界は毎日毎日動き続けているのです。

 畑の作物が成長するのも、獣のお肉が食べられるのも、神様と大人達の仕事のおかげなのです。

 ですから皆さんも、大人になったらちゃんと仕事をしないといけません。そうすることが皆の為、世界の為、そして自分の為になるのです。

 ……皆さん、分かりましたか?」


 そんな言葉でエイマが締めくくると、子供達は目を輝かせながら「はーい!」と元気に返事をする。


 分かりやすく、タメになるだけでなく、とても大事な教訓まで伝えてくれるエイマの授業。


 そんなエイマの授業を見学した私は……ただただ感心させられてしまい、また見学したいなと、子供達に混じって授業を受けたいなと、そんなことを思わず呟いてしまうのだった。

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