第38話 忍VS忍

黒装束を身にまとった男は、

恒興が馬で駆けていく姿を、高い櫓から

無事に清州城までつけるか眺めていた。


周囲に警戒心を払っていた男の張り詰めた

空間の中に、何者かが入って来た。

直ぐにその場から地上に向かって櫓を

駆け下りながら敵の数を気配によって

確認していったが、一人の気配しか

感じなかった。


影のような男は、誘いを見せた。

つまりは1対1の戦いを望むように

人気の無い場所へ場所へと移動を

繰り返して、何も無い森へといざなった。敵であろう者は悠々とついて来ていた。


二人の殺気に鳥たちは飛び立ち、森の獣たち

は森の奥へと消えて行った。森の中のやや広々とした場所まで行くと、何者か確かめる為に、足を止めて振り向いた。狐面をつけた者は一瞬の間も与えず、敵は刀で頭から斬りつけてきた。


黒装束の男は、頭で考えるよりも速く条件反射で後方回転ムーンサルトからの蹴りを見舞ったが、相手の刀のほうがより速かった為、体を横に捻って横蹴りを刀に当てて、肌の皮一枚までしか刀は届かなかった。


男は黒い衣を自ら千切り捨て、顏を隠していた忍装束を脱ぎ棄てて顏を見せた。その体には、一線だけ赤い切り傷が出来ていた。


「何者だ? 織田家の忍なら敵では無いぞ」


まるで何も聞く様子も見せずに、刀を背中の鞘に流し込むと、無言のまま暗殺者ならではの俊足を活かした徒手武術で攻めてきた。


目で捉える一瞬が一瞬に消えて、近づきつつ

それが連続していった。突きの徒手拳を放たれ、男は咄嗟にその鋭い突きを柔拳で流すと、同時に回転から一歩大きく踏み込み、肘打ちからの顔面への裏拳を放った。


肘打ちが入った感触からくさび帷子かたびら着込んでいる事は分かったが、狐の面への裏拳はその太い枝にしゃがみ込んで避け、間を置かずに、足払いをしてきたが、その足払いを足の裏で受け止めて、枝から滑り落ちるように、振り子の勢いをつけて狐面の者に蹴りを浴びせた。


狐面は素早くサッと正面を向いたまま後方へと下がって行った。


両者ともに相手の強さを探っていた。

二人ともが強者であった為、尚更、警戒に値した。一切の音が消えた森の中で、枝が軋む音を立てた————双方が飛び、空で刀を斬りつけ合った。枝が軋み、そして枝が元の場所に戻るまでの間に、刃はお互いに襲い掛かった。


両者ともが必殺の力を放っていた。二本の確かな名刀は、空中でガラスのように砕け散った。


受けや流しを使って攻防戦は続いた。呪印さえ結ぶ暇も無い戦いが暫くの間、続いた。一体何者だ? と、余計な事を考えた刹那のタイミングで一気に懐に入られ、両手で腹部に呪印を唱えた発勁はっけいを放たれた。


体内に強烈な痛みが走り、大木まで下がりそれを背にして吐血した。眼前の敵は何故だかトドメを刺そうとはしなかった。


「貴様、一体何者だ? る前に何者か明かしてくれ」


無言の小柄な忍は顏に着けていた狐の面を取った。男は驚いた。相手は少女だった。

「お前こそ何者だ? わたしは帰蝶様にお仕えしている忍だ。弱くは無いようだが、強敵とは言えない」


「俺は石川五右衛門だ。信長様の直臣である隠密忍者の棟梁だ」

少女は鼻で笑った。

「その強さで棟梁だと?」男の眼差しから、それが真実なのだと分かった。

「まあいい。敵で無いのなら問題は無い。

もっと鍛えておくんだな。わたしに負ける

ようでは、来たるべき戦の役には立てまい」

少女はそう言うと背を向けた。

「待て! お前の名は?」

「相応に強くなったら教えてやる」


少女は再び狐面を付けると、無音のままその場から消えて行った。五右衛門はダメージの大きさから大木を背にして座り込み、配下に向けて信号弾を送った。そして呪印の結ぶ速さと、その威力に感心を示した。


石川五右衛門は人生で初めて、圧倒的な敗北を味わった。あまりの負けっぷりに五右衛門の笑い声が森に響き渡った。












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