第4話 書籍発売記念SS 『その者、忠臣にて』
物音を自慢の耳がとらえて、目が覚める。
ああ……朝か。まだまだ空は薄暗いが、天窓から僅かな光を感じることが出来る。
寝ぼけ眼を懸命に開きながら物音の出処を探ると……うむ、いつもの通り奥方の朝支度の音だったようだ。
働き者の奥方はいつも朝早くに起き出して、家族の為にとああして朝支度をしている。
あるいは誰よりもああして早く起きるのは、ご主君に目覚めたばかりの自らの姿を見られない為なのかもしれない。
料理をする前に乱れた髪を軽く整え、水瓶に映る自らの顔を確認し、服装を整えるその姿はなんとも健気で可憐だ。
奥方のそれらの支度の音を感じてか、妻が目を覚ます。
(おはよう)
と、周囲に気遣って小声で挨拶してくる妻は、今日もとても愛らしい。
(ああ、おはよう)
それがしはそう返事をしてから……じっと妻を見つめて……身を動かさぬように気を付けながら、妻にそっと口付けをする。
妻もまた身を動かさぬようにと気を付けながら、口付けを受け入れてくれて……そっと、しっとりと微笑んでくれる。
それがしも妻も、目が覚めたとしても、まだ当分の間は身体を動かすことは出来ない。
お嬢様方の安眠を守るという使命がそれがし達にはあるのだから、それも仕方の無いことだ。
身重の妻には寝起きの時くらいは楽にしていて欲しいとも思うのだが……妻もまたお嬢様方を愛し、お嬢様方を守りたいとの強い想いを持っているので、強く止めることは出来ないでいる。
幾日かが過ぎて、腹の中の子供達が大きくなり出産が近いとなったら、その時はご主君に相談してでも止めるつもりでいるが……まぁ、それは当分先のことだろうと思う。
身動きが出来ないながらも、それがし達にはやるべきことはある。
それは自らの体調の確認だ。
それがし達は日々を健康に過ごし、大量の食事を口にするという、ご主君と奥方に託された大事な大事な使命がある。そしてその使命を達成するには日々健康であることが欠かせないのだ。
自らの毛並みを目で確かめ、あるいは自らの体臭に異常が無いかを鼻で確かめ、自らの鼓動に異常が無いか耳で確かめもする。
自らのことが終わったら愛する妻の体調の方も確認しておく。
もし何か異常があればすぐにでも奥方に相談し、薬を処方して貰う必要があるので、妻の確認は念入りに行う。
……うむ、今日もそれがしも妻も健康そのもの、毛並みも艶も良く一切の問題は無い。
この毛は、それがし達の体毛は、それがし達の誇りなのだ。
ご主君も、奥方も、お嬢様方も、この毛を褒めてくれて……この毛を大事にしてくれて……そしてこの毛でその身を包んでくれている。
綺麗だ、丈夫だ、暖かい、安らぐ。
そんな至上の褒め言葉を口にしながら、ご主君達がそうしてくれるということは、他の何よりも嬉しいことで、何よりも誇らしいことで、それがし達の日々を支える糧になっているのだ。
……ああ、そうこうするうちに日が昇り、朝日がだいぶ明るくなって来たな。
そろそろご主君が目覚める時間か……よし、朝の挨拶をせねばなるまい。
「……んん。ん……ああ、おはようフランシス、今日も元気そうだな」
朝日によって目覚め、目を擦りながらそう声をかけてくれるご主君に、それがしは……、
メァーメァー。
と、元気に声を返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます