第9話 新年記念SS『雪晒し』


 夜が明けて新年となり……気持ちも新たにユルトを出ると、ユルトの外の世界は完全に雪に支配されてしまっていた。


 何処を見ても何処までもが真っ白で……唯一色付いているのは晴れ渡る青空だけだ。


 時折風が吹くと、降り積もった雪が舞い上がり、舞い上がった雪が陽の光を受けてキラキラと輝く様はなんとも言えず、美しい。


 王国の冬とは全く違う、そんな光景に感慨深いものを感じていると……厚着をしたアルナーが、雪の上で何やら布を振り回している姿が視界に入る。


 メーア布を振り回し、振り回した勢いでもって布を広げ……そのままそぅっと雪の上に敷いて……。


 ……一体あれは何をしているのだろうか?




「アルナー、それは一体何をしているんだ?」


 何をしているのかがどうしても気になって……雪を踏み分けながらアルナーの側へと近付き、そう尋ねるとアルナーは尚も作業を続けながら言葉を返してくる。


「雪晒しだ。

 今日みたいな晴れた日に、布をこうして雪に晒しておくと、布の汚れだとかシミだとかが綺麗に落ちるんだ」


「……それはまた凄い話だな。

 一体何がどうしてそんなことに……?」


「……さて、どうしてだろうな?

 何しろ自然のすることだ、考えて分かるものでも無いだろう。

 ……年嵩(としかさ)連中は雪の白さを布が吸うからそうなるのだとか、そんなことを言っていたかな」


 と、私の質問にそんな答えを返したアルナーは、黙々と作業を続けて次から次へと何枚もの布を雪の上に敷いていく。


 そんなアルナーの傍らには毛皮の上に畳み置かれた何枚ものメーア布があり……もしかしてあれら全部を雪の上に敷くつもりなのだろうか。


「しかし何も新年早々にやらなくても良いのではないか?

 今日くらいはゆっくりと体を休めたらどうだ?」


 と、私がそう言うと……アルナーは眉を顰め、凄い顔をしながらこちらを見て……呆れ混じりの声を返してくる。


「……ディアス、一体何を馬鹿なことを言っているんだ?

 新年が来るのはまだまだまだ先だろう?

 見ろ、こんなに雪が残ってるんだぞ?」


 うん……?

 雪?


「……新年が来る来ないに、雪が残っているとかは……関係無い話だろう?」


 私のそんな言葉を聞いたアルナーは、驚愕でその表情を染め上げ、作業の手を止めて……しばし私のことを見つめた後、深いため息と共に言葉を吐き出す。


「ディアス、新年というのはな、雪が融けねばやって来ないものだぞ?

 春風が吹いて雪が融け、草達が芽吹き、虫や獣達が活動を始めて……そうやって新たな生命の循環が始まる日が来て……それでようやく新年となるのだからな」


 アルナーのその説明を聞いた私は……あぁ、なるほどと頷いて、久しぶりにアルナーとの文化の違いを痛感する。


 王国では太陽の動きだったか、星の動きだったかを基にして、暦を作り、暦を日々刻み、それをもって新年としていたが……そうか、王国の外に出れば『新年』をどう考えるか、どう捉えるかも違ってくるのだな。


 頷いて……色々と考える為に黙り込んだ私を見てアルナーは何を考えたのか、何を思ったのか。

 

 アルナーは私に何を言う訳でもなく……ただ淡々と布を振り回し、雪晒しの作業を再開する。


 そうして寒空の下で作業を続けるアルナーを見た私は……作業を手伝うかと、アルナーの隣に並び、アルナーの真似をしながら雪晒しの作業を進めていく。


「……それにな、ディアス。

 新年がどうとかに関係なく、私達に休んでいる暇なんてもの無いのだぞ?

 もっと多くの領民を集めるのだろう?

 この草原を……イルク村をもっともっと賑やかにしていくのだろう?

 ならば集まってくる領民達の為に、イルク村の皆の為に、領主であるディアスと、その妻である私が働かないでどうするのだ」



 作業を進める中で、作業を止めることなくそんなことを言ってくるアルナーに……私は、そうだな、と一言だけ返し、作業に集中する。

 


 ……そうして私達は一日をかけて、村中の布という布を雪の上に敷いていったのだった。





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