第8話 コミカライズ記念SS『コミック』


 随分と寒い風が吹くある日の朝、なんとなしに村の周囲を散歩していると、マスティ族の青年が何やら爪でガリガリと地面を削っている姿が視界に入る。


 地面にペタンと座り込み、じっと地面へと見つめながら、私が近付いても気付かない程の集中力を発揮しているその青年は……どうやら地面の土をそうやって削ることで絵を描いているらしい。


 一体どんな絵を描いているのだろうかと近付いてよく見てみると……。


「おお、これはアルナーか?

 上手いもんだなぁ……ん? こっちは私か?

 おぉぉ……自分の絵をこうして見るというのはなんだかこそばゆいものがあるな」


 と、ついついそんな言葉が口から出ていってしまう程に上手に描かれた私とアルナーの姿がそこにあった。


 私に突然話しかけられて、驚いて、飛び上がるようにして立ち上がった青年から詳しく話を聞くと、どうやら青年は絵を描く事が何よりも好きなのだそうで、私達や村の皆のことを、暇を見てはこうして地面に描いていたらしい。


「ふーむ……。

 しかし折角の絵を、そんな風にして地面に描いてしまっては、すぐに消えてしまうだろうし、勿体無いんじゃないか?」


 と、私がそう言うと青年はションボリと肩を落とし、その通りなんですけど、自分は紙を持ってなくて……と小さく細い声で呟く。


 ああ……そうか、羊皮紙や紙はそう簡単に手に入るものでは無いからなぁ。

 いや、待てよ? 前にペイジンが持って来た紙やらペンがまだいくらか余っていたな。


 特に私の方で使う用事も無いことだし、倉庫でただ眠らせておくのも勿体無い……よな、うん。

 


 と、いうことで私は青年に余っていた紙とインクを贈ることにした。


 一応ペンも用意したのだが……犬人族の手ではペンを持つことが出来そうにないので、贈ったのは紙とインクだけになる。


 ペンが無くとも青年は、自らの爪をインク壺に漬けて、器用にインクをさばき、なんとも見事な絵を描いてみせるので……ペンなんか無くても問題無いだろう。


「ああ、良い良い、紙はいくらでも……エルダンに頼めば手に入るだろうし、好きに使ってくれ。

 その代わり良い絵が出来たら、その絵を私や、村の皆にも見せてやってほしいんだ。

 この出来ならきっと皆もこの絵を気に入る事だろう」


 紙を受け取り、必死な様子でお礼を何度も何度も言う青年に、私がそう言うと……青年は目を輝かせて、無我夢中といった様子で絵を描き始めるのだった。



 そうして青年の描く絵はたちまちに大人気となり、村の皆の日々を飾り彩ってくれる娯楽となっていった。


 そんな中で青年は、ただ絵を描くだけで無く、私やアルナーの思い出話などを描き、そこに文字でもって台詞などを書き込んでの紙芝居のようなものを作り出す。


 誰がそう呼び始めたのか、いつの間にやらコミックと呼ばれるようになったその紙芝居は、あっという間に人気となって村中に広まり……私を含めた村の皆が夢中になる程の人気となったのだった。




「ん? ああ、ユンボか。

 おお、コミックの新作が出来たのか? どれどれ、今日は私とアルナーが初めて会った日の話だったか……」


 そうして今日も私は、マスティ族の青年ユンボから受け取ったコミックのページを夢中でめくるのだった。

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