2. バディ・オア・フレンド
「初日から遅刻する腹積もりか!」
「学校って朝早過ぎね」
東堂ショウが藤川家にやってきて二日目。登校日かつ転入日だというのに目覚まし時計もかけずグースカ寝ていたショウをタケルは叩き起こした。
ほとんど準備を終えていたタケル自身に比べ、ショウが起きてこないので起こしに行ったのだ。
ショウに割り当てられた部屋はミアと同室だ。彼女が、『普段居ないし寝泊まりされても構わないわよ』と快諾したためだ。おかげで起こし行くのにギリギリまで二の足を踏んでしまった。同い年の兄妹であるが、女の子の部屋というのは男子にとって敬遠してしまうものなのだ。
「おばさん、ごっそーさん」
「ええい、早くしろーっ!!」
ショウは遅れるかもしれないというのに朝食を完食し、挨拶をしっかりする。制服の服装指導もしている暇もない。
「行ってきます!」
「いってらっしゃーい」
母の見送りもそこそこに、慌ただしい出発を経て、登校する。
「遅刻するなんて大袈裟な。余裕じゃん。」
「5分前だろうが!!」
到着してから言うルーズなショウに、タケルは全力でツッコミを入れた。ショウと待ち合わせの教師に彼を突っ込ませてから、なりふり構わずダッシュで教室へと向かう。
学校中に予鈴が鳴り響く中、自分の教室に滑り込んだタケルは珍しく息を切らせていた。
「おー、珍しい」
「ギリギリじゃん。どったのよ。」
特別仲がいい、というわけではないが、よく喋る友人2人が声を掛けてくる。どちらも短髪でチャラついているわけでもない男子だ。タケルに絡んでくる男子はいつも運動部関係者だ。タケルの体格がいいからである。
「ちょっと、所要で」
ワケを詳しく話すのは長くなりそうなので、はぐらかす。もうホームルームの時間であるし、今の所は大丈夫だろう。
タケルが自分の席に着いて一息つくと本鈴が鳴る。担任の中年女性教師が、チャイムの鳴り終わるかのタイミングで教室に入ってくる。その後ろを付いて、小柄な男子の姿がある。
「んぐっ」
当然といえば当然である。彼のワケ有り事情なら、タケルと同じクラスにすればいいことなのだから。
「変なタイミングの紹介ですが、転入生です」
「東堂ショウ、よろしくな!」
ニコニコ笑顔で自己紹介する少年の姿にタケルは頭を抱えた。
*****
エネルギーの節約による艦内照明の停電。それ自体に文句を言うつもりはない。
「だが、戦闘機体の生産などと、本末転倒ではないか!」
滅亡したゼラウズ本星から旅立ち、長い時が経った。つい先頃、破壊生命体なるバカげた存在の襲撃を乗り越えたが、目の前の居住惑星はすでに二足歩行する生命体の居住する惑星だ。これでは移民するどころの話ではない。先住民と折り合いを付けるにも、他に居住惑星を探すにも、交渉というものが必要だ。
しかし調査官のアテナは降りて連絡不能だ。破壊生命体の追撃を受けたのが原因だろう。だというのに、対策を取らず、上司筋にあたる移民管理官のグロウヴは船外作業機の戦闘用強化を進めた。
故に、アンバーは公然と楯突いたのだ。
「交渉するのに武力が必要である。当然ではないか。」
グロウヴ管理官は本星政務官の一人であり、アンバーやアテナのように軍部の人間ではない。だが、言い様は明らかにタカ派だ。
「先に降りた調査官を救出するのは!?」
「ザルエラ調査官も子供でなかろう。帰れないというのであれば、こちらの動きを待つ。そうではないか?」
ああ言えばこう言う。アンバーは短く切りそろえた髪を掻き、イライラと舌打ちした。
「リアクションとして戦力を整えるのであれば侵略ではないか!」
「何が悪い」
管理官は事もなく言う。彼の目線の先は改造される機体のラインだけだ。
「重要なのは我々の生存だ。先住民などいなかった。そうすればいい。」
「貴様、狂っているのか!?」
倫理観のカケラもない言葉に反射的に答える。管理官は無表情で、光除け眼鏡を光らせているだけだ。
「しかし同胞の無事が気になるのは仕方あるまい。出せる戦力は君で決めたまえ。」
妥協したような彼の発言に、アンバーはもう一回舌打ちした。
「勝手なことを。だが言質は取ったぞ!」
軍人然とした男は苛立ちながら部屋を出て行く。
「ようやく行ったか」
アンバーがいなくなった部屋で、彼は新たな図面を呼び出し、工作機に入力し始めた。
*****
一日空いての登校日の午前中のみの日程は集団健康診断。そして体力測定だった。
普通の大人以上の体力を誇るタケルは、目立った結果を残していない。反対にショウは運動部が目を見張る結果を残していた。
当然、ショウはもてはやされる声の中心にいる。彼がそこにいることについて、タケルは思うところがない。高校に入ってからは毎年のことだ。彼が成長期に入って、身体が大きくなっても、それを誇示することはなかった。
「何だおめー。自分はあいつらと違うみたいな顔してんぞ。」
「してねぇ」
一通りの測定が終了して、着替えて、自由下校が始まる。時間にして正午近く。学食は開いているため、食べてから帰るという生徒はいるだろう。
タケルも食事をするつもりで食堂に向かっていた。一応、ショウに案内をしろと担任から頼まれているが、気乗りはしてない。
「じゃあ、学校生活なんて興味ないってやつだ」
「だから何だってんだ」
ショウの絡みにタケルは苛立つ。実際にタケルは学生であることに楽しさを感じていない。
「女の子に格好いいとこ見せたくないのかよー」
「気持ちとしてやりたくてもダメだ」
タケルにとっても多少そういう欲はある。
食堂で注文したきつねうどんを盆に乗せ、運ぶ。ショウはハンバーグ定食を頼み、ご飯を山盛りにしながらタケルに付いて来る。
「やりたいんじゃねぇか」
「約束だからだ」
「誰と」
「イクズスさんとのに決まってるだろ」
タケルとイクズスとの約束。それは三つの簡単なことだ。
「俺がRCCに入り、親父のようにヒーローになるなら守るべき3つの約束をしろ、というだけだ」
安っぽい黒塗りの箸で、ソフトうどんを啜る。
「正体を隠すこと。学校に通うこと。しっかり卒業すること。その3つだ。」
「それをマジに守ってんのかよ」
本当に簡単で、ズルのできそうな約束事を羅列され、ショウは不満げだ。
「俺は小学生の時にイクズスさんに助けてもらった。その恩を裏切るわけにはいかない。」
タケルが10歳の時、彼の後先考えない無謀な行動が、彼自身が人質にさせるという事件になった。イクズスの機転によってタケルの危機が救われた一件のことだ。
それ以前までタケルは生意気盛りだったが、イクズスの言うことをよく聞いて、態度を改めるようになった。
「同じだな」
「あ?」
「俺もあの人に救われた。自分の生きること、やること、課せられたこと。そういうのに迷ってた時期があった。俺はただ破壊するだけの存在だと思い込んで、自分の命を顧みず、助けに来たあの人に大事なことを教えてもらったんだ。」
白飯をかっこむショウ。
彼はずっと昔のことをまだはっきりと思い出せる。ただ破壊するものに成り果てようとしていた彼に、イクズスは必死に手を伸ばしていたことを。
「考えればいい。やりたくないことはしなくていい。ただやることだけを見据えろ、ってな。」
それを聞いていたタケルは汁を啜って、水をプラスチックコップで飲む。
「あの人、何年経っても、変わんねえんだなあ」
「基本的なところはな」
タケルはそういう感想を抱いた。タケルの約束を聞いたショウも同意見である。
イクズスは根本的な部分は変わらない。セティもルイセも、諦めているところでもある。
「あの人に昔付いてたラフィールって女の人が言うには、自分自身の命を簡単に秤から取っちまう思考はどうしても治らないらしい。ただだからこそ、ギリギリまで踏み込めるし、本当にヤバいラインが分かるのかも、ってな。」
「あー」
タケルには思うところはある。実際見たわけではないが、父リュウやヒビキから聞いたことがある。紅蓮の魔道士や統一機構日本制圧作戦など。思い当たるといえば思い当たると。
「クク」
ショウは大盛飯を平らげ、味噌汁を啜って含み笑いをする。
「俺たちは似た者同士よ。どういう形であれ、同じ奴に恩を感じてる。」
「そうだな。そうだよ。」
タケルは事実を認める。ここに来て、お互い妙な肩肘張り合うようなことはないと思い始めていた。
無論、自分こそが理解者であるという自負はまだあるが、自分は一番ではない、という自覚もお互い同じであった。
認め合おう。と二人が思ったところ、タケルの通信端末に着信が鳴る。このコール音は以前と同じ、司令室からのものだ。
「はい、タケルです」
『緊急だ。ショウは隣にいるな?』
「はい」
『衛星が降下を察知した。また来るぞ。出撃準備だ。ショウも連れて来い。』
「了解です」
一昨日と同じくイクズスからの連絡だ。また異星人の降下がある。
「出撃準備だ。一緒に来いってさ。」
「はん。おあつらえ向きって奴だ。」
タケルは隣にいる少年に包み隠さず要件だけ伝える。ショウも気力は十分だ。
『ごちそうさまでしたッ!!』
平らげた丼や皿を盆と共にセルフ棚へと返して、するべき挨拶を食堂の奥まで響かせる。
早めに、だが早足ではなく、食堂を出てから、二人は走り出す。
「悪ぃなッ!」
「緊急なんで!」
沿岸基地正門の警備ゲートバーを、今回は2人で飛び越して入ってしまう。
正門警備員の制止の怒号を背に受けて、2人は基地内を疾走する。
「只今!」
「到着!」
「遅い!!」
格納庫にたどり着いた2人を出迎えたイクズスはつい先日と同じ言葉で一喝する。
「理不尽!」
「お約束だよ」
落ち度は無いのに遅いと言われてずっこけつつ、一応不平は述べるショウ。イクズスのほうは事も無げだ。
「もっと遅くても良かったんだがな」
「どういうことです?」
「目標予測落下地点が排他的経済水域。要請が政府から来てない。」
タケルの聞き返しに、イクズスは整然と答える。RCCは日本主導で、藤川ベース戦力を元に作られた国際組織だ。日本国籍だが、要請無しには動けない。
「防衛軍海上戦力が出動している。一戦交える気でもあるだろう。」
イクズスは腕組みして、表情を変えずに言う。その声色から、期待すらしてないのは明らかだ。それに楽観的であれば、呼ばれてすらいないはずだ。
「ずぶの素人をぶっつけ本番で出すようなことはしなくていいらしい。と言っても、30分程度しか時間は取れないがな。」
「よかったじゃん」
「不幸中の幸いって奴よな!」
タケルは荷物のセカンドバッグを邪魔にならない場所に置き、先日のようにスーツを身に纏う。
「は? ナニソレ!?」
「パイロットスーツだよ。かっこいいだろ?」
「かっこいいかどうかは微妙だけど、ずりぃぞ!」
タケルのスーツ着用にショウは真っ向から文句を言う。
イクズスはその2人の様子にそっと微笑む。大人たちが心配することなく、少年たちの打ち解けた様に胸をなで下ろしたのだ。
「必要なら渡すが?」
イクズスから提案こそされるが、ショウはしかめっ面で数秒悩んだ後で、
「いや、やっぱいい。あの人にからかわれそうだ。」
「あの人?」
「知り合いのヒーロー。まあその話は後だ。本題、行こうぜ。」
ショウはとある知り合いを思い出し、とりあえずスーツの件は後回しにした。タケルも突っ込んで聞かない。暇を見つけてイクズスに聞けばいいと思っていた。
「うむ、ではタケル、ヴェーゼ甲型に搭乗!」
「了解!」
イクズスの号令に返事をして、すでに格納庫デッキに準備されていた甲型へ搭乗を開始する。
前回と違い、甲型はせり上がるリフトによって発進位置へと移送されていく。
「メガローダー発進準備!」
続いてイクズスの号令で、格納庫横が展開され、ガラス張りの向こうに発進レールとメガローダーの姿が露わになる。
「派手に見えるけど、すごい無駄がありそう」
「言うな!やりたいと思ったことが正義だ!」
イクズス自身も無駄な構造だと思ったが、せっかく一から作る基地だったので、変なギミックが多彩だ。それに他人の金だったということもある。
それらにショウは、らしい、と思っても正直な感想にならざる得ない。
「つか、ヴェーゼドラゴンって、レイブレイカーのパクリだよな?」
「それは認める。司令と相談して決めたことだ。」
発進レールに待機中のメガローダー。そのコクピットシートへの滑り台状搭乗口に乗り込む前に一応聞いておく。イクズスは恥ずかしげもなく答えた。
「いつか出会う息子を名乗る男のために、だとな」
その言葉は父親好きのショウにとって、一瞬搭乗を躊躇わせるものだった。
「ちょっとキュンと来たけど、感動は後で取っておく!」
だが己を奮い立たせるように言って、搭乗口を滑り落ちる。滑ると言うか、落ちると言うか、急な滑り台の後に、ショウはコクピットシートに収まる。
するとコクピット遮蔽は始まり、外部を投影した実物そっくりな映像モニターが開かれる。
「似てる。これなら行ける、な?」
誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。
『準備はできているようだな』
サブモニターが開かれ、東堂司令が腕組姿で現れる。
「おうよ、いつでも!」
『では聞きたまえ。つい先ほど出撃要請が下った。目標人型兵器は海軍艦を蹴散らし、日本へと北上中だ。上陸前の海上で叩けとの要請だが、上げてしまっても構わない。』
『司令!?』
別のサブモニターが開かれ、タケルが疑問を投げかける。
『落ち着け。ドラゴンヴェーゼは、水上使用を想定していない。淡水だろうが海水だろうが、想定外の事故に繋がる。』
司令の言葉はまともだ。普通のことを言っている。
「だが別に、海上で戦っても構わないわけだ。おそらく条件は相手も同じだろうしな。」
『どうかな? ミア君。』
『ネガティブ。機動性は20%以上減衰します。先日の蹴りの装甲とっかえで緊急シフトしたの忘れてます?』
『覚えている。深夜手当1割増しだ。』
『やるなら今度は2割増しですよ』
『そう言われても私ならやる。では両機、発進!』
世知辛い会話がされているが、タケルやショウと同世代で司令に対し一歩も退かないミアもミアである。
会話を打ち切るように発進許可が出されたが、いまいち釈然としない。
『ヴェーゼ甲型、発進!』
メガローダーからは見えないが、タケルが先行発進した。その数秒後、発進口信号が赤から緑に変わる。こういうのはいつまで経ってもアナクロな作りなのだろうか。
『メガローダー、発進許可。どうぞ。』
ショウはまだよく分かっていない通信手の女性から機械的なほどクールに言われると、
「よっしゃあ、メガローダー、行くぜ!」
自分自身が飛び出さん限りの元気さで言い、ブーストレバーを引き押した。見覚えのあるエネルギーバーが目の前で動きながら噴射音と衝撃音が徐々に伝わっていき、メガローダーはレールから舞い上がるように飛び立った。
ショウには、体に叩きつけられるGが妙に懐かしく思えた。
海を歩く異星人の人型兵器は、一昨日のものよりも鋭角的で、より武装を備えていた。むしろ、これが戦闘用のロボットなのだろう。
迎撃に出てきた国防軍の海上艦は炎上し、いくつかから脱出者が出ている。
敵ロボットは敗残者たちに目をくれず、日本へ上陸するべく陸に向かっている。航空戦力による爆撃や雷撃も装甲を傷つけることなく、それどころか微かに見えるバリアのようなものに阻まれている。
「圧倒的だな」
ショウは呟く。眼下に見えるロボットは通常戦力は通用しない。ヴェーゼドラゴンで勝てるかどうかも不明だ。
何しろショウはぶっつけ本番初乗りだ。前と同じ感覚で乗れるとはいえ、合体すれば2人乗りであることがどう作用するか分からない。
もっとも、それを理性的に分かっていて、それでもやれるはずという期待をタケルに掛けてしまった。
「ここで行くぞ!」
『おう!』
メガローダーもレイブレイカーとレバー配置は同じ。合体するためのプロセスは同じだ。どうしてそんなことをしたのか。することにしたのか。
それを聞くためにも。
『合体開始!』
「合体、フォーメーション!」
ショウは上部のレバーを倒し、合体プロセスへ移行させる。メガローダーの変形と共にコクピット位置も動き出し、スライドするようにヴェーゼのコクピットが浮き上がってくる。
ショウの思っていたよりも乗り手に優しい合体プロセスだった。
(パワーが上がってるせいか?)
この地球の技術がどの程度かはまだショウには判断がつかないが、機体駆動に力を感じる。パワーレベルは画面上で色分けされており、合体したことでそのレベルは跳ね上がっている。
エクスドライブ。マニュアルを見ただけでは、それがどのようなジェネレーターなのかは分からない。ただショウ自身、レイブレイカーに入っているエルザールドライブが根本的にどんなものか知らないわけだが。
「合体完了!」
全プロセスは正常に完了している。そしてある種予定通りだが、ヴェーゼドラゴンの脚は着水している。
敵は目の前。背丈のサイズは同程度に見えるが、見た目からどのような武装を備えているか分かりにくい。艦隊を焼いたビームの直撃は避けたいところだ。
「先手、必勝ッ!」
「は、ちょっ、おい待て!?」
ショウが冷静に分析しているのに、タケルは勝手に動いた。
ヴェーゼドラゴンのドラゴンソードを抜き、大上段に斬りかかった。
そして、見切られたかのように敵に白刃取りされて、刃が折られた。
間髪入れずに、敵機のハンマーパンチが入ってきて、ヴェーゼドラゴンが避けそこなって後ろに倒れる。
「お、折れたぁぁぁぁぁ!?」
「駄・アホゥゥゥ! そこじゃねぇ!!」
刃を折られ、柄のみとなったドラゴンソードを見つめ、タケルは悲鳴を上げる。一方で、ショウは罵声を飛ばす。
「先手必勝はいいが、間合いが甘ぇ! 踏みこみも甘ぇ! 相手の出方を見るなら、及び腰で行くんじゃねぇ!!」
「うくっ」
前回、剣で行って正解だったため今回も剣で行った。しかし、タケルは2回目とはいえ、相手のプレッシャーに呑まれていた。その恐れが見事に白刃取られた原因であろう。
ショウはそれを見抜いたが、後出しでは結局意味がない。
ここには二人いる。一人ではない。息を合わせるにも基本的には声を掛けなければならない。
敵機は折った刃を側に放り捨て、頭部を動かす。
「来るぞ!」
「くっ!」
ショウの叫びに、態勢を立て直す途中だったタケルは苦悶を吐く。
敵機頭部から放たれたビームは海面を薙ぎながら、ドラゴンヴェーゼの脚を狙う。
しかし、ショウの警告から察したタケルが動いて、ドラゴンヴェーゼを左に動かし、ビームはそのまま上方向へ切っていく。
「確かに、この機動力減少はキツイ!」
タケルは余裕を持って回避させたつもりだが、実際には紙一重、あるいはギリギリになっている。これでは、遠からず直撃をもらってしまう。
「距離が遠いか」
剣は使えなくなったが、ドラゴンヴェーゼはまだ武器がある。しかしそれらは確実性に欠ける。足を止めて撃った所で、狙い撃たれては意味がない。
ドラゴンヴェーゼはレイブレイカーとほぼ同じだ。ただ一つ、徹甲衝撃拳がないだけだ。ショウが見たマニュアルにも載っていなかった。
『一撃必殺が必要なのに、無い。そんなことは無い!』
鉄火場のコクピット内に場違いな甲高い声が響く。開かれた通信映像には薄緑のツナギの作業服を着た金髪の男が映っている。
「ミカゲさん!? 今立て込んでて!」
タケルが反応しながら回避行動を続けている。
橘ミカゲ。2年前くらいから入ってきた20代後半ぐらいのメカニックだ。妻子持ちで、息子自慢が激しい以外は腕と人の好いメカマンである。
『似たような機構だから今朝から取り付けておいたよ、ハードブレイカー!』
「これか!」
名前を聞いてショウが武装一覧から見つけ出す。
「ありがてぇ、これなら!」
タケルが表情を明るくさせる。
ハードブレイカー。タケルの父が得意技としていて、タケルが初めて見た、必殺技だ。そしてショウにとっても、これは徹甲衝撃拳とほぼ差異は無い。
ドラゴンヴェーゼの右腕部は炸薬など仕込まれていない。何をどのように打ち込むかは分かっていない、が。
「やる事は!」
「ひとぉーつ!!」
ショウとタケルの言葉が合う。
ダブルドライブ。ヴェーゼとメガローダーに積まれたエクスドライブは連動し、爆発的なエネルギーを生む。
今度は何の気負いもなく、間合いを詰め、踏み込む。弾丸のような突撃と共に繰り出される右ストレートパンチは、敵機の片腕防御を砕いていく。
『ハード・ブレイカー!!』
タケルとショウ、息の合った言葉と共に拳は、敵機の胸部を逸れ、左肩部に突き刺さる。敵機がすんでのところで、体幹を逸らしたのである。
それでも敵機にはかなりのダメージを叩き込んだ。左腕部を肩から破壊して、削り切った。
「タケル、やってない!!」
「ちぃっ!」
渾身の一撃を逸らされ、歯噛みするも、油断するわけにはいかない。ショウはタケルに今度は声をかける。タケルは、悔しさから舌打ちして、ほぼ衝動的に、先ほど放り捨てられていた折れた刃を拾い、敵機に向けて構える。
その状況で、しばしの沈黙。今度はタケルも焦って動かない。折れた刃を敵機に向けて、戦う意志を解かない。ショウも敵機を見つめて、動きがあればタケルへの助言の準備はできている。
恐らくはそのヴェーゼドラゴンの固い意志のようなものを察したか、あるいは単純に損傷したため単純な戦闘はできなくなったか。
敵機は力を失くしたように膝から落ち、脱出装置のような飛行物体が背中から撃ち出されて上空へと飛び上がってしまった。
*****
油断したなどと思いたくはない。
アンバーは反芻するように自分に言い聞かせた。
敵の合体ロボの最初の一撃を見切った時点で、彼我実力差は取れていた。だというのに、敵は動きのキレを増し、足場の悪い水場でアンバーの攻撃を避け切った。
重力下であったこともさることながら、脚を止め続けたのが直接的な敗因だった。謎のエネルギーを纏った強力な拳撃。
(こんなことでガーディアンを失うとは)
アテナの乗った探査ロボットとは違う、移民船に配備された戦闘用機動兵器であるガーディアン。これを失うことは移民船内部にいる冷凍睡眠中の移民たちの危険に晒すということである。
移民管理官のグロウヴが信用ならないから出撃を強行したというのに、これではいい面の皮だ。言い訳、嘲笑、どちらも頭が痛い。
脱出装置のポッドで大気圏を抜け、まっすぐに船へと帰還する。
『アンバー武官、失敗したようだな』
「くっ」
通信可能距離であるらしく、船からの通信が届く。無表情で不健康そうな痩せこけた顔が眼前に現れ、アンバーは悔し気に息を吐く。
「だが、これで相手の力量は計れた。改めて、アテナの回収を。」
『必要ない』
アンバーは我ながら愚かしい言い訳を並べてしまうが、管理官からの返答は出撃前と変わらなかった。
『必要ないのだよ』
念を押すように彼が言った瞬間、通信映像越しにアンバーの目の前に光が見えた。
それが何なのか察する前に、脱出装置はビームに撃ち抜かれ、爆発で消えた。
*****
「脚部損傷チェックが先! 装甲板、搬入!」
「ヴェーゼは後回し!」
RCC基地に戻ってきたヴェーゼとメガローダー。パイロットは早々に追い出され、格納庫の隅に放置される。ミアとオキヒコが声を上げて、他の整備要員を指示しているのが見える。
「いえーい」
戦闘中に通信をくれた金髪の作業員、ミカゲがニコニコしてタケルやショウのもとにやってくる。
「おかげで助かったんすけど、タイミング良く兵装追加できたもんすね?」
「ハードブレイカーの機構自体はパワードラゴンのデータで目にしていたから、むしろどんな風にヴェーゼドラゴンに追加するかだよねー」
温いスポーツ飲料を飲みながらタケルはミカゲに素朴な疑問を提示するが、彼は事も無く言う。
「ちょうど似たような武器持ってる機体があれば、真似で付けられるじゃんって」
「オッキーが許可すると思えないんすけど」
「黙ってやったからねー」
本当にただの思い付きの武装に命を助けられた上、無許可であることが発覚した。横で聞いていただけのショウが口に含んだものを吹き出す。タケルもすこし飲料水が気管に入ってむせてしまう。
「テストはしてないんだけど、エネルギー直結の格闘攻撃は以前経験あってね。配分ばっちりでよかった!」
『テストしてねぇじゃねー!!』
タケルとショウのハモったツッコミにミカゲは笑うだけだ。ハモったおかげで、2人は顔を見合わせる羽目になる。
「ちっ、まぁ、よくやったじゃねーの?」
「そっちこそ。アドバイスありがとうよ。」
ともあれ、地球の少年と宇宙から来た少年の2人の戦いは今まさに始まった。それぞれの思惑、それぞれの立ち位置はあれど、お互い認め合うところもあった。
今はまだ急造のコンビに過ぎないが、それでも今はスタートし始めたばかりだ。
「男の子だから問題ないか」
タケルたちとは真反対の端っこから遠巻きに彼らを見ていたイクズスは呟く。
「昔を思い出します?」
「まさか。だが、遠い日に預けた子が立派になったなというぐらいだ。」
イクズスにとって、今まで鍛えてきたタケルと同様にショウに思う所はある。心配するところもある。今のところはそれも無用であることは分かった。
だが、東堂トモマサにとっては、感じ入り方が違う。
ただそれは、東堂トモマサ自身ではなく、彼の中にある前世の記憶としてだ。
彼の前世は、とある事情で寿命を制限された兵士だった。異星人を倒すためだけにパーツとして生まれた戦士。その戦いの最中、寿命を迎えてしまった。その延命に協力したのが、イクズスであった。
その延命によってより長く生きられたトモマサは、女性を愛することができ、息子を持つことができた。それがショウだ。ショウの母は強い女性だったが、宇宙での出産で負担がかかり、ショウの誕生後に亡くなることになってしまった。
そしてトモマサ自身も、延命での寿命は限界となってしまった。仕方なく、トモマサや妻と共に宇宙の旅に同行していた破壊精神体にショウの身柄を預けた。
それがショウを孤独な宇宙の戦士にしてしまった原因であった。
その時の寿命のせいとはいえ、一人息子を宇宙で一人にしてしまったことを、トモマサは悔いていた。だからあまり父親面もできないでいた。
「報告書はゆっくり持ってこいと言っておいてくれ」
トモマサはなぜか鼻をすすりながら踵を返して格納庫から出ていく。
「やれやれ。十分尊敬されてるのにな。」
イクズス自身は、以前ショウの父親に対する尊敬の思いを耳にタコができるほど聞いている。それを踏まえると、トモマサの態度は杞憂だと思う。
とはいえ、ショウがトモマサの魂の息子だからこそ、戦士としてそのように考えてしまうのだろう。呆れ果てるが、こればかりはイクズスにもフォローしようがない。
「まぁ、これから、だな」
今、いくら心配してもしょうがない。何しろ本当にこれからなのだから。
イクズスはため息をついて、2人の新人戦士の元に向かうことにした。表情は多少厳しくして、叱りつけられるように準備して、彼らへ歩み寄って行く。
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