第7話 クリスマスSS『何者かの来訪』


 雪が草原中に積もった冬のある日の朝。


 凍えるような寒さが支配するユルトの中で、アルナーとセナイとアイハンと、フランシスとフランソワとエイマと一塊になって寝ていると……、


「な、な、な……なんだこれーー?!」


 との大声がユルトの外から聞こえてくる。


 その声に、一体何事だ?! と、アルナーと共に跳ね起き、ユルトの外へと駆け出ると、そこには今しがた大声を上げた犬人族の姿があり……その周囲というかイルク村中を何か、ソリのようなもので走り回りでもしたのか、積もりたての雪上に、いくつかの蹄の跡と二本の線の跡が縦横無尽といった様子で描かれていた。


 イルク村にそうした線を描くような道具は無く……まさか侵入者が来たのかと周囲を警戒し、見回すが、それらしい姿は何も見当たらない。


 大声を上げた犬人族……夜警の任にあたっていた犬人族に詳しく話を聞いても、いつのまにこんな線が描かれたのか、全く覚えが無いそうだ。


「……夜中に、なんか変な、シャンシャンって鈴の音は聞こえてきたりしましたけど……!

 それ以外には特に……僕の耳も鼻も何も感じ取っていません!!」


 鈴の音とは一体……? と私とアルナーが首を傾げていると、今度はユルトの中から、


「わぁーーーー!!」

「すごーーーい!!」


 と、セナイとアイハンの歓声が聞こえてくる。


 その声を聞くなりにユルトの中に駆け戻ると……跳ね起きた時には気付けなかったのだが、赤と白の派手な包み紙に包まれたいくつかの箱のようなものがユルトの中に置かれていて……どうやらセナイとアイハンはその箱を開けてしまったらしい。


 セナイとアイハンが開けた二つの箱の中には、大きなふわふわとした毛皮かなにかで作られているらしい熊……か何かのぬいぐるみがあり、セナイとアイハンは箱の中から取り出したそのぬいぐるみにぎゅぅっと抱きつく。


 慌ててセナイ達に駆け寄り、そのぬいぐるみが何か、危険な物では無いかと確認すると……やたらと手触りがよく柔らかいこと以外に特に問題らしい問題は見当たらない。


「もーー、ディアスのはそっち! これは私達のだよ!」

「そうだよ! カードになまえがかいてあったもん!」


 ぬいぐるみを逆さにしたり、振り回したりしていると、私がぬいぐるみを取り上げてしまったとでも思っているのか、セナイとアイハンがそんな抗議の声を上げてくる。


 セナイ達にぬいぐるみを返却してから……セナイ達が指差すそっちへと視線をやると、そこには例の箱が二つと、箱の上に置かれた一枚のカードがあり、それらのカードには『一年を良い子で過ごしたディアス君へ』と『一年を良い子で過ごしたアルナーちゃんへ』との文字が書かれている。


 よくよくユルトの中を見回してみれば、箱達の上にはフランシスとフランソワ、エイマの名前の書かれたカードがあり……村中から聞こえてくる犬人族達の歓声から察するに、恐らくイルク村の全てのユルトにこれらと同じ箱とカードが出現しているのだろう。


「一体この箱は何なんだ……?!」


 という私の疑問の声に応えてくれる者は誰も居らず……それからしばしの間イルク村はちょっとした混乱状態に陥ってしまうのだった。




 一体何者がそのカードと箱を用意したのか。


 その答えは恐らくあのソリ跡を描いた者であるのだろう。

 どうやって犬人族の夜警をかいくぐり、どうやってユルトの中にまで入り込んだのかは分からないが……状況からしてそうとしか考えられなかった。


 村に住むほぼ全員へと届けられたその箱の中には、それぞれが喜ぶであろう品物達が入れられていた。


 例えばエイマの箱の中には分厚い一冊の本、フランシス、フランソワの箱の中には、赤いふわふわもこもことしたマントとボンボン付きのナイトキャップ。

 

 アルナーの箱の中にはいくつもの綺麗な宝石達、私の箱には明らかに私とアルナーの指のサイズに合わせたと思えるペアリング……といった具合だ。


 一体誰がどうしてそんなことをしたのか……その答えを見つけることは出来なかったが、どうやら悪意のあるものでは無いということだけは、それらの品物達が証明していたので……私達は少しばかりの話し合いの後に、このなんとも不思議なプレゼントを受け入れることにしたのだった。



 ……まぁ、うん。

 あんなにも熊のぬいぐるみのプレゼントを喜び、愛でているセナイ達から、今更取り上げることなど不可能なので、受け入れるしか無かった……とも言えるかな。


 

 一年を良い子で過ごしたという事を条件に、品物を配り歩いているソリに乗った何者か……。

 この何者かは来年もまたイルク村にやってくるのだろうか?


 もしそうであるならば、どうにかしてその何者かを捕まえた上で……礼の言葉をかけてやろうかと思う。


 何しろイルク村中が笑顔で……本当に良い笑顔で包まれているのだから、それが何者であれお礼をするのが筋というものだ。



 ……とりあえずは、その何者かがまた来年もイルク村に来てくれるように、これからの一年を良い子で過ごせるように、気を引き締めるとするかな……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る