第13話 書籍宣伝SS『エイマのレポート』
エイマ・ジェリーボア。
広場に置かれた木箱の上で懸命に激しく尻尾を動かす彼女は、そうやってこれまでの調査で得た情報をレポートという形で仕上げようとしていた。
尻尾をくねらせ、その先端をインク壺に浸し、インクをたっぷりと吸った尻尾の先端を振るって、ディアスから融通して貰った彼女を包み込まん程の大きさの何枚もの紙へと文字を書き込んでいく。
この地の領主であるディアスのこれまでと、これからを一冊の『草原開拓記』という名の本にしてはどうかということに思い至り……これまでにディアスが何をしてきたのか、ディアスの周囲で何が起こっていたのかなどの調査をエイマが始めたのが数日前のこと。
当人であるディアスも、ディアスの周囲の人々もエイマの調査にはとても協力的で、たった数日の調査で凄まじい程の量の情報が手に入り……それらの情報のおかげで一体どれだけの枚数のレポートが出来上がることになるのだろうか。
本が好きで好きでたまらない彼女は、自らが本を作る側に立ったという喜びと興奮と、これらの情報を書き記し後世に残さねばという使命感に突き動かされながら、尻尾の動きを加速させていく。
そうして何枚ものレポートを書き上げたエイマは、ディアスと調査に協力してくれた人々へと向けた簡易レポートの作成に着手し始める。
これまでエイマが書いてきたレポートは自分の為の、草原開拓記の為の情報レポートだ。
集めた情報を忘れてしまわないようにと、情報をただ淡々と箇条書きにしたもので……自分で読むなら兎も角、他人に見せるには適していない。
かといっていつ完成するかも分からない草原開拓記の完成まで、協力してくれた人々に何も見せないというのも申し訳ないので……簡単に分かりやすく読みやすくまとめた簡易レポートを作ろうと考えたのだ。
細かいゴチャゴチャとした情報は書かずに、分かりやすく要点だけをまとめて、これまでに何があったのかを、イルク村にどんな施設が出来たのかを書き記していって……そうして、ちょっとした格好をつけた文章も書いておく。
うんうん、こうした方がきっと皆のウケも良いだろうと、エイマが仕上がった簡易レポートを見て満足気に頷いた……その時。
「エイマ、レポートの作成は順調か?」
と、不意にディアスが話しかけて来て……その声に驚いたエイマはビクリと身を震わせてしまう。
エイマのその震えが尻尾に伝わり、尻尾の先のインクにも伝わり……結果、尻尾の先のインクが塊となってレポートの上にボタリと落ちてしまう。
「あーーーーーー!?」
思わず悲鳴を上げるエイマ。
幸いにしてレポートの本文は無事ではあったのだが……インクが落ちてしまったその先は、それはそれで大事な大切な、エイマ自身の署名の部分で……エイマは声をかけて来たディアスに怒ろうとする……が、しかし悪気があってのことでは無いのだろうし、何より驚かされてしまったとはいえ、インクを落としてしまったのは他の誰でもない自分自身の尻尾だ。
ディアスに怒りをぶつけるのは間違っているだろうと……エイマは怒りと、それと悲しみをぐっと飲み込む。
エイマの悲鳴に慌てたディアスが謝ってきたり、新しい紙を用意しようかと提案してきたりするが、エイマはその両方を固辞する。
ディアスが謝る必要はないし……紙は貴重なものだ。
この程度のことで紙を無駄にする訳にはいかない。
幸い本文は無事だったのだから、これはこれで完成品としたら良いのだけの話だ。
自分の名前がインクで塗りつぶされてしまって見えないのは……悲しいことではあるが、仕方ない。
次回からはこういう事故の無いように気をつけることにしよう。
そんな風に怒りと悲しみをエイマが飲み干したその時、近くで心配そうにしていたディアスがハッとした顔になり、何か思いつきでもしたのか笑顔で話しかけてくる。
「ここがダメなら、他の場所に名前を書けば良いんじゃないか?
ほら、この横の所とか、下の所とか、余白があるだろう?」
そんなディアスの言葉にエイマは、
「もーーーー!
そんなことをしたら折角綺麗に仕上げたレイアウトが汚くなっちゃじゃないですかーーー!!」
と、飲み込んだはずの怒りを爆発させてしまうのだった。
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