第34話 謎の正体
信長とその妻、
池田恒興が桜から発される言葉を待っていた。
突拍子も無い話ではあるが、桜は信長の心眼
の凄さを知っていた。まだもう少し先になるが
南蛮人が信長と話した時に地動説を話された際には、信長は一度で納得して、南蛮人を驚かせたのは有名な話であった。
その為、自分が知る全てを話す事にした。
自分が未来から来た時の事や、
多数のプレイヤーと呼ばれる大勢の人たちの
中には、大多数の人は自分の名前や未来から
来た事すら忘れていた人たちのことも、
順を追って話していった。
自分たちの話をし終えると、桜の顏は青く染まり始めた。まるで悪夢でも見たように、冷たい汗をかき出した。
信長はその様子を見て、
小姓に暖かい茶を容易するよう言いつけた。
寒さからでは無い身震いではあったが、
落ち着かせるために用意させた。
用意された程よい暖かさの香り立つ
陶器の茶飲みを両手で持って、
ゆっくり飲んでいった。
蒼紫はその桜の様子を見て、
別段変わった様子を見せてない事から、
信長は桜は蒼紫にも話していない
事があると心の目で桜の心を睨みつけた。
「桜よ、其方たちの事はだいたい分かった。
しかし、重要な話をまだしておらぬようじゃが、一体何を見たのだ?
雪斎どもの話を聞いただけではあるまい。
この地は今川領土から遠く離れておるのに、
何を見たらそれほどまでに恐れるのだ?」
蒼紫は桜に目を向けた。
その眼はどこか寂しげな目をしていた。
桜は蒼紫にだけは言おうかと何度も思ったが、
自分の目で見た事ですら信じられなかった。
その為、蒼紫に誤解され嫌われる事を
「余の配下には野武士の棟梁である
蜂須賀正勝と言う者がおってな。忍とは
また違う働きをしておる。報告によれば
最近、西南から来る人数が激減しており、
関所の数も倍近くにまで作っていると
聞いておる。余は其方が思うよりも遥かに
理解しておる。ありのままを話してみよ」
桜は蒼紫を見た。彼は優しい視線で
彼女を見つめ返した。
「わたしは蒼紫に忍になれと言われて
修業を始めました。戦いは苦手ですが、
そして隠形の術だけは
上忍並みだと言われました。
最初の頃の仲間にはお荷物だと言われ
一人で途方に暮れていたわたしには
蒼紫しか知り合いもいなかったので
たまに蒼紫の様子を見に行ったり
してました」
蒼紫は驚いた表情を見せた。
「わたしは恩返しのつもりで義元様の
様子を時々探りに行くようになっていました」
桜は息が一瞬止まったが、
ゆっくり呼吸しながら再びはなし始めた。
「あの日はいつもと変わらず、二人で何かを
話されてました。少ししたら雪斎様がお立ち
になり、私と同じ未来から来た人を連れてき
ました。そしてその男の人は未来に帰るはず
の道具を雪斎様にお渡しになると、雪斎様は
それを棚に飾ってある封印と書かれた御札の
壺の封印を
中に入れて再び取り出しました。臭いから、
あれはおそらく人の血でした。そして血に
まみれた指先で、何も無いはずの空中に
血文字を書き始めて、そこに未来に帰る
為に必要な、血にまみれた道具を投げつけ
ました」
皆が奇妙な顏をしている中、信長だけは
真剣に聞き入っていた。いずれは京を
目指して来る大敵の話だったからだった。
「……そして……そこに別の空間が現れて
未来でも無い、薄暗い闇の間から出て来た
のは物の怪のような人では決して無いもの
たちが出てきました。そして部屋の外には
夜叉忍たちに連れて来られた人たちが、
縛られた状態で物の怪の数と同数だけ残して
後はどこかに連れていきました」
桜の息遣いが荒々しくなり、
胸を押さえながらゆっくりと話を続け出した。
「物の怪たちは縛られた人たちを食らい始め
逃げようとしてましたが、縛られたまま骨も
残さず……何もかも食べました。すると、
徐々に物の怪たちの姿は変わっていき、
食べた人間の姿に変わりました。そして、
物の怪たちに雪斎様は封印していた壺から
一杯ずつ盃で……血を与えていきました」
静まりかえった部屋の中で、奥方である
お濃は信長に身をすり寄り、恐れた顏を
見せていた。
蒼紫は自分の事もたまに見に来ていたのを
知って、驚いていた。
一切、気配を感じなかったからだった。
同時に、あの上忍の夜叉忍から逃げれるはず
だと感心もしたが、あまりの常軌を逸した
話に、何もかもが吹き飛んだ。
「その次の日にも潜入したのですが、
雪斎様に気配を感じ取られて、唯一の味方
である蒼紫に助けを求めたのです」
「物の怪か。古の物語にしては詳細が
詳し過ぎるので、おかしいとは思っていたが
我ら人間に
物語通りに成敗してくれん!」
信長だけは、唯一、恐れる様子も見せず、
不敵な笑みを浮かべていた。
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