第5話 ハロウィンSS『イルク村の菓子祭り』


 お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。


 そんなことを言いながら、モンスターなどの仮装をした子供達が、町中を駆け回り町の各家を訪れて、大人達から菓子を貰う子供の為の祭りが王国のとある地方で行われている。

 

 と、そんなことをたまたま思い出した私が、朝食の際になんとなしに呟くと、それを聞いた村の皆がそれは良い祭りだと口々に言い始めて……急遽、その祭りをイルク村でもやることになってしまった。


 いや、祭り自体は良いことだと思うし、セナイとアイハンも喜んでくれているので否も無いのだが……まさか話の流れのままに祭りをやると決まってしまい、朝食が終わるなりに準備が始まってしまうとは思ってもいなかったので酷く驚かされてしまった。


 宴のことと言い……イルク村の皆は何かと騒げるとなると途端に目の色を変えてしまう所があるなぁ。



 菓子祭りをするとなって一番重要な菓子作りを担当してくれたのはアルナーとマヤ婆さん達だ。

 この祭りはあくまで子供達の……セナイ達の為の祭りなので、作る菓子はセナイとアイハンの大好物のくるみを中心としたメニューとなっている。


 爽やかな晴天の下の広場で、竈や鉄板を使いながらの菓子作りが行われて……くるみの蜂蜜和えや、くるみのクッキー、くるみとドライフルーツのケーキなどが次々と焼かれていっている。

 

 犬人族の子供達の為にも犬人族好みなメニューも作ってやろうと意見を聞いたのだが、犬人族達はとにかく甘ければそれで良いんだそうで、これといった希望だとかは無いそうだ。


 時折、祭りの準備の為に駆け回る犬人族の大人達が広場へとやってきて、出来上がった菓子達を見つめるなり、その口の中で唾液を唸らせていたりするので……まぁ、これらの菓子で犬人族の子供達……だけでなく大人達にも喜んで貰えそうだ。


 私やクラウスも菓子作りに混じり力が必要な作業を手伝って……そうして菓子がどんどんと出来上がっていく



 セナイとアイハンがどんな仮装をするかは、エイマを司令塔に、フランシスとフランソワと犬人族達が準備を進めているようで……今もエイマ達は倉庫の方で何やらごそごそと作業をしているようだ。


 時折、セナイ達の元気な笑い声が倉庫の方から響いてくるので、どうやら楽しく準備を進められているようだ。

 倉庫の中の資材は好きなだけ使って良いと言ってあるが……果たしてどんな仮装をしてくるのだろうか。



 そうした祭りの準備は、朝から昼となっても終わらず、昼食休憩を終えた後も続き……結局、夕方まで続くこととなった。


 

 そうして日が傾き始めた夕暮れ時。



 イルク村の広場のテーブルには大量の菓子が並んでいて、その周囲には赤瓜で作ったランタンが並び、周囲を明るく灯している。

 テーブルやランタンにはコウモリやゴースト、ドラゴンなどを象(かたど)った飾り付けが散りばめられていてなんとも華やかだ。


 うん、話に聞いただけの知識で再現したにしては中々の完成度になっていると思う。


 菓子は十分すぎる程に……今日で食べ切れるのか不安になる程、出来上がり、菓子祭りらしい飾り付けも終わった。


 後は主役の登場を待つばかりだと皆で待機していると、何人かの犬人族達とエイマとフランソワがこちらへと駆けて来て、これから来るよ! と声をかけてくる。


 それからしばらくして倉庫の方からズズズという音と共にやってきれたそれは……とても巨大な、私の背丈よりも遥かに大きい、釣り上がった黒い目と、大きく裂けた赤い口……を象った木の板が貼り付けられた白いメーア布を被ったゴースト……のような化物だった。


『お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞー!』


 せーの、という小さな掛け声の後、いくつもの色々な声が重なり合った声でそんなことを言ってくる化物。


 下半身がやたらと幅広く、上半身が幅狭くなっていることから察するに、頭部分で、懸命に手を振っているセナイとアイハンと思われる人影を大勢の犬人族達が一段、二段、三段……と重なり合いながら持ち上げているようだ。


 頭部分にメーアの角のような膨らみとふわふわとした毛のような膨らみがあることから察するにどうやらフランシスも最上段に居るらしい。


 それは……なんというか、とてつもない程に恐ろしい姿だった。

 フラフラとグラグラと揺れている様がいかにも恐ろしく、何かの拍子に崩れやしないかとただただ恐怖しか湧いてこない。


 私だけで無くアルナーやマヤ婆さん達も私と同じ様な感想を抱いているようで、ハラハラとした焦りの表情を浮かべていて……私はそんな、下手な悪戯よりもよっぽど危険な仮装を一刻も早く終わらせるべく、声を張り上げる。


「菓子なら用意したから、悪戯はしないでくれー!

 今日は好きなだけ菓子を食べていいぞー!」


 そんな私の声を聞いて化物……の中に居るセナイとアイハン達は一斉にわぁっと歓喜の声を上げ始める。

 そうして頭の方から、よいしょ、よいしょという声と共に一段一段、化物が崩れていって……というか、化物がだんだんと縮んでいって……セナイ達くらいの背丈程にまで化物が縮んだところで、布をめくりあげ、その中から一斉にセナイ達がわぁっと飛び出してくる。


 セナイとアイハンと、フランシスと犬人族の子供達と、それを手伝っていた大人達と。

 待っていましたとばかりに皆がテーブルへと殺到し、それぞれに好みの菓子を手にとって漂う甘い匂いに誘われるままに食べ始める。


 ケーキをフォークで不器用に刺し持ちながら、口いっぱいに頬張り、美味しい美味しいと笑顔を見せるセナイとアイハン。

 くるみの蜂蜜和えを両手で挟み持ちながら口へと運びカリカリと齧り、甘い甘いと喜ぶ犬人族達。

 フランシスとフランソワもアルナーが用意しておいた甘い味のする薬草をもしゃりもしゃりと食んでいる。


 そんな風に菓子に夢中になっているセナイ達の横でマヤ婆さん達がお茶を淹れだして……お茶を片手に、椅子に腰かけ、微笑まし気にセナイ達を眺め始める。


 それに続いてアルナーもクラウスも、そして私もテーブルに付いて、皆でお茶を飲みながら、セナイ達の、笑顔で菓子を頬張る姿をのんびりと眺める。



 ……ランタンの灯りに照らされるセナイ達の顔からは、いつまでもいつまでも笑顔が絶えること無く……そうして夜が更けきるまで菓子祭りは続けられるのだった。


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