第44話 ボス猿VS石川五右衛門

佐助は五右衛門の印を結ぶ速ささえも、見えなくなっていた。

蒼紫は当然、桜も全く知らない印であった。森や岩陰に身を

隠していた五右衛門の配下たちも、既に隠れる事を忘れたかのように

主の戦いを見つめていた。


忍たちは不思議な感覚を覚えている事に気づいた。

それは五右衛門の印を結ぶ速さが徐々に速度を増してきていて、

そして、ふと飛燕は零燕に目をやった。近くにいるのに直ぐに

視線を向ける事が出来なかった。


飛燕は唯々、印を結び続けている主の秘術に気づきかけていた。

そして、その秘術がどのようなものか分かりかけてきた。


石川五右衛門はボス猿を攪乱かくらんさせながら

印を結び終えて、初撃の時には勢いをつけて放った拳を、

今度は勢いをつけずに横から真正面に行くと、

拳打を腹下から上に放った。その一撃は初撃の時とは全く違った。

巨体は高々と打ち上げられ、そしてそれよりも高く飛び上がると

今度は回転蹴りを食らわせた。


誰もが何が起きているのか解らずにいたが、飛燕だけは気づいていた。

あの時、零燕の方を見なかったら自分も解らなかっただろうと思いながら

圧倒的な強さの五右衛門を見つめていた。


地に叩きつけられた大猿の上空から、閃光を放つ眼は的確に

拳打の嵐を放っていた。その一撃一撃が雷のように激しく鋭く重い拳に、

大猿は口から血を吐きかけた。その血は空に飛び散り、五右衛門には

カスリもせずに空を赤く染めた。ボス猿はその刹那の間に起き上がると

体に力を入れてりきみ、ただの巨大な猿で決して無い、冷静さを

取り戻していた。


五右衛門の姿は、配下の忍者たちには目で追えない速度であったが、

腹心たちは気を集中して気配と、目で残像を追いかけていた。

そして大猿は体格に見合わない程の速度でようやく五右衛門の足を

掴んだ。全身の力を込めたかのように、足からきしむ音が

全員が見つめる中、静かな戦いの場に響き渡った。


そして足を掴んだ腕を大きく振りかぶると、

地面に残りの全ての力を以て叩きつけた。土の戦場に人型が残るほど、

大きな音と揺れる地面から耐えられないと誰もが思った。

盲目のボスは、今度は両手を使って叩きつけようとした。しっかりと

逃げられないように、最後の力を振り絞っている事は人では無くとも

理解できた。最後の時を誰もが感じていた。


大きな雄叫びを上げて、先ほどよりも更に高々と飛び上がった。

普通なら主を心配するが、その戦いには誰もが飲まれていた。

もはや、主であろうとも、敵であろうとも、

勝利者と敗北者には称賛しか言葉に出来なかった。


上空から地に落ちた時、誰もが驚いた。青空に飛び上がった数秒の間に

何かが起きた。ボス猿は両足の膝を地に着け、五右衛門ほどの高さに

なっていて、両手で命乞いをしていた。人の頭など握り潰せる程の

大きな両手の指は明らかに折られていた。


静寂のひと時の中、五右衛門の拳はボス猿の頭に当てられていた。





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