1.  チェア・ゲーム

「つ・か・れ・た~~!!」

 学校の制服姿の、着の身着のままで、声を出しながらリビングのソファーに身を沈める。

 タケルの自宅。学校から近場の丘の上の一軒家である。疲れた体を引きずってきたものの、どこをどう帰ってきたのかよく覚えていなかった。

「オッキーもエリちゃんも残業で遅くなるんだから、疲れるのはアンタだけじゃないのよ」

 と、母のリエが晩御飯の支度をしながら言う。時間は20時近い。父は同じで母が違うオキヒコやエリは、タケルと違い正式なRCC隊員である。オキヒコは整備を前から学んでいた。エリは権藤マオに倣って勉強に励んで飛び級を繰り返し、開発研究員としている。

 実のところ、タケルだけが普通に過ごしている。本当は弱音を吐いてもいられない。

「あと、今回の騒ぎで学校は様子見るからって休校にするって」

「うー、まあそりゃそうか」

 母の話にタケルは呻く。特に何も考えずに市街戦を続行したのはタケル自身である。目標のロボットを被害の出にくい地域に引っ張るようなことをしたり、考えたりもしなかった。

「それに、羽盾さん、知ってるでしょ?」

「大人しい女の子だから話すわけでもないけどね」

 話を聞きつつテーブルに着いて、並べられた晩御飯を見定める。具体的な名前が出てきたので、今朝も会った黒髪の女子を思い出す。眼鏡を掛け、いかにも陰気な少女である。彼女と組み合わされて、二年連続クラス長である。

「運悪く、爆発の破片が家に直撃したって」

「あち、あちち! いやそんなヒビキおじさんみたいなこと!?」

 タケルは味噌汁を啜ろうとして、間違えてそのまま飲み込んで喉の熱さで苦しむ。彼にとってヒビキが不運であることは知っている。直近だと、特売と限定メニューを1日で5回、目の前でなくなったという話を聞いている。

「ご近所さんの話だし、ウチのがやってることだから何も言えないけど、今後そういう話も聞くってことよ。気をつけなさいね。」

「お、おう」

 身近に感じるべきか、あるいは相応のリアクションを取ってみせるべきか。何やら野暮ったく面倒くさそうに言ってくる母。父との関わり以前から、母も一応は軍関係者として働いていた。そこらへんの思いはあるのだろう。

 そんなことを考えながら飯を進ませていると外の廊下の階段からドタバタと音が響く。

「タケ兄ちゃーん! 帰ってきたのー!?」

 甲高い声を抑えずやってきたのは、黒髪の子供アルフレート。イクズスとルイセの子供だ。

「今飯中だから勘弁な」

 一方的に拒否することなく、やんわりとスキンシップを断る。藤川家では食事中の遊びは御法度である。子供が多いからでもある。

 今、藤川家はリュウやイクズス、ヒビキが統一機構と戦っていた時のタケルと同じような世代の子たちばかりだ。家に帰れないからとルイセやセティの頼みでイクズスの子供を預かっている。教育放棄か虐待とも取られかねないが、藤川家としてはお互い様なので託児を受け入れている。

「でも空から落ちてきて倒されちゃったロボットの話はいいでしょ!?」

「あー」

 小さい子にせがまれ、タケルは呻く。

「ごめんな。他言無用なんだわ。」

 当然と言えば当然である。だが、回収を行ったタケル自身、口止めされている。話すわけにはいかないし、何よりよく知らないのが実情だ。

「アルフくん、守秘義務ってことよ~」

「あやふやなことを喋っちゃいけない!」

「その通り」

 母がアルフレートに窘めると、彼は通りの良い発声をしてせがむのを諦め、ドタドタと2階に戻って行く。

 タケルが彼くらいの歳だと、そこまで聞き分けがよくなかった。もっともタケルの時は親よりも叔母の元だったので、生意気だったと言える。

 それにしたってアルフレートは聡明に見える。タケルの尊敬する参謀、イクズスのように育つのだろうか。

「うちゅーじんかあ~」

 少々胡乱に呟く。宇宙への興味がなかったと言えば嘘になる。ただ、学校教育レベルでしかかんがえたことはなかったから、思い込みやイメージがまったくない。

 そんなことを考えながら、夕食を食べ進めるのだった。


                  *****


 知らない天井。眼をゆっくり動かし、周囲を窺う。頭はぼーっとしていて、体に力は入りにくい。指が微かに動く程度か。

 しかし、ぼんやりと意識は目覚め、身じろぎもできるようになっていく。麻酔か何か掛けられていたのだろうか。

「覚めたか。ルイセさん、頼む。」

「はぁい」

 眼が動かせる範囲外にいた男の声が女性を呼ぶ。呼ばれた女性が彼に近づく。かぐわしい女性らしい何かの香りが鼻腔をくすぐる。

 黒髪で、豊満で母性的な胸部で、端正な顔を持つ、何か妖艶さがある女性。

 彼は本能的に声を掛けたかったが、声にはならなかった。

「まだ身体的に眠ってるから喋れないわよ」

 彼女はにこやかに笑いながら、触診していく。それが直の肌だと分かるところと分からないところがある。それが包帯やテーピング越しだということを理解するのに数秒とかからなかった。

「問題ありませんねぇ」

「だろうな」

「あと2、3分で意識がはっきりするでしょうね。じゃ、私はお先に。」

「お疲れ様」

 女性は一通り彼を診て、側にいる男性に報告をする。そうしてから、彼女は去ってしまった。

 沈黙が始まる。視界外の見えない男性は口を開かない。そうなると彼としてはここまでの経緯を思い出すほかない。

 見つけた星間移民船を攻撃、失敗。

 移民船から出た異星機体の破壊、失敗。

 機体を破壊され、今、ここはどこだか分からない。

 状況把握終了。

 彼の名前は東堂ショウ。星から星へと旅をする宇宙の守護者であり、破壊者。

 寿命を終えた星を破壊し、1から再生させる。星から星への移民は基本的に破壊対象。多くの場合、侵略行為だからだ。

 そうした任務を胸に誰から礼を言われることなく行ってきた。

 それができたのは世界から世界へ旅するある種の仲間と出会ったことがあるからだ。

 仲間の名はイクズス。ショウの父親を知る不思議な旅人に親近感を覚え、彼は交流し、慕った。

「失礼、書類は揃いましたよ」

 そうこんな感じの声だ。

「って、イクズんがああ」

 確かに耳に聞こえた声に、ショウは飛び起き、声を出したが、途中で身体の痛みや頭の重みに苦しみ、奇妙な悲鳴になる。腹に不意打ちでパンチをたたき込まれたような鈍痛が落ち着くまでじっとするしかなかった。

「頑丈だから大丈夫だ。くれ。」

「存外落ち着いてますね」

「まあな」

 ショウが痛みが落ち着くのを待っていると、見えない状況でイクズスと男性が話しているのが聞こえる。何かの書類が挟まったバインダーを渡しているようだ。

「何か話しました?」

「これからだ。お前が来てからのほうが話は通り易かろう?」

「効率的で」

「当たり前だ」

 イクズスと話している男は冷徹なぐらいクールだ。なんだかショウには懐かしさを感じなくもないのだが。

「いってぇ。ここどこぉ?」

「RCC。ロボット犯罪対策組織の基地。君は異星系の機動兵器と一緒に落ちて来た。」

 とまれ、一人は顔見知り。横になり、痛みを落ち着かせながら質問する。すると知らん男性のほうが短く答えてくる。話しながら書類に記入をしている。

「名は何だ」

「東堂、ショウだ」

「そうか。奇遇だな。俺も東堂という。東堂トモマサだ。RCC司令をしている。」

 司令官自ら尋問か、ということもあるが、ショウにとっては名乗りが重要だった。

 トモマサ、とは顔は知らないがショウの父の名である。昔イクズスから聞いたことによれば、冷静沈着で長身の生真面目な男性という。

 目の前にいる男性はそれと一致するが、ショウがここにいる以上、本当の父親は死んでいる。父親の生まれの都合上、衰弱死ということも知っている。つまり、ここにいる人物は同姓同名の別の人物ということになる。

「い、イクズス、これは一体どういうことだ?」

「それに対する明確な答えを私は持ち合わせていません。出会った私ですら、ウッソマジで!?ってなったもんだ。」

「俺ぐらいの年齢ならお前ほどの息子がいてもおかしくはない。故に、先ほど頼んで戸籍記録を改ざんしておいた。養子にして、今まで海外留学させていたということで、知り合いには説明しておく。」

 トモマサはショウに対する気持ちをまったく吐露せず、事務的な説明をして席を立った。バインダーをイクズスに渡している。

「後の説明は参謀に任せてある。とりあえず今夜はここで休め。それではな。」

「ちょい、ちょいアンタ! 何か他にないのか!?」

 トモマサは超クールに去る。ショウの呼び止めにもまったく反応しなかった。

「何なんだよ、なんなんなんだよもう!」

 起きると身体が痛いため寝返りを何度も打って理解できないことをリアクションする。イクズスは苦笑する。

「不器用なんですよ。記憶を継いでの転生、夢のある話ですね。」

 トモマサが去った後の丸椅子に座り、イクズスは苦笑する。イクズスの姿は、別れた直後とすこし変わっているかもしれない。老け込んだような、貫禄が出たような。

 ちゃらんぽらんなお兄ちゃんが、多少大人になったような感じだろうか。

「わけわからん」

「あまり深く考えないことですな」

「その書類何?」

 イクズス相手ならば、ショウは気安い。歳の離れた悪友、雑な距離感のおじさん、そんなものだ。

「転入書類」

「てんっ!?」

「17、18歳をもう何年続けているか知りませんが、貴方をここに置くなら相応の身分が必要ですから。」

 転入書類。今更学生。でも、それぐらいの年齢の女子好きだからいいか。

 などと、考えがコロコロ脳内を巡っていく。

「いや、レイブレイカーは!?」

「今の地球の文明ではどうにもできない技術の産物なので、RCCのラボ送りにしました。移送はさっきしました。」

 愛機の行方を聞くと、即座に答えが返ってくる。同意を得ないまま勝手な事をされたのだが、対処は適切である。ショウ自身で修理するにも年単位かかってしまうだろう。それだけの無茶をやらかしてしまったことは自覚している。

「あの後、気絶しちまったが、つまりここにいる地球人だけでも対処できるんだな?

イクズス、あんたがやっているのか?」

「いいえ。アルヴェーゼは解体してしまったので、次世代に頼んでいます。」

「次世代ぃ?」

「明日から貴方が世話になる家の子ですよ。同じ年頃ぐらいの。」

「同い年!? いや、お前らどういうことだよ!」

 深夜故その声を他に聞いている者がいるかは分からないが、ショウの声がやけに甲高く響き渡るのだった。


                 *****


「おぉ」

 明くる朝。タケルは呻く。身体がだるい。しかし熱は無い。

 答えは明白で自覚もあった。あまり眠れなかった。それだけである。

「ひっどい顔だなぁ」

 タケルが寝る頃になったから帰ってきて、しゃっきり起きてきているオキヒコ。彼は顔が丸く、ふくよかに見えるが、別に太っているわけではない。黒髪はほぼ坊主頭で、タケルと同じように純朴な顔つきをしている。

「パイロットがそれじゃ困るんだけど」

 ミアがホットドッグを食べながら言う。彼女もオキヒコと同じくらいに帰ってきた。流石に彼女は眠い目をしている。髪型や格好を整える前、完全すっぴん状態がここにいる。

「ともあれ? 私らは今日休みだからゆっくりするけど」

「そうかい」

 オキヒコもミアもすべき仕事を終えて今日は休みだと言う。不公平に聞こえるかもしれないが、タケルにとっては今だけの話である。自身のパフォーマンスを維持するのもパイロットの仕事である。タケルは実戦を経験して、それを損ねただけの話だった。

「ふぁ~」

 だらしなく欠伸をしながらタケルは用意された朝食を食べる。スクランブルエッグ、サラダ、ソーセージ、トーストを頬張り、身支度を整えて家を出る。

 未だに寒気の風が吹きつける季節だが、タケルの眠気覚ましには丁度良かった。自宅にある自転車をしゃこしゃこ転がして沿岸基地へ向かう。

 今日は流石に入り口警備員にIDカードを提示して進入バーを越える。自転車は基地内に入ってすぐの自転車置き場に駐輪する。

「ミーティングルームっと」

 呟きながら、タケルは小会議室へ向かう。基地が沿岸へと引っ越したところで、毎日通った基地である。敷地と図面は頭に入っている。いくら頭は眠くとも、行くべき場所は体が覚えているのだ。

「おはようございまーす」

 無防備に欠伸をするわけにもいかず、噛み殺しながら、少人数がミーティングを行う間仕切りがされただけの会議室に入る。自動ドアから見えるところにイクズスと見慣れない少年の黒髪の後頭部が見えた。

「はい、誰?」

「はいはい、いいからお座り」

 タケルはイクズスとのマンツーマンとばかりに思っていたが、先客がいた。それで呆然としたタケルを見かね、イクズスは着席を誘導する。そう言われれば席に着くしかない。

 そうして席に着いた時に横目で見た少年は、タケルと同じくらいの年頃の顔つきの子だった。タケルに比べると小柄だが、タケルが大きすぎるだけで、十分年頃だろう。

「まず初めに昨日の戦闘評価だが、80点だ。よくやった。」

「あーどうも」

 100点満点ではないが、それは理解していた。実戦が出来た気持ちが前のめりすぎて、指示や命令を待たなかった。ノリと勢いでやりすぎて、眠っていても疲れが取れてない。ハッスルしすぎた証拠である。

「蹴りはうまくやれ。ドラゴンヴェーゼはメガローダーの噴射機関が脚部にあるからな。」

「それは、確かに」

 実戦らしいアドリブというかアレンジだったが、普通に注意された。これも自分にとって上手くやらなければいけないことだった。思い付きはやはりいけない。

「んなこたぁどうでもいい!!」

 隣に座る少年はイライラしていたようで、台パンして立ち上がる。

「俺は初心者ビギナーには付き合ってられねぇ! おいてめぇのマシンのシートを譲れ!」

 と、のっけから勝手な事を宣う。襟首捕まえんかのような剣幕だが、距離が近いだけで済んでいる。

「誰です?」

「怖くないってさ。やめときなさいな、ショウ君。」

「くぬぬ。何したら同い年ぐらいでこんなにでかくなるんだよ。」

 自分より小柄な男子に大声で迫られたところでタケルは動じない。これがヒビキ相手なら泣いていた。彼なら大声で恫喝はしないが。イクズスは恫喝してきたことはない。むしろ怒った時の間合いに入ったら死を覚悟する。

「俺は東堂ショウだ」

「レイブレイカー、いや昨日回収した機体のパイロットさ。タケルにとっては、機動兵器に関して先輩とも言える。」

「そういうことだ。だからシートを譲れ!」

 イクズスの説明に、ショウは腕組してドヤ顔をする。

「だが、レイブレイカーはあのザマ。聞くに10時間以上継続戦闘をしたのだから当然だ。」

「自業自得じゃん!」

 続くイクズスの説明にタケルは正直な感想を言う。それでよく先輩風を吹かせられるものだ。

「仕方ねぇだろうが! どこの星から出て来たか知らんが、50、100万はいるだろう巨大母船で移動してるんだから! そんな宇宙の病原菌をほかに平和に暮らしてる生命体のいる居住惑星に下ろすわけにはいかねぇんだよ!」

 タケルは少々壮大な話をされて思考が止まる。

「彼は宇宙を旅する星の守護者だ。宇宙警察と言ってもいい。分かりやすく言えば、惑星間移民を取り締まっているわけだ。移民に母星がなくなっていたとしてもな。」

「なんだかエクスソルジャーみたいですねぇ」

「エクスソルジャーが追っていたディレイフニルは100%悪意があるからなぁ。とはいえ、他文明他惑星の移民は悪意がなくても、悪意が生まれやすい案件だ。だからショウ君が問答無用で芽を刈り取るわけだな。」

 そうイクズスが説明をすらすら述べる。

「っていうことは、イクズスさんの旧い知り合いなんすね」

「フッ、そういうことだ」

 だいぶ威厳は削れているのにまだドヤ顔をするショウ。

「私としてはね。ショウ君にはメガローダーに乗って欲しいんだよ。」

「それってさっき渡されたマニュアルじゃねぇか!?」

 ショウは誰が相手でも掴みかからん勢いで喋る。多分癖なのだろう。

「ヴェーゼもドラゴンヴェーゼも、彼の操縦技術はシミュレーションでは十分だ。本番は昨日を見る限り、慣れさせれば大丈夫だろう。ただ一つを除けば。」

「あー」

 タケル自身、弱点を自覚している。ヴェーゼならともかくドラゴンヴェーゼでは致命的な弱点だった。

「操縦とエネルギー制御というマルチタスクができない。メガローダーにもエクスドライブが搭載されてる以上、乗り手がメガローダーにいる方が安定制御が可能だ。」

 タケルはシミュレーション模擬戦ではデータ上のエクスドライバー以上の操縦技術を発揮する。父やイクズスたちの戦いを見て来た経験もあるのだろう。

 だが、一度エネルギー制御というドラゴンヴェーゼ特有の要素を入れると、そちらに意識を持って行かれて上手くいかない。故に仕方なくエネルギー制御には現在AIを持ち込んでやってしまっている。それ故、本当はドラゴンヴェーゼの100%のスペックを発揮できているわけではないのだ。

「んじゃあ答えは簡単じゃねぇか! 俺がメイン、こいつがサブだ!」

「まぁそう言うだろうねぇ」

 イクズスには予測の範囲の解答であったらしい。もっともタケルにもそろそろ分かってきた。

「訓練ですか」

「同じ訓練メニューをして分からせたほうがいいだろう。用意しなさい。」

「へぇい」

 タケルは無いと思っていた訓練をやらせられることになり、辟易する。タケル自身体力が完全でないこともある。

「あぁん!? 訓練!?」

「そう。余裕を持ってクリアできるなら、問題なくシートを渡そう。病み上がりですまんがね。」

 イクズスは椅子の背もたれに背中をいっぱいに預けて、ニヤニヤと笑みを浮かべる。どうやらショウのパフォーマンスも最適でないらしい。

 それもそうだ。昨日の長時間戦闘をし、レイブレイカーと共に戦闘不能になった。本来ならば包帯や絆創膏など見えていてもおかしくはないが、彼の黒のタンクトップとハーフパンツから露出する肌にはそういった生傷は見られなかった。

「面倒くさいが、そういうことなら軽く捻ってやる。どういうメニューだ?」

 ただの体力勝負と思っているのか、余裕そうにしている。

「基地地下避難通路2往復」

「往路約4kmだから全部で16キロな」

 イクズスの説明に、タケルは補足を入れる。それらがどういう意味か理解できず、いや理解を拒否したのか、ショウは固まる。

「次にルームランナー以外のジム器具それぞれ100回1セット」

「これが一番辛い」

 タケルは正直な感想を入れる。水分補給するだけ辛くなる肉体いじめである。

「その後」

「まだあんのか!?」

「あるある」

 イクズスがメニュー内容を言い終わらない内にショウが口を挟む。当然、タケルは相槌を打つ。

「やる気がなくなっても、とりあえず今日はやっていってもらおう。途中で倒れたらそこで終了ね。」

「わーい、温情ー」

 イクズスの沙汰は厳しくも優しい。これら訓練メニューは近年強化されたものだ。小さいうちに、というより第二次成長期の内に無茶な運動は成長を阻害するとかで、以前は柔軟体操と食事に重きを置かれていた。

 それにタケルはよく知らないが、イクズスは他人の健康状況を見抜くのが得意なので、割とフレキシブルに訓練メニューを変える。それでもメニューの固定のものはあまり変わらない。

 タケルはイクズスの優しさに感謝しつつ席を立った。更衣室に行く足が重いのは、昨日の疲れからではなかった。



 基地地下避難通路。沿岸基地の地下に建造された街のシェルターに続く長い通路である。主に災害などのため集団避難用に作られた施設である。タケルが生まれるより前に作られたシェルターを利用したものであるらしい。

 その通路は専用レールが敷かれており、本来は乗り物移動するための通路だが、メンテンス用に歩行通路も併設されている。そこをマラソン訓練させているのだ。

「む、無理」

 タケルよりも遅れて30分ほどで、16キロマラソンを終えたショウが息も絶え絶えに辿り着いた。走っているか歩いているのかの速度で来ていたため、本当に無理なのだろうと思う。

「まあ、そう思ってた。予想通りで良かった。」

「イクズスさんって涼しい顔してSだって、ヒビキおじさん言ってましたよ。」

「性分なんだ」

 タケルにとってイクズスは尊敬する先生だが、発言は衣着せない。イクズスも特に気にしない。

 タケルの方は息が整っている。先にゴールしたのだから当然だ。ゴールした時にはいつもより息が上がっていた。

「ともあれ、約束通り、タケルがメインで、組んでやってもらう」

「ぐぬ、ぬ」

 ショウは金属質の壁に手をついて、息を整ている。ああ見えて、まだ体力はあるのだろう。

「タケル君、訓練と実戦、どっちが辛いね?」

「まぁ、どっちもですかね」

 イクズスの問いに、タケルは迷わず答える。疲れるのはどっちもだ。楽しいのは最初だけとも言える。

「その通りだな。だから、今後は自由トレーニングで留めなさい。こちらからはああしろこうしろとは言わない。」

「え、それって」

「現時点、いや今朝の時点で訓練生は卒業だ。正規隊員ではないが、リュウが帰ってくるまで、君が戦闘要員だ。」

 イクズスから言い渡される事実上の卒業宣言である。むしろそれを言い渡すための一件だったのではないだろうか。

「はい!」

 この宣言には、タケルも元気よく返事せざる得ない。

「これからよろしく頼むよ、タケル君。そんな君に最初の命令だ。」

「はい?」

「ショウ君を連れ帰ってくれたまえ。彼は東堂司令の養子扱いになり、しばらく藤川家の住み込みとすることになった。」

 イクズスはにっこりと言った。彼はあまり笑顔にならない。ニコニコしている時に限って、サディスティックな笑みだ。つまりはそういうことである。

「まさか」

「転入届も済ませてあるから登校もな」

「は、はあああああ!?」

 唐突に増えた同居人の顔をちらりと見ながらタケルは大声を上げるのであった。



 基地内でシャワーを浴びて汗を流して、自転車を押しながら帰宅する。隣にショウがいる。タンクトップにハーフパンツ、さすがにパーカーを羽織っている。

「はあ」

 何も会話しないショウに、タケルはため息をつく。先ほど、息も絶え絶えだった彼も、もう持ち直している。

「ため息つきたいのはこっちだぜ。イクズスの兄ちゃんの指示じゃなきゃ、聞かないっての。」

「兄ちゃん、ねえ」

 タケルにとって、ショウにとって、それぞれイクズスに対するものがある。他人の何かを否定できるほど、タケルは重くない。何より、彼とのがある。

「それにてめぇの家ってのは狭かったりしねぇだろうな? タコ部屋に男二人は勘弁しろよな。」

「ここから見えるだろ。丘の上の家。そこだよ。」

 帰宅中の道からでも見える丘。この街ではランドマークなので仕方ない。金持ちというほどではないが、世界の写真家の藤川リュウの家として有名だ。

「ほーん。で、家族は?」

「親父は出張でいない。母親が三人、今は一人か。で、オキヒコとミア、妹のヒバナとミキと、イクズスさんから預かってるアルフとマナで、暫定7人か。」

 指折りで数えて、事も無く言う。あまり説明しないことなので、それがどういうことか深く考えたことは無い。

「なんで母親が三人いるんだよ!?」

「親父が重婚しちゃったというか、母さんが言うにはやるとできるんだというか。」

「変だと思え~! っていうか羨ましいな!?」

 いちいちツッコミを入れてくるショウが、少々鬱陶しい。タケルの中では解決していることだ。オキヒコやミアを友達に紹介する場合面倒だが、従兄弟や親戚と言っておけば間違いない。

 そういえば、ショウはイクズスが2人の女性とそれぞれ事実婚していることを知っているのだろうか。この反応を見る限り知らなそうだが。

「どこまで連絡入ってるか知らんけど、学校も含めておとなしくしろよな」

 タケルが思う所のショウのウザ絡みに疲れながら、あるいは空腹を感じながら帰宅を進める。

 時間は正午過ぎ。育ち盛りには空腹が辛い。

「俺、まともに学校通ったことないんだよな~。ま、学力足りなくても、ナンパできればいいか。」

「おとなしくしろって言ってるだろ」

 人の話をまったく聞こうとしないショウに対し、逆にツッコミをかける。ただ空腹なのであまり力は入らない。

「はあ」

 タケルはもう一度ため息をついた。何だか大変なことになったというのもある。

 いつ来るか分からない異星人の襲撃もある。

 そして何より、急に生えた隣人、そして暫定相棒に、どう付き合っていくべきか、悩みどころになってしまった。

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