5. トゥ・スペース
7月。茹だるような暑さが列島を包む中、日本領海内で。
「先手は取れる!」
タケルはドラゴンヴェーゼで異星人の巨大メカ相手に有利に戦いを運んでいた。
海上という、足に機動力が取られる場面でも、エクスドライブは出力を安定に発揮している。
タケルは巨大メカの攻撃の出掛かりを尽く潰して、ダメージも与えている。手応えがある。
「ドライブ出力、上がってる。いつでも行け!」
エネルギー出力と分配を同時に見るショウは久々の戦闘でも力を入れすぎないでいる。
「ならば!」
よろめく巨大メカへのトドメを刺すべく、ドラゴンヴェーゼの右腕を構える。
『ハード、ブレイカぁぁぁぁぁ!!』
タケルとショウの声が唱和する。ドラゴンヴェーゼの右手は巨大メカの中心に突き刺さり、機体エネルギー出力がそのまま敵メカ内部に衝撃として貫徹される。
以前、統一機構のライザードがやっていたものと同じことだ。最小の動きで余計な力を入れず、真芯のみを狙う感じでもって。
敵メカは内部への衝撃を受け、おそらく弱い部分から内部崩壊を引き起こす。その次は自壊だ。動力炉に引火などせず、その場でペシャンコになるようにメカは崩壊していった。
「ちょっと今回のは弱かったな」
「なーに、その分余裕だったってことよ」
RCC基地へ戻った2人は勝利の笑みを浮かべ、和やかにハイタッチしている。久しぶりの戦闘であったが、ブランクを感じさせない、終始有利な戦いになったのは確かだ。
「お疲れ様」
そんな2人を腕組みして待っていた者がいた。タケルよりは身長は若干低いが、その分、筋肉の付いた若く見える男。
タケルの父、藤川リュウだ。RCCの機動部隊隊長である。出張でアメリカや欧州に行っていた彼が戻って来たのだ。
「とう、いや隊長、ただいま戻りました」
タケルは帰国してきた父親を呼ぼうとして、やめる。この規律正しいところが、タケルの美点なのかもしれない。
「今回の戦闘の報告書は後でいい。実は今後の異星人への方針について会議を行う。そのまま部屋に行け。」
「了解です!」
「おう」
「東堂君」
「ん?」
タケルは敬礼で元気よく返事し、ショウは素っ気なく返事する。ただ、そんなショウをリュウは呼び止める。敬意がなってないとかお小言を言われるかと思ったショウは、怪訝な顔で足を止めた。
「あの様子だから友達というのがあまりできなくてね。そんなところまで俺に似なくてよかったんだが。今後ともタケルと、そしてミアのこともよろしくな。」
リュウはショウの耳元で話すと、呼び止めてすまなかったという風に肩を叩いて、彼を送り出した。
ショウがミアにお手付きしたことも父親のリュウに聞き及ぶところらしい。
小言を言われるどころか許しを得てしまい、多少困惑もある。
(俺は戦いが終わったらお別れかもしれないんだがなあ)
現在でも、タケルとは一時的な相棒、ミアとは行きずりの恋と思っていた。後ろ髪は引かれるが、今回も別れなければならないと、普通に思っていた。
会議室にはイクズス、東堂司令を始めとして、セティ、ルイセ、ミアやヒビキも来ていた。見知った顔では整備班のオキヒコやミカゲも参加している。やってきたタケルと、少し遅れてきたショウで最後らしかった。
「では今後の打ち出す作戦を説明する、イクズス」
「総員、正面を注目」
東堂トモマサの口火から、すぐにイクズスが説明を始める。正面モニターに映し出されたのはシンプルな直方体状の船が2つと、航空輸送機が1つ。
「現在、輸送機アサクラ、工作修理船サクヤ、そして指令旗艦ツバサの3艦を準備中である。この3艦でもって、宇宙に上がり、敵異星人との勝敗を決する。」
「打って出るのか」
「ツバサ、か」
タケルのみならずどよめく室内。ショウも名前を耳にして反応している。
「先の戦闘で敵拠点は現在空に見えている拠点からではなく、月の裏側とも判明している。衛星軌道上の敵拠点を制圧しつつ、敵本拠地に侵攻するのが本作戦の要になる。」
内容は極めてシンプルだ。ただRCCのみで作戦を行うというのが不安になるかもしれない。
「今回の作戦行動は政府に認可されている行動ではない。しかし、RCCは宇宙での活動において制限されているわけではなく、また宇宙に国境はない以上、どの国からも制限されるものではないということを心して欲しい。」
物は言いようである。東堂司令が少し笑っているし、ショウも相変わらずで嬉しく思ってしまった。
「今回の作戦において先鋒を務めるのは、この2機だ」
そう言って映し出したのは、ドラゴンヴェーゼとレイブレイカーだ。だがレイブレイカーの方は仕様が変更され、名前も変わっている。エクスブレイカーになっている。
「ヴェーゼとメガローダーの巡航形態と、レイブレイカーを修理強化した新しい機体、エクスブレイカーの巡航形態の2機で先行して敵衛星拠点を強襲する」
ショウとて愛機のことを忘れたわけではない。さりとて勝手に改造されたことを怒ることは無い。この作戦案に覚えがあった。ショウの予測が正しければ、切り札はエクスブレイカーだけではない。
「敵拠点の抵抗激しいと予測される場合には、2機の合体を許可する。よろしいか?」
「合体?」
「はいッ!」
イクズスがタケルとショウを見て、返事を促す。タケルは言われたことに戸惑い、ショウは予測が当たっていたので元気よく返事する。
「戸惑うのは仕方ない。あとでみっちり説明する。」
イクズスは合体の意味をとりあえず置いといて、説明に戻る。画面を切り替え、移動概略図を示す。
「作戦開始直後は奇襲、強襲だが、敵本拠点への移動は現在の技術でも時間がかかる。敵に態勢を整えられ、準備を行わせてしまう。また、敵本陣の情報がほとんどないのも痛いところだ。それ故、最終的にRCC全戦力を持って敵を撃破することとなる。これは命を懸ける戦いになる。全隊員に同意書を発行する。書面提出をもって、作戦参加とする。私からの説明は以上だ。」
RCCは半公務員とはいえ、軍隊ではない。作戦の強制参加はない。命を懸けることを書面一枚で取り扱うのが、公務員らしいとはいえばらしい。
「司令、何かありますか」
「一つだけ」
イクズスに促され、東堂トモマサは頷いて、立ち上がる。
「言葉が通じるなら話し合うこともできる。同じ人間ならばすれ違い、勘違いもある。多くの障害を乗り越え、対話することも一つの選択肢ではあるだろう。しかし、その気概なく、剣を向けられる状況においては、もはや斬るか斬られるかの修羅場だ。その時、戦えるものが全力を尽くさねばならない。」
いつもは無口な司令が今回は饒舌だ。隊員の中には彼の声を初めて長く聞いた者もいるだろう。宇宙の先に人間と同じ人型生命体がいると思いを馳せたのは、所詮妄想だったのだろうか。あるいは、対話できる生命体がいると信じていたのは、結局傲慢な驕りだったのだろうか。
「我々がこの作戦を遂行するのは、まがりなりにも戦えるものの矜持だからである。進んで血を流し、弱き者の盾ならんことを、皆に願う。私からは以上だ。」
「では、以上で終了とする。整備班は別途指示を行う。作業を進めてくれ。」
会議が終了し、整備班は早足で去っていくし、セティやルイセ、ヒビキらはまばらに部屋を出ていく。自発的に残っていたわけではないが、ショウはトモマサの元に歩いて行く。
「ツバサ、というのは」
ショウはトモマサに対して、父と呼ぶべきか、司令と呼ぶべきか迷って、言いたいことを言う。それに対し、トモマサは穏やかな顔をしている。
「お前の、母親の名だ。俺にとっては片時も忘れられない名だ。アサクラは、俺が最初に世話になった男のファミリーネームだ。ショウの名は彼からもらった。恥ずかしい話だが、サクヤは俺の初恋の人だ。」
ショウは母親の顔を写真でしか知らない。彼が物心つく前に、宇宙放射線病で命を落としてしまった。
東堂トモマサの前の人生で、ツバサはアサクラの姪だった。とある一件でトモマサは弟と共にアサクラの下で世話になり、ツバサと共同生活を送り、恋仲に発展した。
トモマサはイクズスや他の仲間たちと異星人と戦った。その戦いの後に、戦った異星人を地球ではない居住可能な星に連れて行く旅に同行した。トモマサとツバサの間に、ショウが生まれたのはその後しばらくしてからのことである。
「お前が東堂の名を捨てないのは、東堂ショウという名の一人の人間だからだ。決して、星々の破壊と創造を司るだけの存在なのではないと思っている。今更、こんなことを言われる筋合いはないだろうが、あえて言っておく。お前自身が正しいと思ったことを選べ。今度は見守ってやれる。」
旅の途中、ショウが生まれ、身体が衰弱する病だったトモマサよりも先にツバサが亡くなった。トモマサの寿命が尽きる前に旅の目的は達したが、限界だった。トモマサは仕方なく、小さいショウを星々の破壊と創造を司る精神意志に託した。
「分かってる」
星の破壊者として宇宙を巡り、世界を巡り、ショウはイクズスやラフィールに出会ったし、かけがえのない仲間に出会い、別れた。それらをいつしか刹那的な人生として片付けていた部分もあった。
今回の一件が終わったら、ということを考え始めていた。だが、確かにトモマサはショウ自身が心から尊敬した父親であることを再認識した。心の奥底に漂っていた迷いは晴れた。星の為、父の為、何より友の為、ここで戦い続けることを選ぶ。
「そのためのエクスブレイカーだ。上手くやれ。」
「はい!」
司令とも父親ともつかぬ言葉にショウは強く返事する。
「で、先生、合体とは?」
ショウとトモマサの会話が終わったとみるや、タケルはイクズスに対して口を開いた。未だに理解していない。
「うむ」
イクズスはモニターの映像を切り替え続け、ドラゴンヴェーゼとエクスブレイカーの合体図を見せる。
「ヴェーゼブレイカー。いわば夢のグレート合体である。」
イクズスはぶっちゃげる。身も蓋もないことだが、事実である。
「こっちが空中パズル側だと、勝手に2号ロボ扱いされているようでアレだが、やれるとなると燃える展開だ!」
若干メタな話だが、ショウも興奮している。
「つまり、ドラゴンヴェーゼもパワードラゴンみたいに?」
「その通り」
「うおー、すげぇ!!」
ようやくタケルも合点がいった。いつのまにそんなプロジェクトが進んでいたのか、知らぬのは司令部以外のほとんどであったが。
「それに伴い、ドラゴンヴェーゼも単体パイロットの仕様に戻す。ショウがいない分、エネルギー配分には一層気を配ること。ショウは慎重を期し、無茶をしないこと。」
「気を付けます」
「ちぇっ、目ざといでやんの」
2人の悪い所はそれぞれ良い所でもある。それは同時に2人揃えば、今回の戦闘のようにうまく噛み合う。それはそれで評価をしているのだ。
「準備が整うまで、時間が必要だ。同時に、準備中に出撃はできない。喫緊の対処はリュウとヒビキさんでやってもらう。」
これも仕方ないことだ。2人は作戦の要である。万全の状態でなければならない。
「戦闘シミュレーションも大切だが、パイロットとして当然のこともこなしてもらなわないといけない」
イクズスはもったいぶった言い方をする。いつものことである。
「5日ぐらいなら時間やれるから、貴重な夏休み、満喫してきなさい」
戦意十分、気合十分、テンションも十分。そこで言われた言葉は休暇の提案。
『んっ、んん~!!』
奇しくも、タケルとショウは似たような呻き声を上げて、それぞれリアクションを取る。
「学生の夏休みは貴重なものだ。その時だけでしかできないことはキチンとやっておきなさい。」
なぜか東堂司令からも援護射撃が飛んでくる。天然なのだろう。
「いきなり言われてもですね」
「この歳の男子に5日間自由にしていいっていうのは悩む!すごく!」
何をしたくて休むのではない。休みがあるから何かができるのである。目的もなしに何かを楽しむこともできないのである。ともすればそれは、いきなり言われたところで、休めるわけでもない。
「シューベルハウト商会所有で、海に近い保養地でいいかしらね」
会議室に残っていたミアが口を挟む。
「それだ!」
夏と言えば海。海で遊ぶ。単純明快故に王道。エッチなイベントにも事欠かない。オープンスケベなショウにはぴったりである。
「よし、タケル、お前はあの子連れてこい!」
「あの子?」
目的地があれば、ショウの頭の回転は速い。タケルは思いも寄らないことを言われ、誰の事だと頭の中を回す。
「アテナちゃんだよ!」
「は、羽盾さんを!?」
ショウに名前を上げられて、ようやく憂いを帯びた女の子の顔を思い出した。
街から出ているバスに揺られること1時間以上。乗客がタケルたちだけになって数分。タケルとアテナはバスの中列に、ショウとミアは最後列に座っている。
このカップル、格好も対照的である。タケルは真面目にトロピカルなシャツに膝丈ぐらいのハーフパンツ。アテナは清楚なワンピースに麦わら帽子を被っている。
ショウはTシャツにジーンズ、ミアは肌露出多めのビスチェキャミソールにショートパンツというラフな格好だ。
2泊3日のつもりで旅館に向かう。ちなみにどのようにタケルがアテナを口説いたのは分からない。相変わらず彼らはアマテラスの歌の話をしている。
「クソボケすぎるっ」
「あいつの口から、歌以外で色恋の話聞いたことないし」
ショウとミアから見ても、タケルの恋愛観は意味不明がすぎる。男子高校生の性欲はあるはずなのだが、それが実体のある女子に結び付かない。
「なんつーか、気にしても仕方ないんじゃない?」
ミアからしても見ていて呆れる馴れ合いだが、結局のところ、他人のやり取りに違いない。そんなものを見るために海に行くのではない。
彼女がショウにデレているのは、宇宙一を自称するのもさることながら、父親好きなところが好きなのだ。ざっくり言えばミアはファザコンである。父親と結婚がしたいとまで思っていた。
しかし、藤川リュウが女性として愛しているのは、リエだし、母のユアだし、カスミでもある。それはどうしても乗り越えられなかったのである。
ショウはミアから見てもワルっぽいアウトローである。しかし、その雰囲気とは真逆に、父親を尊敬し、信頼する者へ一生懸命になる姿に好感をもった。ただ、簡単に身体を許したのは、されたかったことをされてしまっただけに他ならない。
だから今の所、彼女はショウしか見えていない。
「ね?」
誘うように惑わすようにショウの右手を彼女自身の太ももへと導く。その色気は、熟れており、蒸れており、男を刺激する。
「チョーシに乗んなっ」
ショウはちょっとデレっとしてすぐにミアのほっぺを空いた左手で軽く引っ張った。
「どっかで見たような大人っぽい仕草で誰も彼も落とせると思うなよ」
「あによ」
「ストレートに来い」
暑さとバスの冷房と、車の振動で視界と感情が歪む。ショウは怒っているわけではない。スケベなことは歓迎だし、そのつもりで来ている。ただ、自分の好きな女にそういう爛れたことは求めていない。
ショウは恋をしたい。だがそれが愛ならば、しなだれかかるような爛れた愛は求めない。それが自己満足的で、傲慢な愛と知りつつも、滅茶苦茶スケベがしたい。
だから彼は暑いと知りながら、ミアにキスをする。
「んー」
ミアもされるなら自分でも吸い付く。じっとり汗をかいてくるが、キスのし合いは半ば競って行われる。お互い息も上がってくるが、お互い受け身になるかとやり合っている。
そんなことをしていれば、無論クソボケ、もといタケルも気付く。
「どうしたの?」
「あ、いや」
タケルが後方のイチャイチャぶりに気を取られていると、隣のアテナは気を遣ってくる。彼としては話をそらすしかない。
タケルがアテナを泊まりの海遊びに誘ったのは、別段普通に声を掛けた。高校生活最後の夏休みで思い出作りとか、下心があるとかは決してない。タケル自身は無いと思いたい。
「歌の話ばかりしてるけど、本当の恋には興味がある?」
「興味がないわけじゃないが」
初めて歌のことでない話題を振られ、タケルは普通に答える。少し答えに困ったのは確かだ。
「ただ、自分のことで考えると、初恋はまだかもしれない」
と、曖昧に笑う。
「ふうん」
アテナは納得したのかしていないのかよく分からない顔をしていた。
ダブルカップルが着いた旅館はエルレーン商会所有のRCC所属なら格安で利用できる保養地である。海に近く、温泉があり、コンビニも近い。
そこで学生らしい海遊びをする。ミアがビキニなら、アテナは可愛らしいワンピース水着である。アテナのほうが幾分か巨乳であるが、ショウのみならず、いつもは見ない肌の露出にタケルはどぎまぎしている。
またアテナはいつもの物静かさはなりを潜め、かなり活動的だった。タケルの泳ぎに付いて来るし、海遊びに本気で興じていた。タケルは少々びっくりしたものの、すぐに普通に遊んでいた。
普通に遊んでいないのは、ショウとミアの方である。ショウがスケベ心で日焼け止めオイルをミアに塗りたくり、その後どこかへと姿を消した。どうせ乳繰り合っていると思って無視を決め込んだ。
夜になれば、タケルもアテナも健全に男女別の温泉に入浴する。ショウとミアは違う。混浴に入ってこれでもかと裸の付き合いをする。
2日目になっても特に変わらないのがショウとミアだ。タケルとアテナは海には行かず、散歩をし、穏やかな時間を過ごす。まるで、空の上に脅威が心配ないかのように。
ただそれでも、夜になれば次の日の心配をしなければならない。温泉後の着慣れた浴衣からちらりと見える色気のあるアテナにどきどきするのも最後の夜である。
和やかな夕食の後、二人きりの部屋に帰る前にアテナはタケルを外に誘った。この時ばかりは、ついに関係が進むのかとショウとミアが遠くから出場亀しに行った。
「楽しかったわ」
アテナはタケルを夜の海にまで誘い出して言った。街灯は道路に点いているが、浜にまで光は余り届かない。彼女が憂いがある笑顔をしているのは見えにくい。
「タケル、貴方のことは好きよ」
彼女はナチュラルに告白する。だがタケルは直感があったのか、ここ二日彼女と一緒にいたせいか、それをまっすぐに受け止められなかった。
どこか違和感があったのだ。今まで見てきた羽盾アテナと今のアテナは違うのではないかという思いがあった。何より、地味な眼鏡の少女である彼女はいつから眼鏡をかけていないのだろうと。
「だから聞いてもらいたい。私のことを。」
違和感に対する答えを彼女は口にした。
「私はアテナ・ザルエラ。空に浮かぶ衛星から来たわ。最初に下りてきて、そして戻れなくなった。」
彼女の答えはタケルの予想を超えるものであった。まるでかぐや姫である。
「羽盾という女の子には悪いことをしたけれど、もう死んでいたから成り代わらせてもらったわ。学生という身分を使って、この
彼女からは憎しみを感じられない。倒されたことを恨んではいないようだ。
「事前調査からの情報とはまるで違う。私たちと同じ生活をし、文化を持ち、歌や芸術を愛する心を持つ。そして何より恋愛もできる。」
彼女は砂浜を歩く。自然を懐かしむように。そして、タケルの元に戻ってきて右手を差し出した。
「お願い。私と一緒にあの空に行きましょう?」
彼女の言葉は、その時だけ蠱惑的に聞こえた。タケルは差し出された手を取るか否か、少し悩み、空を仰ぐ。空に見える衛星拠点が赤く光っている。
「プラネットクラスター?」
アテナが空を見て呟く。赤い光は空から海へまっすぐに突き立つ。
「危ない!」
タケルは以前見た光、幼いころ、紅蓮の魔道士が脅した攻撃を思い出して、アテナを抱き寄せ、庇う。次の瞬間、衝撃波が辺りを直撃する。飛ばされるかと思うほどの瞬間的な衝撃に歯を食いしばり、耐えた。
「くっ」
衝撃波によって砂浜の砂も大荒れだ。流石にタケルやアテナの所まで津波は押し寄せてはいないが、波も荒れている。
「駄目だ」
かつての紅蓮の魔道士の脅迫砲撃の比ではない、衛星軌道上からの砲撃。それは明らかな宇宙からの脅迫行為である。これは間違いなどではない。
「君が何と言おうと、あれは壊さなければならない」
抱き締めながら、タケルはアテナに言う。ただ、アテナのほうも自らの甘さを悟った。情報の違い、宣戦布告無しの長距離攻撃、そして、惚れた弱み。
「私も、目が覚めた」
彼女は庇ってくれた彼の大きい腕を抱いた。たとえ星が違えど、男と女が出会えば恋も愛もできる。その愛のために、彼女は決断をする。
「貴方達に協力する。こんなことをする、作戦の歪曲者を倒さなければ。」
そう言って彼女は、協力のためにタケルの手を取った。
*****
警告無しに撃たれた衛星砲。いや、警告はされたかもしれない。RCCに届かないだけで。
「当該作戦に変更はない」
イクズスは司令室で答える。
「ただレバーを引くのは私。司令や皆は先に司令船に乗船を。」
RCCが宇宙活動する際の3艦は地下港湾区画に係留されている。注水機能等は艦が代行して行えるが、最終発進ゲートは司令室が行わなければならない。誰かが残らなければ、艦は発進すらできない。
異星人が衛星砲の手段に及んだ。第一射の被害はないが、威力は数年前に紅蓮の魔道士が行った砲撃よりも数倍上。
都市部への直撃は絶対に避けなければならない。
そしてそれはRCC基地も同じことである。現在準備が整う前に基地へ撃たせることは終わりを意味する。
このタイミング、この時に、脅迫じみた攻撃をしてくることは、異星人もRCCの基地の位置を割り出すために先の襲撃があったと見ていい。
とすれば、あとは時間との勝負だ。最低限、衛星砲を制圧する必要が出てきたというだけのことだ。
「承知した」
トモマサは短く答える。非情な決断になる。誰かを残さなければならないとなれば、イクズスは必ず残るだろう。彼がそういう男だということは前から分かっている。
「タケルにはなんと言う」
「前へ進め、と」
司令のトモマサにも、タケルがイクズスを慕っていることは一目瞭然だ。それにRCCの支柱とも言える彼を一時的にでも失うのは、部隊全体のパフォーマンスが良くない。
だがそれでも、彼は苦難を選ぶのだ。一縷の希望を託すために。
*****
タケルはショウと共に休暇が終わってすぐ、RCCへと出頭した。もちろん、アテナを連れてである。
「あれはプラネットクラスター。地殻破砕用のエネルギー砲です。」
彼女の語ったことはRCCの今後の作戦遂行に足りなかった情報ばかりで、有意義なものとなった。それが信じるに足るかは、また別問題である。
それに彼女の話を総合すると、アテナ・ザルエラは、羽盾という少女にすり替わり、何食わぬ顔でアテナを名乗り、潜入と称して学生生活をしていたわけである。バレないのかという問題については、元々顔つきが似ていて、自ら変えたこともバラしてきた。
「タケルに近付いたのは?」
「好みだったから」
と、トモマサの問いにあっけらかんと答えた。
「クソボケかと思ったらクソヤバ女だったか」
ショウもボソっと呟いた。彼女は元々彼らグラウンドテンプルの中でも三十代ぐらいの年齢で、潜入のために顔や身体を変える人類であるらしい。
「タケルくんが良ければ、ずっとこの姿で居てあげるからね」
「えっ」
彼女の星の常識としては姿形を変えるのは普通のことなのだろう。言われるタケルは、どう答えてよいか分からないが。
「自分の同胞を裏切ることは何も?」
「勝手をやっているのはロギス・グロウヴ管理官よ。あいつならプラネットクラスターの使用も辞さない。冷凍睡眠中の10万の移民も無視する。」
タケルの腕に絡みつき、明らかにデレデレの彼女は更に情報を漏らす。
「親父」
「信じるさ。どこにでも命よりも欲を優先する奴はいる。愛のために、同胞や仲間を信じきれなくなるのも、普通だ。」
アテナの様子はだいぶおかしいが、タケルにデレデレしているうちは信用できると見たらしい。ショウは父親の判断を優先する。これでタケルたちを謀っているなら、たいした女狐だと思うしかない。
ただトモマサが信じられると判断した理由は、自分が経験したことと似ていることに他ならないが。
「作戦は変わらない。タケル、ショウ、頼むぞ。乾坤一擲だ。」
「了解です」
「分かったぜ」
2人のやることは変わりない。司令の言葉に頷く。弱気の虫はいない。
「終わったら結婚する?」
「不吉なこと言わないで」
アテナは分かっているのかいないのか妙なことを言い出すので、流石にタケルはツッコミを入れた。
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