龍の子のカラミティセイバー

赤王五条

プロローグ ストレンジャー

 無限に広がるかに見える大宇宙。そこに出会いはあるのか、はたまた生命体は他にいるのか。瞬く星と黒い空は、海のように反射が生み出した見せかけのものなのか。

 謎のままの宇宙でも、1つの事実は横たわっている。

 ワープアウト。

 巨大な移民船は装甲に閃光を散らせながら異空間から宇宙に船体を出現させる。船に攻撃を仕掛けているのは機体の長い戦闘機だ。

「クソがっ!実空間に出ちまった!」

 戦闘機に乗る10代後半頃の黒髪の少年が毒づく。機内は赤いランプが各所で点滅している。彼は戦闘を開始してから5時間以上である。機体は移民船と抵抗により、煙を吹いている箇所が多い。

 それでも戦い続けるのは、彼が宇宙を安寧に保つため旅する守護者だからである。対話を拒否し、他星に移民を行うゴキブリの如き生命力と生存本能は天晴れだが、それを1つでも許せば、結果的宇宙に危機的状況を生み出すことになりかねない。

 彼はかつて破壊精神体と呼ばれた宇宙意志を受け継いだ少年である。その任務の遂行は孤独と孤高のものだったが、父親への尊敬の念と、彼と同じように人類世界を見守る戦士との出会いと交流で、戦い続けられていた。

 彼にとって、後先考えない生命体による強引な移民との戦闘でギリギリになるのは日常的だ。本来はもっと余裕を持ちたいが、遭遇はいつも偶発的だから、そうもいかない。

 機体が新しいビープ音を鳴らす。生命体居住可能惑星への接近警報だ。

 彼が。それが果たしてどこの何時代の地球かは分からないし、5個目以降からは数えていない。

 移民船ごと地球に降りるわけではなさそうだが、依然として彼に敵対行動を取り続けている。彼の機体はダメージが増えるばかりで、移民船に対して有効な一撃はない。そんな明らかにジリ貧な状況で、移民船から飛び立つものの反応が新しく検知された。

「野郎!」

 迎撃行動を取り続けているのは囮。しかしそれと同時に、何らかの侵略行為と、このまま戦闘継続して痛み分けに終わるか、を選べと言われているのだ。

「お前ら絶対後で潰す!」

 疲れから苛立っていた彼は、聞いてもいない罵声を飛ばし、戦闘を中断して地球に向かった。

 移民船から飛び立った船のようなものは大気圏突入しながら表面装甲を分解させていく。温度上昇で燃え尽きそうなのではない。突入用装甲をパージしているようだ。

 対して彼の機体は遅れて大気圏に突入し、機内が危険アラートで満たされる。いつ爆発してもおかしくない状況で、彼は機内温度以上に体温上昇を感じ、全身から汗が吹き出る感覚を持つ。

 そういう時に彼が心の中に思うのは、二人の男だ。

 一人は自分の父親。命ある限り戦ったヒーローのような人物。

 もう一人は父のような兄のような人物。死神の二つ名を名乗るコミカルでシニカルな男。

 彼らが心の中にいる限り、彼は死ぬまで諦めることはない。

「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!」

 叫びながら大気圏を抜ける。先行する船は腕と脚を伸ばしている。どこまで攻撃力のある機体か分からないが、それなりの巨体は確認できる。今の彼の機体の形態では対抗することは難しいだろう。

 眼下には彼の思う現代的な生活圏が広がった街並みが見える。このままでは街中に落ち、大勢の人の目に触れる。だが、彼の頭の中は、早急な敵の排除しかなかった。周辺被害のことはすっぽ抜けた。余裕がなかったのだ。

「チェンジ、レイブレイカー!!」

 叫びながら機内上部のレバーを押し倒す。機体後部と前部が分離し、それぞれ変形して再び合体する。すると人型ロボットになっている。

 しかし、明らかに分かっていたトラブルが起きた。変形と合体時のプロセスで、装甲が剥がれ落ち、関節が爆発を起こす。

「まだまだぁ!」

 その危機的状況のままでも先行機を追ってビル建ち並ぶ街中に着地する。道路のアスファルトを50メートルほど引き剥がしながら、黄色の機体、レイブレイカーは地球に降り立った。

「一撃で決める!」

 合体できたとはいえレイブレイカーは限界だ。短期決戦の一点賭け。必殺技の徹甲衝撃拳を右腕部に展開準備する。

 レイブレイカーのスラスターを全開にし、弾丸となった機体諸共、右ストレートを黒い機体に真っ直ぐ叩き込む。

 だが。

 瞬間、レイブレイカーの右腕が砕けた。与える衝撃に損耗したレイブレイカー自身が耐えることができなかった。

 その隙を逃さずか、黒い機体の腕部機関砲が弾幕を張り、すでにボロボロのレイブレイカーは駄目押しに貫かれる。

「ち、く、しょ」

 機体の中で彼は機内で発生した煙に巻かれる。レイブレイカーの情けなさに声を上げたのではない。血が上って、焦りすぎた自分への情けなさに毒づいたのだ。

(修理にどれくらいかかる? その間、このホシはどうすればいい?)

 スローモーションのようにレイブレイカーが後ろへと倒れながら、彼は自責を積み上げる。焦って勝負の瞬間をミスしたのは自分だ。

(イクズスのあんちゃん、あんたならどうする?)

 ここにはいない、どこかで生きているはずの大切なものを学んだ相手に問う。

『聞こえるか。ちゃんと助けてやるから生きていろよ!』

 レイブレイカーの通信が生きていたのか。聞き覚えのある声がして、彼の、東堂ショウの意識は落ちた。


                  *****


 藤川タケル、高校3年生の春が来た。約10年前、悪党に捕まった一件で大泣きした子供は身長180前後の大柄な男に成長した。尊敬する父、藤川リュウよりも少し大きいのが自慢だ。髪は後ろに伸ばしている。尊敬する先生を真似している。美形というほどではないが、醜いわけではない。少年と青年の間らしい険の無い純朴な顔つきをしている。

 彼の通う学校は街の中高一貫校だ。しかも通い慣れた場所にある。内地にあった藤川ベース基地は、改装で街の学校の校舎にされた。藤川ベースはどこに行ったかというと、組織改編され、沿岸地域に移って行った。

 タケルの知るところの藤川ベースはRCC、ロボット犯罪対策組織として名を変え、主に統一機構への特殊部隊として組織運用されている。現在の司令官は、日本防衛軍からの招聘であるが、イクズスを参謀に据えないとやらないと言い張った人間だ。厳しくも心の大きな人だと理解はしている。

 というのも、タケルはパートタイムでRCCの隊員をしている。彼は学生なので正式な隊員ではない。中学を卒業して隊員になることも言い出してはみたが、イクズスが首を横に振った。彼とはとある約束をしている。その約束を果たせたら、正式な隊員にするという約束だ。

 その約束のもと、タケルは学生と隊員としての訓練の二重生活に耐えてきた。周囲が受験の不安とモラトリアムの狭間にいる中、彼の頭の中は訓練メニューの消化をどのように目的立てて行くかという考えしかなかった。

 特に今日は春休み明けの登校日で学校は午前終了だ。スパルタな先生イクズスの考えるタケルに負荷を与える最良のメニューというものが用意されているに違いない。

 サボろうとはあまり考えたことはない。学生なので労働時間が決められている。だから限られた時間以上の過剰なことはされたことはない。

 ただ、緊急の出動があれば、また話は別だ。統一機構の本拠地である大陸間飛行要塞空母アトラスは依然健在である。世間的には統一機構は活動していることになっている。彼らの下っ端、レイヴンは日本各地でトラブルを起こしていることから、組織の健在を示している。

 タケル自身の実戦はまだだが、機動隊長であるリュウが年に何回かレイヴンを撃退している。敗戦続きのレイヴンも反省しないことである。

 ただそのリュウも、今は出張で欧州に出向いている。そのためRCCの基地に正式な機動部隊員が不在だ。訓練中のタケルしかいないのだ。

 だから、緊急出動があれば初実戦を迎えられるかもしれない。期待と緊張の半々だ。

 約10年前、父やイクズス、エクスドライブマシンたちの戦った舞台にようやく立てるかもしれないと思って、タケルは登校していた。



 登校初日の同級生との顔合わせと、最後の1年の役職決め。学校では帰宅部の優等生ということになっているので、順当にタケルがクラス長となり、友達付き合いもそこそこに下校しようとしていた。

 学校を1人で出たぐらいに通信端末に着信がある。出動が伴うための緊急呼び出しだ。

「いよっしゃあああああ!!」

 普段は学校では出さない大声を出しつつ、全力ダッシュで港湾部方面へ向かう。通常なら歩いて十数分の距離。それをダッシュで駆け抜ける。

「緊急呼び出しだからごめんよ!」

 本来顔パスで抜けてはいけない基地正面出入口のバーを高跳びで飛び越える。後ろで保安員が制止してくるが、聞いている場合ではない。

「現着!」

 基地内通路を学生服のまま駆け抜け、格納庫へ向かう。格納庫にたどり着くと、上着をマントっぽく羽織った長髪の男、イクズスが待ち受けていた。

「遅い!」

 訓練で走り込みしてても、結局先生は遅いと言う。つまりはいつものことだ。気落ちすることではない。

「実戦かつ相手が統一機構じゃない。心してかかれ。」

 と彼はタケルに黒い腕時計のような腕輪を投げ渡す。タケルは普通にキャッチして、左手首に装着する。

「統一機構じゃないんすか?」

「サテライトリンクで日本に二つ落ちてくる。1つは人型に変形しつつある。」

「まさかの異星人襲来!」

「かどうかは分からないが、お前とヴェーゼで対抗できると試算している。そういう出撃だ。」

「了解!」

 概略の説明を受け、緊張はするが、テンションは変わらない。

「うしっ、ドライブ展開!」

 腕時計のスイッチを入れると、タケルの制服の上にスーツが展開され装着される。機動部隊用のパイロットスーツだ。衝撃を緩和し、装着者の安全を守るものだ。昔はライザードスーツと呼ばれていたが、現在はドライバースーツと呼ばれている。ヘルメットを被れば宇宙活動もできるらしいが、タケル自身宇宙に行ったことはないので分からない。

「よし、行け!」

「はい、藤川タケル、出撃しまふっ!」

 スーツ着用完了したのを見てイクズスはタケルに機体搭乗と出撃を許可する。タケルは緊張混じりだったので、最後言葉を噛んでしまった。決まらなさに周囲の整備員が含み笑いをし、とりわけ腹違いの兄弟であるオキヒコが失笑する。

 タケルはちょっと恥ずかしげに待機している戦闘機に搭乗する。

 ヴェーゼ甲型。かつてアルヴェーゼの頭部を構成していた機体を分解・再構成したものである。

 動力部にエクスドライブが移し替えられ、ドラゴンソルジャーとパワーは遜色ない。

『ヴェーゼ甲型、出撃許可済み。どうぞ。』

 司令部オペレーターのセティからクールな通信が届く。司令部内で逆らってはいけない人の中で上から数えた方がいいくらいの人である。

「了解。ヴェーゼ、発進!」

 タケルは操縦桿レバーをゆっくりと押し、発進加速を開始させた。


                  *****


 白煙を上げてヴェーゼ甲型が発進していく。イクズスの元にもうアルヴェーゼはなく、今の時期はドラゴンソルジャーも不在だ。多少の不安もあるが、ヒーロー志望の少年戦士に任せる他ない。

「続いて、メガローダー発進準備!」

 カタパルトは休みなく動き続ける。ヴェーゼよりも一回りも二回りも大きい航空機タイプの機体の発進準備が進む。こちらも有人仕様であるが、乗り手は決まっていない。ヴェーゼ甲型のサポートマシンではあるが、現状はAI駆動でヴェーゼの追従に任せている。

「司令室、メガローダー準備完了」

『了解。メガローダー発進。』

 イクズスの報告の直後、航空機がオートで発進していく。それを見送って、踵を返し、彼は司令室へと向かう。

 RCC司令室。もはや馴染みの顔触れだ。

 各通信を行っていた戦術オペレーターの女性、歌神千世、通称セティ。清楚な顔つき、ロングヘアにRCC制服を着こなす随一の女性だ。イクズスとの間に9歳の女児を持つ。

 魔術アドバイザー兼女医の水瀬ルイ、通称ルイセ。セティよりも長い黒髪をした女性としては大柄な人物だ。いざという時の口汚さは隊員を震え上がらせる。

 メカニックアドバイザー代理の藤川ミア。タケルとは腹違いの少女である。茶髪で制服の胸元を着崩して見せつけ、肢体も隠さないイマドキの少女であるが、大学を飛び級卒業したばかりの才女である。

 そして、RCC司令官の東堂トモマサ。腕組をしてイクズスを待っていた。黒髪に制帽を被った、軍人然ときっちり制服を着ている30代頃の男性だ。

 イクズスは戦闘状況を見守っていただろう彼に聞く。

「状況は?」

「悪い。やはりレイブレイカーだ。」

 司令官のトモマサは別の世界の別の地球の、イクズスと共に戦った記憶を有する人物だ。本来はイクズスのような異世界人とは違う。これもヒビキやイクズスが成した過去改変のせいである、はずだ。一応、彼は防衛軍の元幹部という列記とした肩書の元、RCCに派遣されてきている。

 彼の記憶の中で、レイブレイカーはしっかり覚えている。地球外、いや宇宙警察を兼ねる宇宙の守護者のロボットだ。

「この状況では無理だ。ヴェーゼは間に合うのか?」

 司令室では謎の黒いロボットとボロボロのレイブレイカーが戦う姿が映し出されている。レイブレイカーは誰が見ても限界ギリギリであり、相手を撃破できる状況ではない。それだというのにレイブレイカーは必殺技を叩き込むつもりだった。

 ギリギリだからこそ必殺技の一撃に賭けたのかもしれないが、あまりにも無謀すぎた。レイブレイカーの徹甲衝撃拳は自らの腕を破壊させ、追い討ちに撃たれ、倒れてしまう。直撃は受けていないが、もう立ち上がることはできないだろう。

「あの馬鹿」

 イクズスはついつい呟いてしまう。

 彼はレイブレイカーの今の乗り手を知っている。彼の頭の中の乗り手は、普段のらりくらりとした態度だが、一方で頭に血が上りやすい、発奮すると猪突猛進になる子供らしい少年だった。

 今回その悪癖が出てしまったのだろう。レイブレイカーは戦闘不能だが、爆発はしていない。まだ生きてはいるだろうが、戦闘が長引けば危ないかもしれない。

「セティさん、通信繋がる?」

「繋がる。向こうが生きてればね。」

「十分」

 今は彼女とも子どもがいる仲で、本来は呼び捨てでもいいのだが、公私ともに彼女をさん付けしている。ルイセもそうだ。

「聞こえるか。ちゃんと助けてやるから生きていろよ!」

 マイクに言うだけ言っておくと、現場にヴェーゼが到着した。とりあえずは間に合った。

『敵機確認。攻撃します!』

 ヴェーゼとタケルは指示や命令を待たずに黒い機体へ攻撃を開始した。


                *****


「敵機確認。攻撃します!」

 本来な指示を仰ぐ必要があるのだが、タケルは独断専行した。

 戦いたかったこともあるし、緊張していたからもある。ただ何より、あの倒れたロボットから離させたかったのが一番だ。

 ヴェーゼの下部に付いたレールガンで黒い機体の胴と顔に1発ずつ当てる。

「サイズ差か!?」

 ヴェーゼ単体の攻撃力ではたいしたダメージにならない。黒いロボットの表面装甲が傷ついたようには見えない。

 敵のロボットは小蠅を払うように、ヴェーゼを手で払いのけようとするが、タケルは接触せずに抜け出て、敵ロボの背後について回る。しかしこのままでは戦闘機のヴェーゼは隙を突けない。タケルは機体を上昇させてから、別のレバーを引く。すると戦闘機のヴェーゼが変形し手足ができて人型ロボットになる。

「チェンジ、ヒューマノイド、ってね!」

 誰が聞いてるわけではないが、独り言のように言う。ヴェーゼのヒューマノイドモード。これは元からあった機能である。レールガンはそのまま手持ち銃となる。

 少しばかり卑怯だが、相手の方が大型である。倒すことになりふり構ってはいられない。

「うわ、ずるい!」

 そんな卑怯上等でいたのに、敵ロボが上半身のみを回転させ、ヴェーゼを正面から撃ってきた時は自分の行為を棚上げした。咄嗟に飛び退いてダメージは回避する。

『勝手に動いた上に相手を侮るな!』

 と、そこで司令室からイクズスのツッコミが入る。

 怒られるのは当然だが、危なくなるまで様子は見ていてくれたのだろう。

『メガローダーは到着している。分かっているな?』

「了解っす!」

 ヴェーゼのレールガンを2発撃って牽制、メガローダーの援護射撃も利用して攪乱する。黒いロボの対処の迷いを利用して離脱し、メガローダーとのフォーメーションを飛行中に組み直す。

「ダブルエクスドライブ!」

 ヴェーゼ甲型とメガローダーのエクスドライブを同期させ、出力アップする。そうして2機が変形、合体することにより、真にアルヴェーゼの魂を継いだマシンが誕生する。

「ドラゴンヴェーゼ、合体完了!」

 アルヴェーゼのように右腕部と左腕部で出力パワーが違うことはないが、それでもパワーに遜色はない。複雑な合体システムになっていたアルヴェーゼを簡略化することにより、安定したパワーを引き出すことに成功した姿だ。

「ヴェーゼ、ストライィィィク!」

 本当はそんな技ないのだが、合体完了した自由落下を利用して黒いロボに蹴りをぶちかます。元々やってみたかったことだ。やってみたらどうなるかも聞いてある。

『絶対やるなよ!? メガローダーの噴射口も含まれてるんだからな!?』

 と、兄弟のオキヒコに言われている。だが実際にやった。黒いロボはよろめいて、尻餅を付いてしまった。

『一気に行け!!』

「ドラゴン、ソード!!」

 ガミガミ説教するイクズスに比べ、口数少ない東堂司令の指示に合わせ、ドラゴンヴェーゼの足のスロットから剣の柄を抜く。

 柄を握りしめると刃が伸び、物理的な剣と化した。

「ドラゴンヴェーゼ、ブースト!」

 タケルはドラゴンヴェーゼをフルスロットル。立ち上がろうとする黒いロボを袈裟斬りする。

「!?」

 少しでもガードしようとしたらしく、黒いロボは右腕部を掲げて刃を止めようとした。

「斬れるさ!」

 タケルは黒いロボの腕ごと斬り、剣を握り直して、さらに横一文字に斬る。その時点でどこか引火したか火花で爆発が起きたか、黒いロボが爆発する。

 その爆風の中から脱出機が飛び出たが、司令室もタケルも気付くことはなかった。

 敵を撃破し、爆風にも傷を負うことなく戦闘終了というところだが、タケルは肩で息をする。

「上手くやれた」

(やれたにはやれたがクソ緊張した! 連戦は無理!)

 と、勝利のガッツポーズには程遠い、グロッキー状態であった。

『敵機撃破確認。バイタル高めよ。大丈夫ね?』

「二戦目は無理っす」

『よろしい。そこのボロボロの機体を回収。やれる?』

「敵機の回収はいいんすね?」

『そっちは政府に貸し付け。では迅速に。』

「了解す」

 セティのクールな通信音声と共にタケルは息を整え、落ち着きを取り戻す。もっとも、興奮覚めやらぬことは間違いない。

 ドラゴンヴェーゼのカメラアイから倒れているボロボロのロボットを見下ろす。

「なんか似てるな」

 千切れて取れそうな部位に気をつけながらお姫様抱っこ状態でロボットを慎重に持ち上げながら、タケルは独り言をこぼした。


                 *****


「痛たっ」

 緊急イジェクトしたものの上手く動作せず、宇宙に戻れなかった。脱出機は林をなぎ倒し、どこかの家に衝突した。

 脱出機から這い出してきた少女に見える女性は呻く。割れたヘルメットを脱ぎ捨てるとまとめていた黒髪がふわっと解放される。

「悪いけど、貰うわよ」

 衝突した家屋にいた住人だろう。彼女とよく似た顔つきの少女が瓦礫に突き刺さり絶命してしまっている。近いところには人間の手も見える。その主は倒れた壁に潰されているので、生きてはいないだろう。

 女は少女の顔から割れた眼鏡と、落ちていた財布を取ってしまう。

「学生か」

 財布の中に入っていた学生証にはファミリーネームに羽盾はたてとあった。下の名前を指でなぞり、アテナ、と変えてしまう。

「制服を着てた方がいいでしょ」

 と着ていたパイロットスーツを死体の少女と同じにするように変える。

「さて、どうしたもんかしら」

 ため息をついて、彼女は空を見上げる。

 彼女はアテナ・ザルエラ。滅びた母星を離れて、居住可能惑星である地球を調査しに来た女性である。

 先ほどの機体で人里離れた場所に落ちたかったのだが、アテが外れた。迎撃された挙げ句、脱出失敗し、帰還ができなくなった。

 今、奇跡的に生き残った少女に成り代わって、任務を続けようとしている。

 彼女の背後で家が燃え始める。何か火種が残っていたのだろう。世帯の家族よりも人骨が多いという証拠が残るかもしれないが、彼女は証拠隠滅する気力が残っていなかった。

 燃え上がった家を後ろに、彼女は遠いサイレンの音が近づくのを待った。

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