第21話 武人の信念を貫く織田信秀

周囲を完全に囲まれた庵原将監は、

袖から手を通さず

見えないように何かをしていた。


手の動きが止まると、光速で舞いのように、

一周、二周と回転する度に、

庵原将監を囲む兵士はバタバタと倒れていった。


三周した後、動きを止めた。

兵士たちは怯えながら倒れた仲間を調べたが、

皆まるで、刀で斬られたような傷を

首筋に残して死んでいた。


「殿。お下がりください。ここは我らが……」

「退く道などはなから無いわ。長秀!

怯えれば恐怖に飲まれるぞ」


信秀の声で、長秀は我を取り戻した。

闇と恐れから恐怖に飲まれかけていた。


「殿。こ奴の術は

かまいたちの類かもしれません」

丹羽長秀はすぐに判断して攻撃をしかけた。


「火弓隊構え!! 歩兵隊がすぐに油を用意し、

弓隊もいつも通りの動きで、即座に用意をした」


「放てぃ!!」


数百の矢が一斉に、激しい雨のように、

将監に降りそそいだ。

彼は微動だにせずにいたが、

微かに懐で何かが動いているように見えた。


火矢が庵原に当たる瞬間、

時がまるで止まったような程の、

揺れ動く残像が残る動きを見せた。

黒い鉄扇子を懐から出して、緩急をつけて

五千の軍勢に向かって走り抜けて、

走り抜けて、走り抜けた後には、

数え切れないほどの兵士が倒れていた。


丹羽長秀は織田信秀を見たが、

信秀もあまりの事に冷や汗をかいていた。

二人とも言葉を完全に失っていた。


「あまり遅いと私は殺されますので、

そろそろ終わらせましょう」

話ながらまた何かをしていた。


庵原将監は両手で握り拳を作って、

まるで刀を抜くような仕草をした。

確かに何も無かった所から光を放つ刀が出てきた。


織田信秀は小声で何度も丹羽長秀に話しかけていたが、

丹羽長秀は怖さのあまりか、

硬直していて耳には届いていないようだった。


信秀は庵原将監に対して、

馬を疾駆させ槍を頭上に叩き込んだ。

槍は脆いただの枝のように、簡単に折れ、

信秀は刀を抜いて怒声を上げた。


「長秀!! 退却じゃあ!!!」


この声でようやく長秀は我に返った。

信秀は刀で斬りつけたが、

折れると予想はしていた。

折れる前提で斬りかかった。


「長秀!! 厳命じゃ! ゆけ!!」

少しずつ、本来の自分を取り戻しつつあった

長秀は、敵の狙いは

織田家の当主でしかないと分かった。


己の不甲斐なさと織田信秀の決死の覚悟に、

涙を流しながら命じた。

「全軍退却せよ!! 息が続く限り逃げよ!!」


信秀は己の刀が折れる前に既に庵原将監に飛び掛かり、

力を持って動きを封じていた。


そして最後の丹羽長秀が疾駆させて逃げるのを確認すると、

「お前のようなものに負ける等、わしには有り得ん」

「戯言を。すぐに殺して差し上げます」


信秀は力だけではまさっていた。

その力を最後の最期だと思い、

全力で無理矢理体制を変えさせた。


そして背後を取ると、首に腕を回して押さえつけた。

鋼のつるぎをサッと抜くと、

そのまま一気に突き刺した。


将監の体を貫き、その背後にいた自分をも貫いた。


信秀は笑みを生んでいた。

最後にこのような相手に出会えた

武人が故の考えが笑みを生んだ。


信秀は意識が遠のく中でも将監の首に回した腕を離さず、

最期を感じて、刀を心臓に向けて斬り上げた。


光を失い、暗闇しか見えない場所であっても

庵原将監を強く捕らえた腕は、密着した将監の鼓動が

止まるまでは、腕を離す事無く、

信秀は満足して死んでいった。

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