エピローグ カントリーロード

 澄み切った青空。降り注ぐ太陽光。

 黒の外套で身を包んだイクズスには日光と猛暑は堪える。いくらビニールシートで作った簡易テントといえど、蒸してしまっては元も子もない。

 そんな中の汗びっしょりでも、外套は脱がない。トレードマーク故、意地でも。

「お?」

 崩れ落ちたRCC基地にテントを張り、待っていたイクズスの頭上にツバサが視認できるくらい近づいている。

「ヒビキさーん!」

「あの距離ならようやく届くな」

 簡易テントの側に座る黒い人型ロボットの開いたコクピットにはヒビキがいる。

「頼む」

『了解した。こちらカラミティセイバー。指令船ツバサへ応答願う。』

 新型カラミティ、その名もカラミティセイバーの内部は冷房がしっかり効いている。イクズスもこちらに入ればよいのだが、カラミティセイバーの中枢を司る彼女が彼の侵入を許さなかった。

 彼女の声は少女の声だ。ちょうど、権藤マオと同じ声と言えばよいか。

『こちら指令船ツバサ。東堂だ。カラミティセイバー、無事で何よりだ。』

「おうよ。ちゃんと生きてるぜ、イクズスもな。ただそろそろ熱中症になるかもな。」

 イクズスは無事である。五体満足である。

 基地の通風孔を落ちた先、地下シェルター構内で待っていたヒビキとカラミティセイバーに受け止められ、今こうして直射日光に晒されている。

「死にそう」

 完全に瓦礫と化した基地の前にある港湾部に横付けされたツバサ艦内に入って、イクズスは呟いた。

 汗びっしょりであり、ぬるいドリンクで水分を取るものの、未だに熱気で汗が出るような気がする。髪の中から額にかけて汗が垂れる。

 こんな状態であるから、艦橋で再会のハグができなかった。タケルやショウどころか、セティやルイセにも。

「賭けには勝った。リターンは少ないが。」

「ハッピーエンドじゃない?」

 イクズスの言葉にタケルは疑問に思う。今のタケルはアテナと手を繋いでいる。彼と彼女はハッピーエンドだろう。

 ただ現実として、問題は次々と浮上している。

「今回の作戦は、脅威に対して事前に対処、遊撃するという日本政府との契約を拡大解釈した形だ。ここにツバサがたどり着いた以上、私と東堂司令は官邸での説明責任が発生する。更にRCCの拠点はここまでボロボロだから日本にはもう無理だろう。そのまた更に。」

「まだあんのかよ!?」

 ショウは水を差すなと言いたげだ。現実というのはなかなかハッピーエンドにしてくれない。当人たちがハッピーエンドならば、本当はそれでいいのだろうが。

「彼女とショウの処遇を考えねばならんだろう?」

 イクズスの言葉と視線にタケルはアテナの手を強く握ってしまう。

「ショウについては問題あるまい。俺の子として扱う。この先もだ。」

「あっ、いや、それは嬉しいんだが、俺は!」

「お前の自由裁量に任せられる仕事なら、必要だから此処にいるで問題なかろうよ」

 東堂司令の言葉にショウはしどろもどろに言う。司令は鼻を鳴らして、ショウの肩を軽く叩いた。

「東堂ショウとして、高校を卒業して、それでも宇宙のために旅立つなら止めはせんよ。それが男子というものだ。」

 今の東堂トモマサとショウに血の繋がりはない。しかし、ショウはそうは思わない。この人こそが自分の父親だと確信がある。その父親に、そうまで言われてしまうと、身内の情が今までの役割よりも上回る。

 宇宙の秩序のために寿命を終えた星を破壊し続ける人生。それに疲れたこともあった。自らのしていることは意味のあることだと信じ続けて生きてきた。

 その仕事を今は立ち止まって考えてもいいと言われれば、甘えたくもなる。

「休むのも仕事さ」

 イクズスは苦笑する。秩序のための流浪の旅など、あまりにも夢がなさすぎる。イクズス自身もやっていたことだが、面倒さの方が勝っていた。

 それにイクズスよりも、ショウの方がうまくやる。生き方も付き合い方も。だから、ミアやタケルと引き離すようにするのはよくない。

 無論、今更生き方を急に変えるのはいかがなものかという立ち止まりもあるだろう。今までやってきたことを宇宙秩序の必要なこととしてやってきたのに、それを全て捨てて、自分の人生を考えて良いものか、と。

 それらをイクズスは『休み』として扱え、と助言しているのだ。

「サボることにかけてもイクズスさんにそう言われちゃな」

 ショウはため息を吐いて、苦笑した。

「一件の尻ぬぐいや後始末は、俺たちの仕事だ。お前たちは、今ある生活をまずは送れ。その後で、行くか、留まるか、決めればいい。」

 そう言って、東堂司令は、司令席での報告書作成に戻った。

「まあ、今は」

 イクズスは艦橋の参謀席に座って、膨大な報告データの山に立ち向かう。

「家に帰って、休むことだ。アテナちゃんも連れ帰っちゃえばいい。」

 彼は言って微笑むとすぐに表情を失くして、怒涛のタイピングをし始める。データがすごい勢いで推移し始めている。

「帰る、ねぇ」

 ショウは未だに渋っている。

「司令達も言ってるし帰ろうぜ!」

 大人の言うことをちゃんと聞くし、顔色もきちんと窺うのに、こんな時は気を利かせたタケルが言う。

「ミアだってまだ仕事あるだろ」

「問題ないわよ」

 普段は軽いショウが、珍しくミアの心配をする。しかし、話の展開を見守っていたミアが口を開いた。

「必要な報告書は上げてるし、私の受け持ちはないかな。連絡封鎖は解けたし、大変と言えば整備班だけど、アタシらからできることはないかな。」

 彼女の言う通り、現在もっとも忙しいのは整備班や物資周りの管理を行う生活班だ。慣れない宇宙活動に加え、激戦と連戦による物資損耗は甚大である。物資のほうは荷物が順次運び込まれている。ただ、宇宙活動における物資も含まれているため、その管理で忙しいというところか。

 整備班は当然、配備している機動兵器を稼働状態にしていかなければならない。現状戦力としてカラミティセイバーが待機しているとはいえ、緊急対応戦力として心許ない。統一機構が目立った活動を見せていないから問題はないだろうが、新興の勢力が出てきて対処に限界があるのでは話にならない。

「そういうことなら、今は帰るか」

 ショウは、自身の問題をいったん棚上げにして、家に帰ることを決めた。

 少年、少女たちは、家路に着く。

 街中は人気が少なかったが、戒厳令というわけではないらしい。それも仕方ないだろう。近隣で基地が1つ衛星砲の砲撃で吹っ飛んだのだ。いつ自分たちに矛先が向くか、不安な日々を過ごさなければならない。

 ヒステリーを起こして暴動になっていないのが幸いなほうか。

 ともあれ、そんな不安さは、もうまもなく杞憂となるだろう。メディアやネットはじきに情報が上がっていく。RCCとして記者会見をしたことがないので、政府筋から報告は上がるだろうと思う。

 東堂司令とイクズス参謀が上手くやる。そういう勝手な期待感を裏腹に、タケルたちは帰宅する。

 もとより夏休みだから家にいる子供たちが騒ぎ立て、母親たちが胸を撫でおろして御馳走を用意してくれる家へと。


                *****


 統一機構、大陸間航行艦アトラス。

 彼らにもRCCが異星人の空からの脅威を退けたことは情報がもたらされていた。

 黒髪の若い参謀、藤原真一は報告を黙して聞き、情報提供者に礼を尽くした。

「しばらくRCCは事後処理に追われるか」

「何かやってみるか?」

「必要あるまいよ」

 ユウガの冗談めいた言葉に、真一は返事する。

 統一機構として、未来の総帥が育つまで動くつもりは毛頭ない。そしてその時のための準備は、しっかりしておく。

「RCCの勢力、権限は拡大していくだろうが、それは我々にとっても前向きに考えられる。地球全域をカバーできる衛星軌道要塞の建造は望むところ。ただ、だからこそ普通の人間なら、RCCの手を出せる範囲を制限させるだろうからな。」

「繋がれた首輪を受け入れるのか」

「受け入れる。彼らは正義とは何たるかを知っているよ。」

 真一は苦笑する。

 藤原真一が統一機構に従うのは、世界征服の荒唐無稽さを信じているわけではない。テイル・ブロンド、ひいては彼女が意志を引き継ぐに至った真の総帥の意図を理解しているからだ。

 それがいかに困難な意図であろうと、実現できる理想であると彼は考えている。

 ただ、その実現に途方もない時間がかかることもまた知っている。

「約10年は雌伏の時だ。その間、試練もあるだろうが、目を光らせるのは向こうの仕事。こちらはすべきことを整えておくだけでいい。」

「やれやれ」

 ユウガは真一の言葉に肩を竦めた。ユウガが彼と彼の妻の護衛としてこの世界に迷い込んでから、もう随分な年数になる。時間の流れは元の世界と違うにせよ、残して来た者達への想いはいくらかある。

 とはいえ、ユウガも統一機構の世界征服への考えに賛同する立場であることも確かだ。だから、フィア・レイフェルトの養育に積極的でもある。

「すべては明日に、か」

 ユウガは誰に向けてでもなく、呟いた。


                 *****


 楽しかった高校最後の文化祭。修学旅行。クリスマス。お正月。波乱のバレンタインデー。地獄のホワイトデー。その他諸々。

 それらを終えて、タケル、アテナ、ショウの3人は卒業式に臨む。

 式の父兄席には珍しく父のリュウと、トモマサが出席している。彼らの目線を受け、少年二人は学生生活最後の卒業式を終えた。

 卒業式を終えたら、正式な成人したRCC職員の扱いとなる。アテナもそうだ。

 結局、ショウはRCCに残ることにした。

『バランスの悪い先端技術を宇宙に軽々しく持ち込まないための監視!』

 と、もっともらしいことを言っている。先日、ミアの母親に正式に彼女とのことを話しに行っている。ミアママのユアからは快諾されたが、他の女へのナンパは控えるよう釘を刺されたらしい。

 アテナはタケルと婚約することで、籍を藤川と同じくして、とりあえず収めた。これからRCCの一職員として、グラウンドテンプルの技術のアドバイザーとして働いていくのだから、羽盾の事情のいったんの後処理はしておかなければならない。

 そもそもタケルとの仲は良好だから、体面上の問題は解決したと言える。

 タケルはパートタイマーの見習い隊員から一人前の機動隊員となる。元々そういう風に思われてたし、本人も薄々そんな風に思っていたが、法律的に正式になるのはここからだ。

 権限も拡大するし、考えなくてはいけないことも広がる。少年のままではいられない。もはや大人として見られるようにもなる。

「大人か」

「別に俺はピーターパンに憧れた覚えはないんだがな」

 卒業証書が入っているあの筒を投げ回しながら、ショウは胡乱に呟く。

「子供の姿をしていると皆油断するって?」

「女の人も優しいしな」

 ショウは少年の姿をして幾年月。本来の年齢はもう覚えていない。でもまともに卒業式を終えたのは今回が初めてだ。

「大人になるって、やっぱりわかんないな」

 タケルはカラカラと笑っている。

「イクズスの兄ちゃんが大人って面か?」

「そう考えると、先生は、子供みたいだな。いつまでも。」

 非常に失礼な感想であるが、それはそれで彼らにとっては魅力なのだ。

「これからもよろしく、相棒」

「よろしくな、親友」

 卒業証書のお互いの筒で、二人は挨拶を交わす。そして、アテナや家族が待つ校門へ戻る。

 ここまでも、ここからも、また明日から。

 RCCの拠点は宇宙に移ったが、仕事の本質は変わることはない。

 彼らは大人となった災厄を救う救世主カラミティセイバー。誰かのためのヒーローとして、明日も生きていく。

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龍の子のカラミティセイバー 赤王五条 @gojo_sekiou

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