3. ビカム・ザ・ヒーロー

 寒気を感じなくなり、暑さが近くなる5月の終わり。遠くで号砲の音が聞こえる。運動会シーズン。タケルとショウの通う学校がちょうど体育祭であった。

 いつもは散歩やトレーニングをする人々が行き交う波止場は、休日であるにも関わらず人気が無い。

 だが今は彼らにとって幸いだった。左腕に奇妙な形の腕輪を着けたサングラスの男が、少年を連れて歩いていた。職質されるに決まっている怪しさ爆発なジャケットの男だったが、幸運にも警邏中の公僕はいない。

 少年の方は小学生くらいの体格の利発そうな男の子だ。ニコニコしており、まるで外が物珍しいように周りをしきりに見ている。

「海辺の香りってふしぎ〜」

「まだ水温が低い。水温が高いと、こうはならない。これは腐敗の臭いだ。」

「へぇ〜」

 怪しい男は何気ない知識を披露し、少年が新しい知識に感動している。口調からして親子でもない。

 また空で号砲が鳴る。少年が空を見上げる。

「何の音?」

「運動会」

「参加したことある?」

「1回だけ」

「何やったの!?」

「作ったケーキを売ったり、家族が参加する徒競走にトラップ仕掛けて爆発させたのがいい思い出ですね」

 運動会と似つかわしくない単語の羅列だが、聞いている少年には冗談か本気か分からない。

「へぇ、すごい! 超人なんだ!」

 と真面目に受け取ってしまっている。

「運動会をお前ら万国びっくり人間大会と一緒にするな!?」

 珍妙なことを言ってる怪しい奴に、イクズスはツッコミに来てしまう。イクズスも普段は怪しい格好をしているが、今日は流石にカジュアルなポロシャツ姿である。しかも、息子のアルフレートを連れている。

「普通、地雷仕込んだら足の1つや2つが吹っ飛ぶからね!?」

「そうか?」

「そうなの!」

 怪しい男は首を傾げている。通常の物理現象とは別の世界線で生きているかのような顔をしている。

「ねぇねぇ、きみは? ぼくはアルフレート。ミナセ・アルフレートって言うんだ。」

「ぼくはねえ、フィア・レイフェルト!」

 大人の男達の言い合いとは別に少年たちが自己紹介し合っている。これだけはほのぼのしている。

「かわいいなまえだねえ」

「そう?」

 などとアルフレートは言っているし、フィアの方はかわいいと言われたからって年頃らしくなく、あまり気にしていないようだ。

「アルフレート、フィアとは恐いって意味だ」

「こわくないじゃん!」

「こわくないよ!」

 子供は正直である。イクズスが説明しても信用しない。フィアという少年は名前の由来を知っているのか、ニコニコと否定する。

「ねぇ、父さん。フィアと運動会見に行こうよ!」

「お前はホントに物怖じしない子だね。一応、保護者のの許可がいる。えーと、美剣優雅みつるぎゆうが? それとも伊達優雅? どっち?」

 イクズスは息子の怖いもの知らずさに呆れながら、怪しい奴に確認を取る。ただそれはあやふやだ。名前を知っているにも関わらずフルネームの確認を取っている。

 怪しい男は、サングラスを外して、切れ長の瞳でイクズスを見た。

「誰だキサマ。俺はここで伊達を名乗るつもりはない。ただのユウガだ。」

「悪いね。君は会ったことがないが、私は君に会ったことがあるイクズスだよ。」

 誰だと聞かれて、イクズスは正直に名乗った。


                 *****


 この学区での運動会は、かなり盛大だ。校舎を、払い下げられた防衛隊基地を使っているため、敷地が広く、周辺住民を観客として動員しても余りある土地の広さがある。これを当て込んで屋台を開く与太者もいる。中学、高校合同の運動会は、さながら祭りであったのである。

 この中で、高校生ということを差し引いても高身長のタケルは目立つ。何より顔が悪くない。徒競走でも玉入れでもフィジカルで勝利へと導く。中等部から、タケル個人への応援横断幕ができるのは時間の問題だった。

「モテモテじゃーん」

「俺はね、目立ちたくないの」

 学年対抗徒競走でも1位を取ったタケルが、同じく1位を取ったショウに肘で小突かれてからかわれている。この年まで優等生設定で通していたのに、ショウの策謀により様々な種目に参加させられた。体力的には問題がなかったため、同級生からは賛美の的であり、下級生女子からは黄色い声援が飛び交っている。

 ただ声援はタケルだけではない。ショウもだ。ショウの方は声援に逐一応えている。こういうところは非常に器用である。

 そうした様子を父兄応援ゾーンからではなく、一般応援ゾーンからイクズスたちが見ている。父兄席に行けば藤川家がいるだろうが、イクズスはアルフレートとフィアを一緒にさせてあげていた。誰かが走るたびに、子供らは興奮して声を上げている。極めて健全な光景である。

「普通」

「当たり前だ!」

 ユウガは怪訝な顔している。もはや若ボケの域である。

「自分で生んだ風や、電磁加速で自分を打ち出さないのか? なんでだ?」

藍明守あいあけもり常識押し付けないで!?」

 ユウガは生きてきた世界とのギャップに驚いているが、イクズスはツッコミ通しである。

 異世界の人間が一人いるだけでこのザマである。

「どうやら本当に会ったことが無いのに、らしい」

 改めて彼は疑問点を出す。イクズスはため息を吐いた。

「それに、自分が倒した者から生まれた存在の前に普通に出てきて、どんな態度だ。」

 付け加えるように言って、イクズスを見る。イクズスの表情は変わらない。そんなことを言われたところで、動揺すらしない。

 ただ、フィア・レイフェルトがテイル・ブロンドから生まれたことは分かった。

 ジ・エンド事変の少し後、藤川ベースが組織再編で揺らぐ中、統一機構との小競り合いで、テイル・ブロンドはイクズスの手によって倒された。

 テイル・ブロンドは個のある精神生命体と呼ぶべき存在である。彼女は、フィア・レイフェルトとして生まれ変わったのだ。

 イクズスがテイルを倒したのは、敵対しているからだった。無関心であれば、何も問題はなかった。

「お互いやるべきことをやった結果、彼女が倒れた。それだけのことです。」

「なるほどな。彼が成長しても、そう言うつもりか?」

「もちろん」

 今、実質的な両親を殺した男の息子と無邪気に笑い合っているフィアという少年。彼に一個の自我が芽生えた時、イクズスを殺そうとするのだろうか。

 仮にそうなったところで、イクズスは言い訳をしない。繰り返さなくていいことはもちろんあるが、止められないことは仕方ないと思っている。復讐はそんなものだ。

 後悔と悔恨は10年前にいくらでもした。今のイクズスは子供たちに希望を与える立場だから、前に進んでいる。

「では栓無きことか」

 ユウガは呟く。最初から、イクズスを責めてなどいない。

 ユウガとて憎しみと復讐心を持ったことはあった。その心の炎を忘れたことは無い。ただ、気持ちは気持ちだ。己の中にしか存在しないものを、煽りには使えない。

 しかし、復讐の対象者は別である。それに善や悪が存在するならば、さらに炎は燃え上がるだろう。ユウガが確認したのは憎しみへの覚悟である。

 返ってきた答えは、100点満点ではない。おおよそ人間の答えではない。ただ永く生きればそういう答えも出るだろうということはユウガにも分かっている。

 誰にでもできない。未来永劫、責任を持つなんてことは。

「帰ればいいものを」

 世界の異物、異世界人。イクズスのように平行世界を渡り歩くのではなく、偶発的な事故により迷い込んだ世界の迷子。それがユウガだ。こことは違う地球からやってきたのだから、平行世界の人間であるかもしれないが、彼の常識はこの世界のソレとは違う。だから異世界人なのだ。

 簡単に帰れとはいうものの、本来は簡単にいかない。イクズスは最適解を知っているみたいなことであろう。あるいは、それができる者は意外に近くにいるということか。

「まだやることがある」

 彼はサングラスを再び着ける。

「何を?」

「俺にしかできないこと、俺に課せられたこと、色々だ。フィアも、その一環だ。」

 イクズスの知るユウガが、その後歩んだ人生を知らない。だから、彼がどのような思いでそう言うのかは知らない。

「とりあえず、直近では、バカを1人、仕置きする必要がある」

「ええー、それって」

 RCCの参謀であるイクズスにとっては、妙に思い当たった。



 運動会が全終了して、見物客が帰り、後片付けを行うと、もう夕刻。

 タケルはショウに引っ張られ、女の子たちの前に引き出された。彼女らは運動会でタケルの活躍に興奮冷めやらぬという感じで、べたべたとタケルの身体に触ってくる。蠱惑的で、様々な女性の匂いにタケルは恥ずかしさを上回って混乱しそうになっている。

「いやー、モテモテですねぇ、ダ・ン・ナ!」

「何かの罠でしょこれ!?」

 今まで経験したことのない女子からの反応ぶりにはタケルとて尋常ではない。ショウの悪戯だと思っても仕方ない。

 何より、タケルには後ろめたい気持ちがあった。見目麗しい少女もいるのだが、今一つ、タケルの琴線には触れない。

「もう遅いし、帰ろうか!」

 声が上擦っておかしな声色をするタケル。とにかく女子の輪を抜けだして、学校を出る。

「なんでぇ、完全に一人とはヤレる雰囲気だったぜ?」

 転校してからというもの、相当にチャラついているショウが言う。知らない内に本当に一人か二人と遊んでいるかのような雰囲気でいる。自宅にいる時は、ミアに粉を掛けているし、とにかく女好きが酷い。

「心躍らないならナシ!」

 嘘を言っても仕方ないので本音を吐露する。健全な男子として、女子には興味がある。ただ彼女らではない。ただそういうことである。

 夜が近い帰り道を歩いていると、なぜか前から歩いて来ている制服の女子が気になる。

「羽盾さん?」

 羽盾アテナ。異星人の一回目の飛来での戦いの影響で、両親が亡くなってしまった少女だ。一人生き残り、登校してきた少女は、様変わりしてしまったように思える。

 元々地味で物静かな文学少女で、クラス委員を押し付けられるような子だ。何のかんの彼女と何度かクラス委員をしてしまっている。

 なのに今の彼女は心ここにあらずという風に、何にも興味を持っていないような雰囲気をしている。文学少女という様子は変わらないのだが、タケルには何かが違うような気がしているのだ。

「お、意外にもああいう物憂げな子が好きか!?」

「意外って何だよ」

 心外な言葉を聞いたことでのツッコミをしてしまい、住宅地とは逆方向を歩いて行くアテナから目線をはずしてしまった。その一瞬の間に、彼女は周囲から姿を消していた。

「あれ?」

 幻覚でも見たかのように彼女の姿はもはやどこにもない。タケルにとって見慣れた通学路であるが、この時ばかりは、初めての道に見えた。どこを曲がり、姿が見えなくなったのかと。

 謎を解明しようとついつい元来た道を戻ろうとすると、目の前に炎が上がっていた。

「え?」

 何が起こったか分からず、一瞬困惑するが、後ろから走る音が聞こえる。

「何止まってやがる。行くぞ!」

 ショウが走りながら、タケルを抜きざまに背中を平手で打っていく。

「あ、あたぼうよ!」

 事件が起きたことを思い直して、タケルも炎の方向へと走る。

 火事だ。遠くで消防車のサイレンが聞こえてくる。消防車が着くよりも、ショウとタケルが辿り着く。しかし、炎が巻き上がる建物の前には先客がいた。

「あああああああ!! 燃える!燃えてしまうー!!」

 燃える建物を前にして悲鳴を上げていたのは筋肉隆々の男。両膝を付いて、建物に対して頭を抱えている。

 消防車はまだ来ない。おかしい、何かが起きたに違いない。

「やる事が派手だねぇ」

「先生!」

「兄ちゃん!」

 悲鳴を上げるマッチョ、レイヴン。それを前にして、イクズスが感心をしている。まさかの先客にタケルもショウも声を上げた。

「あ、タケルお兄ちゃんとショウお兄ちゃん!」

 火事の野次馬なのか、イクズスは2人の子供を手繋ぎで連れている。一人は、アルフレート。タケルもショウもよく見知った、イクズスの息子だ。もう一人は分からない。見知らぬ利発そうな少年だ。

「タケル? ショウ?」

「お兄ちゃんたちは、ちきゅうをまもるヒーローなんだ!」

「かっこいいー!」

 アルフレートの恥ずかしい紹介に、名も知らぬ少年はタケルとショウに尊敬の眼差しをしている。

「いや、どういう状況!?」

 タケルは我に返っても状況が分からない。イクズスたちがなぜ先んじて火事の現場を野次馬しているのか。建物が燃えて統一機構のレイヴンが泣いているのか。

「あんまりだぁぁぁぁぁ~!! どうしてこんな酷いことを~!」

「薬物密輸はダメだろう」

「なぜだ! 儲かるんだぞ!」

「そういうところだ。だから上役がキレるんだ。」

 どういう現場かは何となく分かってきた。ボケてるとしか思えないレイヴンに対して、イクズスは冷静にツッコミをしている。レイヴンは戦い続けている小悪党のせいか、どうも悪事がズレている。変なミスでその悪事が露呈することも多い。

 今回もそういう一件だろうとタケルは呆れる。昔、レイヴンに人質にされた一件を思い出すが、今考えると、こんなバカな奴に捕まったのかと思わざる得ない。

「ユウガ!」

 利発そうな少年、フィアが声を上げた。驚くことに炎に包まれる建物から、その男は現れた。長身でがっしりとした体格の黒髪の男だ。彼はサングラスを外して、後ろに放り投げた。

「ユウガ、貴様~! 藤原の護衛如きが何様だ!?」

 レイヴンが現れた男に対して文句を言っている。今にも掴みかからん勢いであるが、短気なレイヴンにしては我慢している。

「貴様の行動は組織の方針に逸脱している。故に今回は連れ帰る。アトラスに。」

 ユウガはアトラスの名を出した。それは彼が統一機構の一員で、これが内輪揉めであることをバラしたことに他ならない。

「アトラスって?」

「しばらく、見ていなさい」

 質問してくるアルフレートに対し、イクズスはそれだけ言って、人差し指を口に当てた。

 その親子の様子を見て、そっとフィアはイクズスから手を離した。

「ただのガキを奉ずるバカどもが! 格の違いを教えてくれよう!」

 レイヴンはあくまで抵抗するつもりらしい。ここ最近の統一機構の活動が目立たないのは、こういうところがあるからだ。

 総帥不在で求心力が低下している。レイヴンのような、以前から活動をしていた者たちがバックアップ無しで勝手に動いているのが現状である。

 いわゆる藤原一派と呼ばれるグループが大陸間航行艦アトラスを維持しており、それが新総帥の成長を待っているのである。

「立て、シネラセウス!」

 燃える建物の中から黒い機動兵器が姿を現す。以前のニアクロウとは格段に進化した人型で、ツインアイのある頭部だけ白く塗られている。

「フハハハハ!!」

 マッチョに似つかわしくない俊敏な動きで跳び、シネラセウスに飛び移ると、そのまま搭乗する。

「先生、基地に戻らないと!」

 事態の悪さにタケルは野次馬を続けるイクズスに言う。だがイクズスは正気だ。

「いや、問題ない。見ているといい。」

 と、静観を促す。

『死ね、ユウガー!』

 シネラウスの黒い足でユウガを踏みつぶそうとする。流石に悪の組織の外道。そういう行為に全くの忌避感がない。

 だが踏みつぶされようというのにユウガはまるで逃げない。むしろその場で構えを取る。

「ユウガ!」

「取るに足りません」

 構えを取ったユウガに対し、フィアは不安な声を上げる。しかし、ユウガに一片の弱気は感じられない。どころか、踏みつぶそうとする巨塊に対し、左の拳を掲げた。

 そして次の瞬間、衝撃音と共に、シネラウスがよろめいた。30M級の巨大ロボットが、人間の攻撃によって足を砕かれようとしている。

『バ、バカな!?』

 レイヴンが生身の相手に圧倒されるのは初めてのことではない。しかし、いくらなんでも質量差が違いすぎる。

「破壊するまでには貫通力が足らないか」

 などと、無傷の左の拳を握力しながらユウガは言う。

「パワーを稼ぐしかあるまい」

 十分圧倒しているのにパワーを稼ぐ手段があると言う。彼は意味ありげな左腕の腕輪を操作する。

「変身」

 短く言って、腕輪の操作を終えると、ユウガが黒と赤のアームスーツへと姿を変える。

 ライザードクリムゾン。ユウガの真の力である。

「ぱ、パクリじゃんかー!?」

 ショウはそんなことを言っているが、彼がオリジナルライザードを知っているからである。ユウガのライザードは、異世界で進化したライザードである。

『そんなアームスーツを着たところでぇ!』

 大人げない対人機銃を放つが、ライザードはそれを腕の一振りのみでかき消す。そして跳び、反撃とばかりに回し蹴りをお見舞いする。

 食らったシネラウスは機銃を尽く破壊される。

『バカな! そんなバカな!!』

 レイヴンの悲鳴はもっともである。いくらなんでも超パワーがすぎる。

「すごい! すごく強い! がんばれ、おじさん!」

「そうだ、やっちゃえ、ライザード!」

 子供たちが熱狂している。それまで興奮するところを見せなかったフィアも、ライザードを応援している。

『ならば、フル・ブースト』

 ライザードは腕輪を操作し、今一度その場を跳んだ。空中にいる間に背中や足が展開し、そこから赤い波動が排出される。

『マキシマム・ブレイク!』

 赤い波動は一際大きさを増して、ライザードに加速を与える。

 そのまま両足でのキックに移行し、シネラウスへと突撃していく。

『貴様は一体』

 一体何なのだ、と言い終わらぬ内に、ライザードはシネラウスの胴を蹴り貫いた。貫いた後でライザードは両足を擦って着地する。シネラウスが倒れる。

 炎に巻かれつつもなんとか脱出したレイヴンであったが、ライザードに叩き伏せられ、再び這いつくばる。

「ではお前はアトラスに連れ帰る。行くぞ、フィア・レイフェルト。」

「はい」

 フィアは、名残惜しそうにアルフレートを見ながら、変身を解いたユウガの元に走り寄る。

「フィア!」

 アルフレートがフィアの名を呼ぶ。それは名残を惜しむ顔ではない。新たにできた友達と再会を願う笑顔である。

「また遊ぼうね! 次は皆でヒーローごっこだ!」

 アルフレートは年齢の割に幼いことを言うが、同じ男の子故の距離の近さがそうさせるのであろう。ただ相手は、困ったような顔をしている。

「ぼくはヒーローにはなれないんだ」

 フィアは分かっている顔をしている。無理もない。彼は憎まれる統一機構の未来の総帥だ。アルフレートと同じ子供だとしても、自分がこの先どうなるかは子供心に分かっているのであろう。アルフレートには、統一機構とは何か、まだ理解できないだろうから。

 タケルにもショウにも、フィアがどんな子か、ここまでの流れで何となく分かった。だが、イクズスが彼を害しようとか、危険性があるとか口に出さないため、事の成り行きを見守っている。

 まだ幼いアルフレートだが、一つ分かっていることがある。

「フィア、ヒーローは誰にでもなれる!」

「え」

 アルフレートの言い出した言葉にフィアは驚く。イクズスは、ユウガが一瞬微笑んだのを見逃さなかった。

「みんなのためにヒーローになるのも、だれかのためのヒーローになるのも同じだよ。特別なチカラとか、特別な理由とかいらない。正しいと思うことを必死にすることがヒーローだって、ぼくは思う!」

「アルフ」

 アルフレートの言葉にフィアは感じ入るところがあったようだ。ユウガのジャケットの端を握りしめ、眉間に皺を寄せている。それは泣くのを必死に我慢しているかのようだった。

「だから、またね、フィア!」

 泣きそうなフィアとは対照的にアルフレートは笑顔で友に別れを告げる。

「うん!」

「誰かのためか。久しぶりに聞いた言葉だ。」

 ユウガにも響く言葉であったようだ。その理由をうかがい知ることはできない。イクズスは何となく知っているが、あえて口にすることでもない。彼にも親しい友がいるだろうから。

「ではさらばだ、アルフレート。いつかまた会うこともあるだろう。」

 ユウガはアルフレートのみに告げ、札のようなものを宙に投げる。するとレイヴン諸共、彼らは光になって夜空をどこかへと飛んでいく。何かの転移魔術なのだろう。

 アルフレートは飛んで行った彼らに対し、手を振っていた。

「兄ちゃん、何なんアレ」

「この世界には色んな奴が飛んできてるってわけ」

 ショウが光の飛ぶ先を眺めながらつぶやいた。

 イクズスは光が飛ぶ先を最後まで見ることは無く、アルフレートを見下ろす。

「さあ、帰ろうか」

「はい!」

 アルフレートは笑顔で返事をして、帰り道を歩き始める。悲壮感はまるでない。


                *****


「わあああああん!!」

 帰ってきたアトラスの自分の部屋でフィアは大泣きをしている。

 この日ほど嬉しかったことも悲しかったこともなかっただろう。彼の守り人のユウガも、後見人の藤原夫妻も、とにかく泣かせてやることしかできなかった。

「レイヴンに制裁して連れ帰るならこの日と思って、ついでに子供らしく遊ばせたらこのザマか。」

「仕方あるまい」

「怒っているわけではない。出会いも別れも、覇者には必要な事だ。」

 黒髪の若い参謀、藤原真一ふじわらしんいちは、微笑んで言う。

「私にとって、何も言わずとも、あるべき器として育つ彼が心配だったに過ぎんさ」

 真一もユウガも所帯を持ち、子供を育てたこともある。ユウガは父親らしいことはほとんどできなかったが、真一は普通の家庭ではなかったが、それなりに父親はできた。その経験から言っても、フィアは自分の運命に対して肯定的すぎることを心配していたようだ。

「我々の目指す統一とは生半可な覚悟では成し遂げられない。だが、心の痛みも悲しみも分からなければ完璧ではない。」

「で、あれば問題なかろう」

「真実の涙を流させるのは私も心が痛い」

 言葉を並べる真一にユウガは簡潔に言うが、彼は胸を押さえて目を瞑る。その一挙手一投足が演技かかってはいるものの、ユウガは彼が他人を嘲笑するような人間でないことは知っている。例えばエルレーンのような、存在自体が信用ならぬものとは根本的に違うということだ。

「乗り越えるしかない。彼に父も母もいない以上な。」

 部屋の中が見えるマジックミラーの外で見ていられないと、真一の妻、理沙が歯噛みしている。頭では息子か娘のように接してはいけないと分かっていても、慰めてやりたいという母性は尽きぬのであろう。

「やはり心配ないな」

 ユウガは呟く。彼にも両親はおらず、育った。兄弟同然に育った者が死んだ時はとてつもなく悲しく、原因を作った者を恨んだ。だが恨みと憎しみを乗り越え、友のために戦うということを覚えた。

 アルフレートの言葉に一瞬でも感動したのはそういうことだ。彼自身はヒーローにはなるつもりはなかったが、友のために戦う自分を肯定し続けてきた。

 そして今は、牙無き人々の為、何より世界を統一するという大言壮語のために戦っている。本来の雇い主である真一が信じると決めた相手を、信じると決めた。

 どれだけ永い時が経とうとも、この世界で戦い続けることにした。

「想い貫け、フィア・レイフェルト」

 フィアに対して言うことは無く、さらに呟く。そしてその場を去る。

 今はまだ、フィアは幼く、弱い。だがこの日の経験はきっと糧となる。ただ再会を約束して、本当に再会できたのはここからまた遠い日だった。

 その時は身体もほとんど大人になっていて、しがらみもできている頃になってしまう。だがそれでもフィアはいつかの再会を願って、世界の未来を考えていくことになる。

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